第10話 母と母



「眠ったみたい」


フォクシーネがリザレットをベッドへと戻すのを見計らい、私は彼女に声をかける。


「フォクシーネ、少し風に当たらないか?」


「…ええ」


側付のライラに目で伝えた彼女を私は庭へと誘った。





庭に出て、隣に立った親友を横目に確認する。

リザレットが峠を越えた事でかなり落ち着いたのだろう彼女の表情は、かつての己を鎧う「女」のそれではなく、子を愛する「母親」のものだ。


彼女が後妻とはいえあの男の元に嫁ぎ、身籠ったと聞いた時には不安ではあった。


見た目は良くとも煮ても焼いても食えない、むしろ食いたくもないあの男に騙されているのではないかと内心は穏やかではいられなかった。


しかし、彼女の顔は穏やかで、愛娘を腕に抱き、慈愛に満ちた眼差しで眺めるその姿に杞憂である事を知った。



そして私は彼女の娘を思う。

顔立ちは母たる彼女の面差しを受け継ぐものの、その姿に受け継いだのは「ウィスタリア」。


「リザレットは賢いな」


「ええ、話しかけるとね、返事をしてくれるの。まるでこちらが言っている事を理解しているみたいに。でも、ライラが言うには理解しているというより、こちらの様子をなんとなく察して、それっぽい返事をしてるんじゃないかって言ってたわ」


「そうか」


ざあ…


木々の合間を抜ける風が私たちを撫ぜて過ぎる。


リザレットは賢い。


それの意味する処をフォクシーネは恐らくは理解していない。


初めて出会ったその時、かの瞳には既に理知を宿していた赤子に戦慄を覚えた事は今でも記憶に焼き付いている。



側付殿ライラは恐らく気付いてはいるのだろう。が、コレに関しては正しい判断と言えなくもない。


私は息子を思い出す。

未だ年若いながら聡明と言われる息子だが、自我が芽生え、言葉を覚えるまではそれなりに手がかかるものだと乳母から教わった。

事実、その通りで言葉を理解できるまでになってもやはり手のかかるものだった。


リザレットは生まれて6つき

己の息子の生まれてからを思い出すが、息子が正しい赤子の姿であったなら、リザレットは間違いなく異常であると言わざるをえない。

リザレット自身、それを察している節がある。

それ故か、側付殿ライラの言葉には比較的従順に見受けられる。


しかしその分リザレットは他の赤子よりも繊細だ。

人も環境も目まぐるしい王都よりも、この辺境の穏やかな地で育てる事は正解なのだと改めて思う。


今回は息子の里帰りが切欠きっかけで変わった環境の変化に過敏に反応した結果、熱を出した。


(という事にしておいた方が良いのだろうな…)


内心でついたため息がうっかり出そうになった。


息子の帰還に浮足だった隙を突いてのものだろうが…。


(このまま放っておけば良いものを…)


私は王都の貴族バカ共に対して内心で舌打ちした。


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