試験の鬼Ⅱ

「まさかアンタが何かしたわけ?」

 継ぎ句をさえぎるようにタナシアは猛然とイグニスに詰め寄った。烈火のごとく怒ってはいるものの頭二つ以上小さなタナシアが詰め寄ったところでイグニスの飄々ひょうひょうとしたていも相まって少しも深刻そうには見えない。事情を知らなければじゃれあいにも見えそうなのどかな雰囲気すら醸しだしている。

「私がするならともかく試験官が不正はダメでしょ!?」

「いや、受験側がやってもダメだろ」

 竜也のツッコみにもうるさい、と睨み返す。まだ答案すら返ってきていないというのに元気なことだ。

「まぁそうですね。あえて言うなら何も言わなかった、ということでしょうか」

 タナシアの抗議を無視して竜也の方を向いたままイグニスはにやりと笑った。楽しくてしょうがないという気持ちが溢れ出ているのがわかる。

「どういうことよ?」

「そのままの意味です。竜也は今日の試験の内容を知らなかったのですよ」

 そうなの、と振り返ったタナシアに竜也は無言で首を縦に振った。そもそも受けるつもりなど最初はなかったのだ。タナシアが知っていればそれでいいと考えていた。

「今日の試験は一般教養。人間界での基礎知識を問う試験です。死神が地上に降りた時に見かけは人間のそれと同じでもあまりにも常識を知らなければ疑われてしまいますからね。だが、竜也はそれを知らなかった」

 そうですよね? と聞いたイグニスに竜也はまだ無言で頷くばかりだ。ただ少しずつ話の中身は見えてきた。タナシアの方はまったくわからないらしく未だに不満そうな瞳でイグニスを睨み続けるばかりだ。

「そして彼はこういう結論に至るわけです。俺の試験問題がこんなに簡単なわけがない、とね。人間の小学生レベルの問題に頭を悩ませる姿は非常に滑稽こっけいでしたよ」

 イグニスは心底楽しそうに竜也に向かって嬉々とした視線を送っている。見事にしてやられた竜也としては言い返す言葉もない。ただ何も言わずに座ったままだったが、タナシアの突き刺さるような視線が痛いばかりだ。

「タナシア、そんな顔をしていますが、あなたも悪いんですよ?」

「は、何でよ?」

「あなたが今日の試験は人間の一般教養で竜也なら当然わかると教えてあげれば良かったんですから」

 イグニスの指摘にタナシアははっとして、二歩ずるずると後ろに下がる。何かを言い返そうとしたが思いつかなかったらしく、そのまま回れ右をして自分の席に戻った。

「ほら、さっさと解答用紙返してくれ。もう採点終わってるんだろ?」

 自分の思い悩みが全て無駄だったと聞かされて、すっかり竜也はやる気を失っている。元々陰湿そうな声にはいつもにも増して覇気がない。天界に来てから少しずつ改善されてきたものが一気に元に戻ったようだった。

「やはり教室で試験を受けると気分が落ち込みますか?」

「……そういうわけじゃないが」

 渡された解答用紙を受け取りながら竜也は苦い顔で答えた。学校生活そのものが嫌いだったわけじゃない。むしろテストは好きな方だった。あらゆる先入観が廃棄され、平等な視点で見られる時の自分は、決して悪いものではない。それは答案に付けられた点数が教えてくれる。

 今この瞬間、この科目に関してはタナシアよりも上だと確信できるのと同じだ。だから竜也はテストの日がいつも待ち遠しかった。

「当然だけど、負けたのがなんかムカつく」

 こうやって誰かから恨みのこもった視線を投げかけられることが心地よかったのかもしれないな、と今更ながらに竜也は思った。

 竜也は終了数分前に一気に答案を埋めたとはいえ、一般常識どころかわからなければ人間としての生活が危ういレベルの問題だ。一問も間違えることなく満点だった。対してタナシアは気になっていた数問にミスがあったらしい。

「どちらも合格です。次の試験は一週間後ですから、しっかり勉強しておいてくださいね」

「まだあるのか?」

「もちろんです。仮にも特級死神の試験ですから。タナシアを見ていると実感が湧かないかもしれませんが、これでも死神の上位五パーセントほどしかなれない資格ですからね」

 その言葉に思わず竜也は隣に座っている金髪の少女の姿を見た。まだ納得がいっていないらしいタナシアは返ってきた解答用紙を見つめているが、そんなことをしたところで点数が上がるわけもない。

「それでは次も頑張ってくださいね」

 それだけ言うと、イグニスは逃げるように教室から出て行った。この場にいるとタナシアの矛先が向くと判断したのだろう。

「おい、終わったんだしとっとと戻るぞ」

「偉そうね! 満点だったからって」

「何を噛み付いてんだ」

 昨日までやる気なんて欠片もない風を装っていたくせに。負けず嫌いもここまでくるとたいしたものだと感心させられる。

「それで、次の試験の内容は?」

「学力テストよ」

「どのくらいのレベルだ?」

 小学生か、タナシアの見た目で考えるなら中学生くらいだろうか。

「高校一年生」

「はい?」

 思わず聞き返した。小銭の数え方や交通ルールの試験を受けたばかりだというのに。それも間違えるような頭で受けるような内容ではない。

「高校一年生の試験受けることにしたの! だから勉強教えなさい!」

 傲慢不遜ごうまんふそんなタナシアの態度には慣れたものだった竜也だが、いったいどうしたものか、と無意識に頬をかいた。

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