七章

第45話

■7

 強烈な落下感に耐えるのは一瞬だった。

 というより、その時点で一時的にだが、誰しもが気絶してしまったらしい。

 最初に目覚めたのは意外にも、最も虚弱なはずのジンだった。禍との一騎打ちによって、強烈な眩暈や疲労の類に慣れていたのかもしれないと、彼は考えたが。

 いずれにせよ、最も頑丈であることが間違いないらしい健在なランプを持ち上げ、周囲を見回してみると、そこは見知らぬ部屋だった。

 全体的にぼんやりと赤み掛かっているのは、ランプの火のためというわけではないだろう。全体をざっと見ていると、それは先ほどまでいた通路のような部屋と似ていた。

 縦長の構造をしており、両脇には等間隔に石柱が並んでいる。ただし石柱には不気味な意匠などなく、さほど高くもない天井にぴったりとくっ付く、単なる円筒形の柱だった。

 奥を見れば祭壇らしき、短い階段を持つ壇があった。上に箱状のものが置かれているようだが、少しの距離のせいではっきりとは見て取れない。

 それを確認する前に、ジンはさらに見回す。壇の反対側には階段のようなものが見えた。しかし視線を上げても天井にぶつかるだけで、どうやら埋め立てられているらしい。

「寒々しいというか……」

 冷ややかな温度の感覚はなかった。むしろ今までよりも熱気を感じるような気さえする。

 ただ、室内はどこを見ても今までに散々恐怖させられてきた、生物の気配が全く感じられず、そもそもここにそうしたもの――つまり自分たちのような、生物が出入りすることを拒んでいるような気配があった。その意味では、おぞましい寒気があるかもしれない。

 そうした中で最も変わったものといえば――自分の真横にそびえる山だった。

 石でできた残骸の山だ。見上げたままの視線をずらしていくと、天井にぽっかりと空いた穴が見える。山の頂上はその付近にまで到達していた。その高さによって、落下距離が短くなり、痛みもほとんどが今までの蓄積分と、山から転げ落ちたためのものらしい。

「……要するに、さっきの部屋からここまで落ちた、と」

 分厚い上階の床を見ながら、呟く。

 そうしてから、山の斜面に部下たちの姿を見つけると、ジンは軽く頬を叩いてふたりを起こした。目を覚まし、混乱するふたりに、理解した事態を話していく。

 さらには、自分の推測も交えて。

「階段が埋められてるってことは、だ」

 ニヤリと笑い、背後にある祭壇を指差す。

「そうしなきゃいけねえくらいのもんが眠ってるってことだ」

 三人でその短い階段を上ると、置かれているのが単なる箱ではなく、錆色をした鉄の棺桶であることがわかった。

 棺桶といっても形状だけで、少なくとも外観にはなんらかの生命や、その生命の終わりを告げる気配が全くなかった。無味乾燥の、ただの鉄の容器として存在しているのだ。

 蓋の表面に十字架の類がないのも、そうした印象の一端を担っているのかもしれない。その代わりのように小さなプレートが付いている。ジンはそこに何かが書かれているのを見て取り、読み解こうとしたが、古い文字の上に掠れており、叶えることはできなかった。

 ただ、なんとなしの推測はできる。というより、そうでなければならないという強い願望と、確信めいたものを抱いていた。

 部下たちが見守る中、ジンは笑みがこぼれるのを隠し切れないまま、「開けるぞ? いいな?」ともったいぶりながら、鉄の蓋を持ち上げた。

 かなりの重量があったものの、人間にも上げられないほどではない。少しだけ開いた後は、ずずず……と擦れる音を立てさせながら押し退けていく。

 そして完全に取り除かれると、人が収まるほどの大きさにも関わらず、中はただ一つ、手の平程度の小さな石が入っているだけだった。

 中敷きもない鉄が剥き出しの容器から、ジンが慎重にそれを取り出す。

 ランプの光を浴びるそれは、歪な円形をしており、手触りは妙にざらついていた。ただ、それを指でひと撫でするたびに、自分の心臓を同じように触られているようなおぞましい吐き気が催されるのを、ジンは自覚した。鼓動しているように感じるのは、自分の手が異様な興奮に脈打っているためだろうが。

 それは鮮やかな赤い色を持っているが、ルビーやガーネットの類とは全く違っている。その輝きは――例えランプの火によるものだったとしても――奇妙な揺らめきを見せており、中に血が流れているのではないかと思えてしまうほどだったのだ。

 そしてそうした揺らめく輝きの中に――八角形の星の印が見て取れた。

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