第10話

 吹き荒れる風の中。ジンはすぐ後ろにいたキュルに向けて声を上げた。

「よし、お前の出番だ! ちょっと通路の奥まで行って来い!」

「なんすかその無茶な要求!?」

 風がかなりの音を中和する中、それでも彼はかなりの音声で叫んできた。

「こういうやられ役は、やっぱりお前の役目だからな」

「やられ役なんすか!?」

 ショックそうな顔をする。……が、そうかと思うと彼はすぐに立ち直った。

 しゅんと頭を下げながらも、一度不敵に笑ってから、むしろ奮起するように「でも任せてくださいっす!」と言い、分厚い胸板を叩く。

「おいら、実は風に強い種族なんすよ。砂漠の砂嵐にだって耐えるくらいっすよ!」

「そうだったのか?」

「だからここで親分に、おいらがやられ役じゃないってところを見せてあげるっす!」

 鼻息荒くそう宣言すると、彼は肩をいからせながら壁から離れた。

「うおおおおおおおお! やってやるっすよお!」

 叫びながら。暴風の中を全力で駆け、うなる通路へと突進していき――

 ゴオオオオオッ!

「ひああああああああ!?」

 通路へ一歩踏み入った瞬間。怒るように圧力を増した気がする竜巻によって、彼は面白いほど呆気なく弾き飛ばされた。

 巨体が紙人形か何かのように宙を舞い、煽られるに任せて部屋の中を飛び回る。マントも相まって、それは一見、彼が自分の意思で自在に飛んでいるようにも見えたが、

「ああああああぁぁぁ……へぶっ!?」

 びだああんっと。風に紛れる悲鳴の中で、最終的にはジンたちとは反対側の壁に顔面から激突し、そこに張り付いたまま動かなくなった。一応、生きてはいるようだったが。

「っていうか走っていったら、そりゃそうなるだろうよ」

「やっぱりやられ役ね……」

 呟くミネットの声は、不思議とはっきりと聞こえた気がした。

 だからというわけではないが。ジンは次に、ミネットの方へ向き直った。

「というわけでミネット。次はお前が行ってみてくれ!」

「え、あ、あたし!?」

 突然に矛先を向けられ、彼女は心底驚いた様子だった。さらには自分自分を指差しながら、露骨に嫌な顔をしてみせる。

「今の見たでしょ? あいつで無理なら、あたしなんて近付けもしないわよ」

「這って進めばひょっとしたら耐えられるかもしれないだろ?」

「じゃあボスがやりなさいよ」

「この風圧だ。一番身体の薄いお前じゃなきゃ、耐え切れないかもしれない」

「誰が薄い身体よ!?」

 ずれたところで反論してくる、ミネット。しかしいずれにせよ承諾を得られそうになく、仕方なくジンは強硬手段に訴えることにした。暴風の中で自分の腕を持ち上げると――

 それを体毛がくしゃくしゃに煽られているミネットの頭の、耳元に乗せてやるのだ。さらにそのまま耳の付け根辺りに指を這わせ、ぐりぐりと撫でてやる。

「にゃぐあああああっ、な、何をおおおおっ」

 ミネットが抗議めいた、しかし口惜しく悶えるような声を上げる。そこでジンは追い討ちをかけるように、頬に手を当て、こちらもくすぐるように撫でてやった。

「うにゃぐうううううう! そ、それは卑怯よおおお……っ!」

 ますますもって口惜しそうな、呪いめいた言葉を吐きながら、しかし彼女は力が抜けたように自ら身体を縮こまらせていった。やはり猫族はこの辺りを撫でられると弱いらしい。

 そうしてミネットは、とうとうその場に座り込んでしまう。そこですかさず、

「よし、そこまでいったなら、後は這うだけだ! 頼んだぞ、ミネット!」

「く、くそう……なんの理屈なのよ、いったいぃ」

 恨めしい声は、風に消されて聞こえなかった。視線も目を逸らしていたので見ていない。

 いずれにせよミネットは、抵抗を諦めたようだった。しゃがみ込んだ体勢から、渋々と五体を床にくっ付ける体勢へと変わる。

「言っておくけど、少しでも危なかったらすぐ戻ってくるからね!」

 一応、それだけ念を押すと、彼女は匍匐前進で通路へと進んでいく。ジンは「既に少し以上危ないのでは」とも思ったが、それはこっそりとも口に出さず、胸中に留めておいた。

 いずれにせよ彼女は恐る恐る、長い尻尾を風に煽られ揺らしながら、ジンの目の前でじりじりと通路へ入り込んでいった。そしてその身体が、半分ほども隠れた頃か――

 ヒュゴオオオオオッ!

 と、やはり一際強い突風が、通路の奥から噴き出してきたらしい。同時に、

「ニャアアアアアアアアア!?」

 風音よりもけたたましい悲鳴を引き連れて、ミネットの身体は宙を舞い、通路から一気に吐き出されてしまった。

「ミネット!?」

 錐揉みしながら飛んでいく猫の姿に、ジンは咄嗟に腕を伸ばしていた。

 その手の平は、竜巻によって振り回されている尻尾に触れたらしい。一も二もわからず、手がかりを頼りに強くそれを握り締めると、ミネットはなおさら悲鳴を上げたようだった。

 ともかくそれを引き寄せるように、ジンは腕を引き戻そうとして――しかし。

「うお、と……のおおおおおおおっ!?」

 壁から身体を離し、通路側へと乗り出した影響で。

 ジンもまた部下と同じように、暴風に絡め取られることになってしまった。

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