第一章 2 アニメや3DCG

 人。人がいた。ヒューマンである。

 それは別に不思議なことではなくて、衝撃を受けたのはそこじゃない。クリスマスとお正月が同時に来たのは、彼らが、普通の人ではなかったからで――。


 ――キャラクターなのだ。


 その街行く人々のほとんどが、アニメや3DCGで作られたみたいな姿の人物だったのだ。

 テレビやゲームの中から飛び出してきたかのような、そんなまさしく『キャラクター』のような人たち。それが普通に歩いて、普通にお喋りをして、普通に買い物をしていた。

「…………あ」

 目の前を、アニメの少女二人が通り過ぎていく。

 少女たちが移動すると、彼女たちの見える位置もしっかりと横から背後に変わっていった。まるで本当の人物を見ているかのような、リアルな見え方。その姿が、ただアニメのような、イラストめいたものに変わっただけにしか見えなかった。

 アニメの少女たちから視線を外し、今度は3DCGの人物に目を向けてみる。

 アニメよりはかなり現実に近づいているものの、やはり現実の人物とはまったく違う。アニメと比較すると、人によってその造形にかなりの差があった。アニメのようなデフォルメの効いた造形の人もいれば、リアルな質感を求めた造形の人もいる。

「……何だろう、これ……」

 気がつくと、僕は僕に関する記憶を全て失い、アニメと3DCGの人がいる世界へとやってきていた。こんなおかしな話があるだろうか。事実は小説より奇なり、というけど、これは奇怪すぎるし奇跡過ぎる。

 …………ふと。

 ふと僕は、自分の体に目を向けてみた。手があり、腕があり、胸があり、腰があり、脚があって、足がある。どこもおかしな部分はない。

 そして何より、自分はアニメでも3DCGでもない。

 現実、リアル、三次元なのだ。

 この大通りにいる人々は、ほとんどがアニメや3DCGの人たちだったが、ごくわずかに僕と同じ三次元の人がいる。どうやらこの世界は、完全にアニメや3DCGの人だけの世界ではないようだった。

 とりあえず街を歩き、同じ三次元の人に声を掛けてみよう。何か聞けるかもしれない。

 主に、この世界はなんなのか、とか。

 辺りを見渡しながら大通りを歩く。人通りは多くない。走って人の間を通り抜けられるくらいには、人の数はまばらだった。

 車道には車も走っている。それだけを見れば、ただの街の一風景にしか見えない。アニメや3DCGのキャラクターたちが、普通に街を歩いていることを除けば、だけど。

 歩いていると、ちょうど角から三次元の男性が表れた。服装は黒のスーツで、顔つきからして三十代くらいの人だった。あの人に話しかけてみよう。

「すいません、ちょっといいでしょうか?」

「……何、かな」

 男性は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに人が良さそうな表情に変わる。

「僕、なぜかこの世界にいたんですけど、何か知りませんか? どうしてこの世界に来たのかとか、この世界・街は何なのかとか」

「…………えっと」

「すいません、突然すぎましたよね……。僕、記憶がなくて」

「気にしないでくれ。それより、ここでは他人の邪魔になるから――」

 男性は大通りから外れた道を指差して、「こっちで話をしよう」と言ってきた。

「あ、はい」

 僕は素直にそれに従う。そして僕は再び大通りから外れた道、路・地・裏ぁ! へと足を運んだ。どうやら僕は路地裏に、何か運命的なものがあるらしい。

 前世が路地裏だったとかは、ぜひ遠慮しておきたい。ヤンキーなら可としましょう。

「……で、だ」

 路地裏に入ったところで、男性が口を開く。

「この世界が何なのか、だったっけ?」

「はい、そうです」

「……正直なところ、すまない、それについては私にも良く分からないんだ」

「え……?」

 これは予想外の返答だった。

「なぜアニメや3DCGの人がいるかは分からない。でも、この世界はちゃんとした秩序のもとで動いている。それだけは私にもはっきりと言える。だから、お金を稼げばちゃんと生きていけるし、頼めば学校生活も送ることができるはずだ」

「そう、ですか」

「本当に、中身のない答えですまない。でも、この世界で生きていくことは可能なはずだ。何も分からない世界で過ごすのは、少し不安かもしれないけどね」

 結局、この世界については何も分からないまま。

 けれど、生きていくことは可能らしい。その場合、何か仕事を探すことになるけど。

「記憶のない僕でも、大丈夫でしょうか……」

「……実を言うと、私も記憶がなかったんだ。ここに来た時は」

「そうなんですか?」

「ああ。でも、つい先日、記憶が戻ったんだよ」

「それは良かったですね!」

 僕は純粋に祝福してあげようと、そう祝福の言葉をかけた。しかし――。

「あ、ああ、ありがとう」

 男性は、まるで嬉しそうな顔をしていなかった。顔を片手で覆い、むしろ苦しそうな顔をしているようにも見える。……気のせい、だろうか。

「話は、もういいかな?」

「あ、はい。ありがとうございました」

 たぶん気のせいだろう。僕の脳みそさんは疑り深いところがあるから。うん。

「じゃあね」

 男性は別れの言葉を言い、そうしてその場を立ち去った。

 ――路地裏の奥の方へ。

「あれ?」

 大通りの方へ戻るのかと思いきや、路地裏の奥の方へと男性は向かう。

 一瞬疑問には思ったけど、まあ、あっちの方へ用があるんだと思って、僕も大通りへ戻ろうとした。

 ――その瞬間だった。

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