四章

第26話

■4

「まさかあんなのだなんて思わねえだろ!?」

 メイネリア遺跡の”入り口”で。

 部下たちの冷たい視線を受けながら、ジンは言い訳に叫んでいた。

「くそう、あの植物野郎め……」

 ジンは見慣れた感のある、真っ暗な遺跡の入り口を睨み据えながら呻いた。

 その暗闇の奥底に、自分の見た光景を映し出す――

 蔦に覆われた通路で斧を振り、最も手前にあった一本を叩き切った直後のこと。ばづんっと爽快な響きで両断された蔦が地面に落ちると……他の蔦が一斉に動き出したのである。

 それは風による揺れや、遺跡の鳴動による振動や、ましてや植物の微小な成長によるものなどでもない。明らかに意思を持った生物、というよりも動物として、痛みに悶えるが如く、無数に生える蔦をうねらせ始めたのだった。

 そして植物は一本の蔦が切り落とされたことに対し怒り、恨みを抱いていたに違いない。残る通路を塞いだ蔦の群れが、無数の触腕となってジンたちへと襲い掛かってきたのだ。

 ましてそれらは絡み付き、捕らえようとしてくるものもあれば、直接的な攻撃として、凄まじい勢いで突進してくるものもあった。槍のように突き出され、信じがたいことだが壁や床を易々と貫くのを、ジンたちは肩越しに目撃していた――その時にはもう背中を向けて逃げ出していたのだ。

 そうしてどこを走ってきたのかは、いまいち判然としない。特に箱の怪物から逃げ回っていた時の道順はほとんど記憶になかったのだが、再びそれと出会ってしまい、また闇雲に逃げ回るうち、遺跡の入り口に辿り着いていた。

「これが本能ってやつか?」

 などと、ジンは半ばヤケクソに冗談めかしたが。

 いずれにせよ箱怪物はいつの間にか追いかけてこなくなっていたし、植物の蔦はもっと早くにいなくなっていただろう。

 それでもジンたちは流石に、直後に再び遺跡へ潜ることはできず、一度帰還して準備を整え直すことになった。キュルは疲れた顔で、もう行かなくていいのではと言っていたが。

「今度こそは大丈夫だ。なにしろちゃんと、準備してきたからな」

 と、ジンは自分の背中に背負ったリュックを叩いてみせた。

 植物に対抗するための道具を、またしても盗み出してきたのである。

「というわけで、行くぞ! あれだけ厳重な警備だ。奥には必ずあれがあるはずだ」

「でも結局、おいらが先頭なんすね」

 肩を落としたキュルは、しかし渋々とそれに従った。火を灯したランプが暗闇に入り込み、その真価を発揮し始めるのを見て、ジンたちもそれに続く。

 少なくとも途中までの道順には印が刻まれ、迷うこともない。数日ほど離れていた遺跡の悪臭にはすぐに鼻が慣れていった。ランプの光だけが自分たちの周囲を照らすという劣悪な視界も、いくつ目かの分かれ道を曲がり、自分たちの靴が石床を踏みしめる足音を聞き飽きる頃には、それが自然なものという認識に変わっている。

 三人もそれぞれに、明らかに奇怪な怪物を見たにも関わらず、久しぶりの感じがするだとか、今回は本当に大丈夫なのかだとか、近隣を散歩するような気軽さでいた。

 それは三人が既に遺跡に対して、そういうものだろうと受け入れ、むしろだからこそ、奥には望む宝が眠っているに違いないという思いを抱いていたからかもしれない。ふたりの獣人も渋い顔をみせながらも、かといって財宝に対する欲は決して失われていなかった。

 しかしやがて。ある通路に差し掛かった時、三人は同時に口を噤み、足を止めた。

 そこはいつか見た、十字路である。しかし問題は――

 十字路の中央に、金色の縁取りがされた一つの箱が、ぽつんと置かれていることだった。

「あ、あれって……」

 誰かの呟き声に、誰しもが頷く。

 見間違えるはずもない。それは紛れもなく、自分たちを襲った箱の怪物だった。

 今は獰猛な牙を露にはしておらず、いかにも単なる宝箱だという風に外面を取り繕い、澄ましている。その姿を見て、ミネットがはたと思い出し、潜めた声で言ってくる。

「そういえば……あいつの対策はしてあるわけ?」

「…………」

 ジンは沈黙で答えた。彼女の方へ振り返り、無表情で数度瞬きしてから――てへと笑う。

「なんで忘れてたのよっ」

「お、お前らだって忘れてただろ!?」

「おいらたちが覚えてられるはずないっすよぅ」

 箱怪物を刺激しないよう、できる限り声を潜めながらだが、それぞれに言い合う。

「どうするのよ、またあれに追いかけられないといけないわけ?」

「そんなぁ。あれ疲れるから嫌なんすよね」

「そういう問題じゃないでしょっ。というかあんた、怪物が怖かったんじゃないの?」

「幽霊は見えないから怖いっすけど……怪物は酔って暴れてる熊族みたいなもんすから」

「それもかなり怖いわよ……近寄ったら殺されるじゃないのよ、ほぼ」

「まあ、そうなんすけども」

 と、ひそひそ話す中で。ジンは静かに、「よし……こうしよう」と決意の顔で呟いた。

 視線を向けてくる部下たちに、それを伝える――

「こっそり横を通り過ぎるんだ」

「結局は無策じゃないのよっ」

 ミネットが言ってくるが、聞こえなかったことにした。

 というより他に策はなく、実行せざるを得なかった。

 おかげでやむなく、三人は意を決して足音を忍ばせ、狭い通路の中をそっと進んでいく。

 やがて箱の眼前にまで到達すると、避けられる隙間がないために、恐る恐ると箱を跨ぎ……しかし突然に口を開けてくるということもなく、十字路の先へと到達した。

「……あれ?」

 そこでジンがふと気付く。

 そのまま数歩先へと進んでも、箱が追いかけてくる様子もないのを確認して。

「ひょっとしてあの箱、開けなければなんにもしないのか?」

「でもあいつ、おいらたちの帰り道でも襲ってきたっすよ?」

「それはほら……帰り道がわからなくなって、うろうろしてただけとか」

「なんなのよ、その獣人臭い怪物は……」

 ミネットが半信半疑の呆れ顔で呻く。ジンはそれよりも、「獣人臭いって、人間臭いって意味と同じか」などと胸中で感心していたが。

「ともかく、俺の完璧な対策によって無事に通過できたわけだな!」

 堂々と言うと、冷たい視線が投げかけられたが――

 ジンは構わずに意気揚々と遺跡の中を突き進んでいった。

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