8−4


 逃げるキョウヤを追い、わたしたちはバスロータリーを抜け、JR駅の構内を突っ切って北側に向かった。

 ビニール傘は駅の途中でゴミ箱に投げ込んだ。

 持っていても邪魔なだけだ。

 人が多い。

 宇賀神さんを追うようにして、人混みをかき分けながらキョウヤを追う。

 キョウヤは交差点を渡ると、ひたすら中野ブロードウェイめがけて走っていく。

 なんでそんなところに?

 一階の雑踏に逃げ込もうとしているのかと思ったが、なぜかキョウヤはそのまま大股で三階まで直通のエスカレーターを駆け上り始めた。

「待てキョウヤ!」

 拳銃を持ったまま、宇賀神さんがエスカレーターの人混みをかき分ける。

 拳銃を見た人たちから悲鳴が上がる。

 キョウヤは三階の店舗を駆け抜けると、そのまま四階に上がる階段を駆け上った。


 足が速い。


 わたしも宇賀神さんも決して足が遅い方ではないと思うのだが、四階に着いた時にはキョウヤを見失っていた。


 中野ブロードウェイに五階はない。

 五階から上は居住用のマンションになっているようだ。

 二人で手分けをして四階の周囲を見回してみる。

「どうだ、気配は感じるか?」

 背後から宇賀神さんが尋ねる。

「いるとは思うんですが……」

 サブカル系のお店が軒を連ね、オタクっぽい人たちがザワザワしていた三階に比べると、四階は静かだった。

 ほとんどのお店がシャッターを固く閉ざしている。

「クソ、隠れやがったか」


 と、その時わたしはどこかから子供がしゃくりあげる声が聞こえたような気がした。

『えっく、えっく……』

 だが、場所が判らない。

「たっくん、どこ? いたら返事をして」

 わたしはたっくんに話しかけてみた。

 キョウヤのそばにはたっくんがいる。たっくんの居場所が判ればキョウヤの居場所も判るはずだ。

 だが、返事はない。

 わたしの声が虚しくシャッター街に残響する。

「たっくん、わたしには聞こえるから返事を……」


 ドゥンッ


 その時突然、周囲を揺るがすような大きな銃声が轟いた。

「ぐわッ」

 右腿を両手で押さえて宇賀神さんが倒れこむ。

「宇賀神さん!」

 とっさに宇賀神さんにすがりつく。

「クソッ」

 宇賀神さんが悔しそうに悪態を吐く。


 カツ、カツ、カツ……


 ウェスタンブーツ特有の靴の音。

 キョウヤだ。

「ここでなら派手に撃ち合えるぜ、宇賀神の旦那」

 キョウヤはシャッターを閉じた店の影から姿を表すと、銀色の銃を構えた。

 しまった、誘い込まれた。

 キョウヤは最初からここで撃ち合うつもりでわたしたちを誘ったんだ。

「キョウヤ」

 わたしは竹刀入れから木刀を引き抜いた。

 正眼に構え、キョウヤに対峙する。

「おっと、そういえば姉ちゃんもいたな。なんだ? 木刀で勝負しようってのかよ」


『六発撃ち尽くしてしまえばあの銃は文鎮以下のただの鉄の塊だ』


 以前宇賀神さんに教わったあの銃の弱点。

 今一発撃ったからあと五発。なんとか凌ぎ切らないと。


「……やめろ、アリス君、逃げるんだ」

 苦しそうに宇賀神さんが呟く。

 木刀で銃弾を受けたらどうなるんだろう。

 貫通しちゃうのだろうか?

 少なくとも、止まる気はしない。

「まあ、いいか。先に相手してやるぜ……オラアッ」

 キョウヤはファニング・ショットの構えを取るといきなり三発連射した。


 ドゥンッ!


 弾は、見える。

 銃撃は点の攻撃だ。

 受けてはいけない。避けないと。


 キョウヤの手元から、三発の弾が扇状に広がりながら衝撃波とともに飛んでくる。

 とっさにわたしは身を大きく翻すと三発の銃弾を際どく避けた。


 広がったスカートに穴が空く。

「へえ、ちったあ知恵つけてるみたいだな」

 銃を握ったままキョウヤは肩を竦めた。


 コルトSAA。冥界で見たのと同じ銃だが色が違う。

 キョウヤの手に握られた銃は銀色だった。

 じゃあ、これは別物?


