第16話ベルセルク編 傭兵

 イベント開始前日に竜二はようやく「雷神の王狼」と「暴帝」のマクロが完成した。その間にもゴルキチで何度も何度も「雷神の王狼」の練習をするものの、勝率は三割といったところだった。

 難易度10ボスに勝率三割なら、ドラゴンバスターオンラインのプレイヤーとしては十分上手い部類に入るは入るが、パンサー装備のためには100匹以上倒す必要がある。

 少し不安だが、やれるだけやってみるしかないと竜二は気持ちを切り替え「王狼の渓谷」でログアウトするのだった。


 「王狼の渓谷」でログインするとすでに人がいっぱいだった。中にはススキと満月を肴にお月見グッズを取り出して騒いでいる者達もいる。

 お月見客を見ていると、何やら見知った顔が......無言で通りすぎようとしたゴルキチだったが残念!捕まってしまった。


「やっほー。ゴルキチ君」

「こんにちは。ゴルキチさん」


 赤髪の星メイクのメイリンと魔女帽子の二人だった。


「もうすぐ、ジャッカル君も来るよー。座って座って」


 季節外れのい草のゴザをパンパンと叩いて、席を勧めるメイリンに断れずゴルキチはゴザに膝をつく。いずれにしても少し観戦するつもりだったからいいかと開き直るゴルキチの心も少しづつ図太くなってきたものだ。

 魔女帽子から団子を受け取ると、さっそく頂くが効果音だけでもちろん味はしない......将来的にVR技術なるものが発展すれば味も分かるようになるんだろうか。


「リベールさん、どっちに来るのかな?」


 魔女帽子はリベールの話題を振ってくる。来ないぞ。今回は。と心の中だけで答えるゴルキチである。今回はゴルキチで突破するんだ!と再度意気込む。


「リベールたんのお家にポスト置いてるじゃない。あれにお手紙送ったら?」


 ゴルキチはメイリンの言葉にふと不思議に思う。あの南国風洋館にはポストなんてなかったんだけど。


「ポストってあの赤いやつです?」


 ポストといえば、赤い四角いやつだ。それこそポスト。


「ううん、リベールたんの自室にさ、うさたんのぬいぐるみがあるんだ。それがポストになってる」


 う、うさたんだとおおおおお。ゴルキチは絶叫する。もちろん心の中で。あの部屋は禁断の部屋。二度と入らないと決めているのだ。

 まさか、自室にそんなものがあったとは。ポストはポストと設定すればそれがポストになるってことか。手紙をリベールの家宛に投函すれば、「うさたん」に手紙が届くということか。


「そういえば、ゴルキチさんは今回ボス討伐するの?」


 魔女帽子が興味津津といった様子でゴルキチに問いかけてくる。


「ああ、今回は雷神の王狼を狙ってるんだ。あれが欲しくてさ」


「あれって、あのいかついパンサー装備かな?ジャッカルさんも欲しいって言ってたような」


「ジャッカルも分かってるな!さすが世紀末な格好をしてるだけある」


「あんなのがいいっていう感覚がわからないわね。女の子の装備は可愛いのに」


 興味なさげに答える魔女帽子に少しイラっとするゴルキチだった。


「リベールさんが、パンサー着たら可愛いのにー」


 やーんと魔女帽子がのたまっているのに殺意を覚えるゴルキチだったがグっと抑える。


「だから、リベールたんが可愛いのを気に入るか分かんないって言ってるじゃない」


 まだ、やーんやーん言っている魔女帽子をたしなめてくれるメイリンに感謝しつつ、ゴルキチは聞き逃せない言葉を聞いてしまった。

「リベールたんが可愛いのを気に入る」だと、犯人はお前か!魔女帽子!!


「ああいう凛とした人って意外に可愛いのが好きなんだってば」


 魔女帽子はメイリンの言葉を否定するものの、そうじゃないそうじゃないぞと、突っ込みたくなるゴルキチの心の声は、もちろん二人には聞こえないのだった。


「お、来たよ。ゴルキチさん、メイリン」


 魔女帽子は、あるプレイヤーを指差しそう告げる。



 お月見プレイヤーも魔女帽子と同じ人物を待っていたようで、そのプレイヤーを見かけると、彼らは歓声を上げる。

 手を少し振って挨拶するのは、傭兵の中でも拘りを持ったプレイヤーの一人グルードだ。

 傭兵は、大まかに言って、とにかくタイムを切り詰めるためにボスによって装備を切り替えラップタイムを狙う集団と、拘りを持って一つのスタイルを極める集団がいる。


 グルードは、後者の中でもとりわけ特徴的な人物で、別名「シールドマスター」と呼ばれている。

彼の職業は、グラディエーターだ。

 グラディエーターは、盾を使ったときの性能が優れる特化職で、通常は盾で攻撃を防御するとスタミナが減り、強力な攻撃を塞いだ場合には後ろへ仰け反る。グラディエーターの場合は、スタミナの減りも仰け反りの半分になるという優れた性能を持つ。

 しかしながら、盾に特化する分制約が厳しい。まず、武器は片手剣に限られる。そして防具が問題で、皮防具しか装備できない。これはベルセルクの防具より制約がきついものだ。

 優れた盾性能に反する極端な低防御力。これがグラディエーターの特徴である。

 グルードの装備は、ソウルシーカーという与えたダメージの一部を吸収しスタミナに変える片手剣に、軽装の皮鎧というスタイルであった。特にこのソウルシーカーは優れたもので、「不壊」の特殊性能が付いている。


 ドラゴンバスターでは、全ての装備はいずれ壊れ新しいものを準備しなければならない。しかし不壊の特殊性能の付いた武器は修理するたびに減る耐久値が全く減らないのだ。

 レア10武器の特殊性能としては地味なものであるものの、ずっと使用し続けることができのでグルードは気に入っていた。


 「雷神の王狼」に向かっていくグルードに愉快なゴルキチ達三人組も、有名プレイヤーの生討伐を観戦しようと野次馬に加わっていた。



 ゴルキチから見たグルードのプレイは圧巻だった。ゴルキチが待ち構えた「雷神の王狼」のバックステップからのジャンプ飛びかかりに対し、グルードはバックステップした「雷神の王狼」へさらに踏み込むと、そのまま片手剣で切りつけながら、盾を上に構え、「雷神の王狼」が飛び上ろうとする動きを盾で押さえ込む。そのモーションと同時に再度剣を振るう。


 たまらず、真後ろにジャンプした王狼はようやく大きく跳躍し、グルードの後ろに回りこむが、後ろ足の爪が振り上がる前に盾に抑え込まれる。


 なんというアグレッシブな盾の使い方だ。少しでもズレるとあの防御力じゃあ即死だぞ。

 ゴルキチは戦慄する。

 これが傭兵か!

 これがトッププレイヤーか!


 ゴルキチはかつて目指したものの壁の高さに改めて愕然とした。違いすぎる。超絶なプレイヤースキルだけでなく、その発想こそが驚異的だ。踏み込み、ジャンプを封殺するとは思いも付かなかった。


 15分ほどで、「雷神の王狼」が倒れ、野次馬達から歓声が上がるのだった。


 悠然とボスエリアから出てくるかと思ったグルードは、何故か焦ったような態度で誰かとテルしている。


 なんだなんだ。

 もうすっかり野次馬のゴルキチである。


 巡り巡って何があるかようやく聞くことが出来たゴルキチはリベールの投入を決意する。

 「雷神の王狼」にではない、「暴帝」にだ。


 奴らは許せない、リベールを使ってでも阻止する。竜二は手を強く握り締めたのだった。

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