第8話 接触、説得

 兵士を五十人ほど率いて、ライアスは山頂へと向かい歩き始めた。

 しかしいくばくかの距離を進んだところで、彼らの足は止まってしまう。


「おい、あれ……」

 兵士の一人が空を指差し、わなわなと震え始めた。

「竜だ……! 竜が来たぞぉーー!!」

 一瞬にして兵士達に広がる恐怖と驚愕。彼らの戦意は、竜の姿を見た瞬間に折れかけていた。


「狼狽えるな!!」

 それを見かねたライアスは、強引に兵士達を鼓舞し、彼らの先頭に立つ。

「よく見ろ! あの竜は手負いだ! 勝ち目はある! ……総員、続けぇー!!」

 国王より賜った、ルムガンド王国の紋章が刻まれた愛剣を抜き、地上に降り立った女帝竜へと勇猛に攻め入った。


「「おぉぉーー!!」」

 兵士達も雄叫びをあげ、それぞれの武器を構え、ライアスに続いて突撃した。


—— — — —


 女帝竜は目の前で広がる光景に、どこか懐かしさを感じていた。

 数百年前の大戦時、幾度となく聞いた戦場の声、幾度となく見た戦う者の目。当時ならば、何の躊躇も遠慮もなく、炎の一吹きで塵としていた。それが今ではどうだろうか。


(……私も丸くなったものね)

 女帝竜は両翼を広げ、はためかせる。

 轟音と共に突如発生した突風により、目の前の兵士達は、耐え切れず後ろへ吹き飛んだ。

 先頭に立つ騎士は唯一、剣を地に刺してそれに耐えている。


「武器を納めて下さい。私は、あなた方人族と争うつもりはありません」



 ライアスは後方に吹き飛ばされそうになるのを、すんでのところで持ち堪える。

 風圧が過ぎ去り、目を見開いた瞬間。自分の鼓膜を震わせたその言葉に、ライアスは耳を疑ってしまった。

「な、なんだと……!?」


 ライアスが生まれ育った、君主制国家ルムガンド王国。その国で使う教本では、このように記されている。竜族はどの個体もプライドが高く、群れを作らない。他種族を見たら、所構わず襲いかかる凶暴かつ強力な種族、と。


 だが、目の前にいる女帝竜は違う。兵士達に傷を負わせないよう風だけで退かせ、それに加えて停戦を持ちかけてくるではないか。

 自分の持つ知識とのあまりの相違に、ライアスは絶句することしかできない。


「もう一度、言いましょう。私はあなた方と争うつもりはありません。話し合いに来ただけです」

戯言ざれごとだ! 竜族が話し合いなどと……。我らを油断させ、その隙に喰らおうという魂胆であろう!」


 騎士のあまりの盲信ぶりだったが、女帝竜は諤々に、穏やかに、言葉を返す。

「人族が、竜族に対してどのような教えをしているのかはわかりませんが、そのような卑劣な事はしません。また、無為に争う種族でもありません。それに、私があなた方と争うつもりであれば、あなた方は一瞬で消し炭になっていますよ」

「なっ……!」


 淡々と告げられる言葉に、ライアスは再び言葉を失ってしまう。目の前の出来事——女帝竜の言葉が未だに信じられない。


「…………そうか。では聞くが、竜よ。そなたは話し合いというが、何の目的で我らの元に来た」

「あなた方人族に、これ以上、この山を登らないでいただきたいのです」

 女帝竜は即答する。対してライアスは、この言葉の真意が掴めない。


「それは、どういうことだ?」

「言葉の通りです。別にあなた方が木を切ろうが、山を掘ろうがそれは構いません。住み着いているだけで、この山は私の所有物ではありませんから。……ただ、この山の上には、まだ幼い私の子がいるのです。ですので、これ以上、この山を登ってきてほしくないのです」


 少しの静寂が訪れる。

 吹き飛ばされた兵士達も、体勢を立て直しながら竜の話に聞き入っている。

 多少混乱気味のライアスだったが、この竜の言うことは筋が通っていると感じた。


「……竜よ、そなたの話は理解した。だが、私だけでは承諾できない。一度国へ帰り、国王陛下にありのままを伝える。それまでは、私の部下にこの山を登らせないようにしよう」

「ありがとう、人族の騎士」


 女帝竜はそれだけ言うと、翼を広げて空へと飛び立ってしまった。

 体長六メートルを超す赤い竜が、天高く舞い上がっていく。兵士達は皆、言葉を忘れてそれを見つめていた。


「皆の者、聞いての通りだ。私は陛下にこの事を伝えるため一度国へ戻る。次の指令が出るまでは、これ以上この山を登ることは禁止とする。各自、現状の警護任務に戻ってくれ」

「「はっ!」」


 敬礼する一同を背に、ライアスは山を下り始める。

 国王がどのような決断を下すのか、自分の判断は正しかったのか。


 駆け巡る思考を止めることができないまま、ライアスは母国へと向かったのだった。

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