 木刀を構え直し、再びキョウヤに対峙する。

「こりゃ慎重にやらないとな」

 キョウヤの構えから隙がなくなった。

 本気になっている。

「打ち込んではこねーのか?」

「…………」

 答える必要はない。

 それで隙を作るのは得策とは言えない。

「まあ、いっか」

 キョウヤは銃を構えると静かにトリガーを絞った。


 ドゥンッ


 再び身を翻し、際どいところで銃弾を避ける。

 これで五発。

 あと一発。

 ところがキョウヤは最後の一発を撃たなかった。

 銃を構えたまま、その場で震脚する。

 震脚? 錬想?

 現世で?

 見る間に白い光が集まり始め、キョウヤの手のひらには一発の銃弾が現れた。

「……油断大敵ってね。あんたにはこんな芸当、できねーだろ?」

 銃の後端の蓋を開け、レバーを操作して撃ってしまった空薬莢を捨てている。


 絶体絶命のピンチだった。

 弾切れを狙おうと思ったのに、このままでは確実に二人ともキョウヤに殺される。


 その時。

「……アリス君、刀を錬想するんだ。奴にできるんだったら君にだって必ずできる。木刀と竹刀では絶対に敵わない」

 苦しい息の下で宇賀神さんが言う。


 でも、どうやって。

 冷や汗が背中を伝う。


 のんびりと銃を再装填しているキョウヤを睨みながら、わたしは必死になって錬想の極意を思い出していた。


 錬想の極意とは、身体の熱と地熱を練り合わせ、物質化することだ。

 その熱が現世では圧倒的に足りない。

 熱さえあれば……


 その時突然、わたしは悟った。


 そうだ、集まらなければ呼べばいい。足りなければかき集めろ。

 足りない分は自分の勁と怒り、それに殺意で補えばいい。


 足りないのはわたしの覚悟だ。


 わたしは冥土・エスコート。たっくん一人も護れなくて何がエスコートだ。


 初めて、わたしは自分が本当の意味で冥土・エスコートであることを自覚していた。


 何がなんでもたっくんを救う。


 木刀を投げ捨て、両手を合わせる。

 カラン、カラン……と背後に木刀が転がる。

「ウォーッ」

 ウオー・クライ。

 我知らないうちに、わたしは雄叫びを放っていた。

 最初に踵で強く床を叩き、地脈にわたしの位置を教える。

 そして再び強く震脚。一回、さらにもう一回。

 震脚で呼びかけ、周囲の地脈をこちらに呼び寄せる。

 臍下丹田に熱が集まり、それが地脈を呼び起こす。

 ついに地脈が目を覚ました。

 地熱が集まるいつもの感覚。


 だが、これではまだ足りない。

 わたしは集まった熱にキョウヤへの殺意を込めた。


 たっくんにひどいことをしたキョウヤ。

 たっくんを人殺しの道具にしようとしたキョウヤ。

 たっくんに母親を殺させようとしたキョウヤ。

 お前だけは絶対に許さない!


 怒りにわたしの背中が熱くなる。

 結っていた髪がほどけ、まるで静電気を帯びたように舞い上がる。

 わたしの怒りが勁に乗り、わたしの想いが熱に変わる。

 熱を手のひらにかき集め、一気に折りたたんでさらに熱を加えていく。

 今では触れないくらいに熱い。

「フンッ」

 右手を捻り、両手を開く。

 熱を引き延ばす感覚でわたしは両手をゆっくり開いた。

 手のひらの中に白い光の粒子が凝集し、そこから青い稲妻が溢れ出る。


 ズォー


 全身に力が漲る。まるで身体中がエネルギーになった感じ。

 気づいた時、わたしの右手には白い刃が握られていた。

 鍔にはいつもの西瓜の意匠。

 刀身に青いルーン文字が走っている。

 その言葉が勝手に『生者にうたかたの安らぎを』とわたしに語りかけてくる。


「で、できた」

 思わず、つぶやきが漏れる。

「なんだ、できたって、今習得したって言うのかよ!」

 驚きのあまり、キョウヤが手のひらの銃弾をポロリと取り落とす。


『西瓜割』さえあれば互角かそれ以上の勝負ができる。

「さあ、第二ラウンドと行きましょうか」

 わたしは白く輝く『西瓜割』を両手で握ると、呆然と銃を握るキョウヤに対峙した。

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