第51話 とある公爵の執事の内情

がたがたと揺れる馬車の中、ユートは重い息を吐いた。


隣には鬼神の息子。

行く先はその鬼神が魔王と呼び怯える元4公の一角ともなれば、自然と胃に重たいものが溜まる。


隣の鬼子は周囲の思いなど知らぬげに、久々の外出に大変ご機嫌だ。


「坊ちゃん、お願いですからあちらではおとなしくしてて下さいね」

「当たり前だ。僕を誰だと思っている」


当年4歳になる赤毛の少年はムッと唇を尖らせる。


現在では3公となった国を支える一柱、カーディナル家のご令息様だという事は十分承知している。


それ故の傲岸な態度も。


カーディナル家当主からは兎に角相手を刺激するなとしつこいくらいに釘を刺された。


一番厄介な爆弾持たせて何ぬかしてやがる。と言う言葉は使用人の言葉に置き換えてしっかりと伝えた。たとえ相手が国王に次ぐ権力の持ち主であったとしても、人間できる事とできない事がある。しかしながら、雇われの身の悲しい性。逆らえる筈もない。

無事に終わろうと終わらなかろうと、特別手当はしっかり約束させられたのがまだ救いなのかも知れない。


「それに、アイツも居る事だし、何とかなるだろう」


もしかしたら、問題だらけの性格も矯正されるかもしれない。多少のトラウマは刻まれるだろうけれど。

そんな事を思いながら、ユートは虚ろな目でポツリと呟いた。



カーディナル家に1通の招待状が届いたのは約1月前。

ウィスタリア家のご令嬢が3歳を迎えるから祝いに来いとの事だった。


ユートの知る限り、この国での誕生日を祝うという習慣は限りなく薄い。

その代わりに3歳、5歳、10歳を迎える年、子供が生まれた月に祝う習慣が根付いている。


ウィスタリア家はかつては公爵であったが、有能な彼を妬んだ有力貴族に失脚させられ、王都から離れた何もない辺鄙な土地に取って付けたような辺境伯の位と共に追いやられたと聞いている。


辺境伯と言えば、世が世なら公爵とまではいかないまでも、重要な役割を担う爵位ではあるが、近隣諸国との関係が良好な現在では左遷の代名詞とも言える爵位である。らしい。もちろん、本当に重要な所には信用の厚い人間が爵位についている。というのはここだけの話。


ウィスタリアは例外中の例外。

元公爵とは言え、現在では落ちぶれた名前だけの辺境拍の招待状にユートは首を傾げ、カーディナル家当主は顔の色を無くし、その妻は無邪気に喜んた。


失脚してなお、公爵と対等である事を誇示しようとしているのかとも思えば、そうでもないらしい。

兼ねてより、娘を欲しがっていたカーディナル家当主に「うちの娘自慢」をする腹積もりなのだろう、とカーディナル家の家宰は笑って答えた。


聞けば、ウィスタリア家は3公とは失脚後も懇意にしており、戦姫として名を馳せたシャトルーズ公爵夫人は仕事を夫に押し付けて、暇を見つけてはウィスタリア家のご令嬢目当てに足繁く通っているらしい。


『ギルバートの娘というだけでも厄介なものを、あの・・エミリアですら、猫可愛がりにしていると聞く』


カーディナル家当主は青い顔で胃の辺りを押さえながら呻いた。


『妻は頼りにならん、お前だけが頼りだ!!』


そう言って必死の形相で手を握り締められた事をユートは思い出す。

ぶらぶらと落ち着きなく足を振るご子息様は王都ではそこそこ名のしれたトラブルメーカーだ。


単身、屋敷を抜け出す事は茶飯事で、屋敷内での悪戯も数しれず。

かと思えば、礼儀作法や勉強は飲み込みが早く、教師陣からは神童と持て囃されている。

それが更にカーディナル家子息を増長させて今に至る。


公爵夫人は招待状を見た瞬間、そんなヤンチャで厄介な息子との参加を決め、当主は夫人に「やめてくれ」と泣いて縋った。


嘗て戦場で『鬼神』の異名で恐れられたその姿は見る影もなかった。


学舎時代、親友から信用のおける就職先を紹介してやると言われた時は泣いて喜んだモノだが、今となっては地位は低くて良いのでもう少しマシな職場はなかったのかと問いたかった。


「ま、聞いたところで『贅沢を抜かすな』っつってバッサリで終わるんだろうけど」


馬車の外の景色を眺めながらユートは一人ごちる。


今は飽きたのかカーディナル夫人の膝に大人しく座る子息を見てユートふと、思い出す。


「そういや、アイツ、死ぬ程子供嫌いだったよな……」


幼い子供を蛇蝎の如く嫌っていた親友の態度を思い出し、カーディナル家の跡取りを見つめるユートのこめかみに一筋汗が流れる。


「まあ、仕事に私情は挟まない奴だし、大丈夫……かな……?」


自身を無理矢理納得させたところでカーディナル夫人と目が合うと、おっとりと笑いかけられた。


「息子は多少怪我させちゃっても五体満足で家に帰してくれさえしたら、私も夫も怒らないから、そんなに深刻にならなくても大丈夫よ」


「……かしこまりました」


色々突っ込みたいのは山々だったが、突っ込んだら負けな気がしたユートには、それ以外の言葉は返せなかった。


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