裁きの檻Ⅱ

「今度は誰だ? 俺は見世物みせものじゃないんだけど」

「おや、これは失礼。ではどういった用件ということにしましょうか?」

「……なんでもいい」

 にこやかに微笑んで言った言葉には少しの反省もない。やっぱり好きになれそうにない奴だ、と竜也は気だるそうに腰を上げた。

 人間の男としてはあまり大きくない竜也より一回り背の高いその男は、燃えるような赤い髪とどこか飄々ひょうひょうとした微笑みをたたえ、修道士のような黒いローブを羽織はおっている。右手には小さな手帳を開き、中身を知ることはできないがなにやらわざとらしく首を縦に揺すっている。

 その行動ひとつひとつがどうにも竜也のしゃくに触る。少し考えてその顔が美形であるからだと気付く。

 切れ長の目に真っ直ぐの鼻筋、高い鼻、薄い唇。

 こういう奴はなにをやっても華がある。それをわかっていてわざわざ挙動を大げさにする輩がどうにも嫌気がするのだ。

「しかし殺風景ですね。あなたがふて寝したくなる気持ちもわかりますよ」

「別にしてねぇよ」

 この言葉は嘘ではない。もうほんの数秒後には寝るという体勢には入っていたが、完了はしていなかった。そう胸の内で竜也が言い訳を並べるのも目の前に男との格差によるものか。

「そうですか、まぁよいです。そんなあなたに一つプレゼントです」

 赤髪の男がそう言いながら今しがた自分が歩いてきた方を見やる。するとそこから真っ白なテーブルセットを抱えたフィニーがさして辛くもなさそうに歩いてきた。

 小さなものとはいえフィニーは片手に一本足のテーブルを抱え、もう片手にイスを二脚を持っている。小柄な体にいったいどこにそんな力があるのか。昨日だってこの大きなベッドを一人で抱えてきたのだから、彼女にとっては大したことではないのだろうが。やはり可愛らしい見た目をしていても死神は死神ということか。

「で、なんだこれは?」

「テーブルセットですが?」

 そんなことは見ればわかる。確かに真っ白で飾り気の少ない一品は古城の中庭のような竜也の仮宿かりやどにはなかなか似合っている。しかし、暇な人間に対してのプレゼントがこれではちょっと物悲しい。このテーブルが活躍するような何かがなければ悲しさが増すばかりだ。

「天蓋付きのベッドなんかで寝ているくらいですからこういう家具なら気に入るかと思いましてね」

「別に好きでこれに寝てるわけじゃねぇよ」

「まぁそうでしょうね。これも私が立ち話が嫌なので持ってきただけですから気にしないでください」

 てめぇ、と漏らしそうになった声を喉の奥に押しやった。顔だけじゃない。やはり言葉の端々ににじみ出る性格の悪さに竜也はいらつかされる。ただその中身を少しも隠そうとはしないところだけは竜也にも好感が持てた。

 人間なんてものは多かれ少なかれ誰かに嘘をついているものだ。それがないことがありありとわかるこの男は素直に生きられるほど馬鹿なのか強者なのかのどちらかということだ。それは何かにつけて弱い竜也にとっては気に障ることでもあり憧れでもある。

 フィニーが置いたテーブルセットに早々に腰をかけ、赤髪の男は左手で小さく手招きする。そのしぐさに竜也は素直に従った。

「紅茶でも飲みたくなるな」

 キズも曇りもないテーブルの上にはさっき赤髪の男が持っていた薄汚れた手帳があるだけだ。肉体がないから食事を摂る必要がないとはいえ、十数年に渡ってやってきた習慣がなくなるというのはどうしても違和感があった。

「ほう、紅茶ですか。確かにここでは物を食べたり飲んだりしないですからね。そういうのも面白いかもしれません」

「何が面白いんだよ。っていうかお前は誰だ?」

 考え込むようにあごに手を当てた美青年に竜也はようやく問いかけた。出会った瞬間から完全にペースを握られてしまっている。自分のことが一番重要という考えを少しも隠そうとしないこの男に既に振り回されて疲れてきた。暇でしょうがないと思っていたが、こうしてみると暇なことも悪くないと思ってしまう。

「おや、名乗っていませんでしたか? 天界では私を知らない者はいないのでつい忘れていましたよ」

「悪名高そうだしな」

 にやりと笑った竜也に男は苦笑いを返す。一つ言い返してすっきりした竜也は背もたれにだらりともたれかかった。

「意外と言ってくれますね。私はイグニス、彼女らと同じ死神です。まぁ端的に言ってしまえば上司と言ったところでしょうか」

「上司?」

 イグニス、と名乗った男の顔を竜也はまじまじと見た。確かに三人よりは年上に見えるが、それでも二十歳そこそこくらいにしか見えない。老け顔なら高校の同級生に紛れ込んでいても違和感はないだろう。

 だが、あくまでもそれは人間でも話だ。フィニーがその小柄な体に竜也を優に上回る身体能力を持っていたり、タナシアがあんななりでシェイドとフィニーを従えていたりするのだ。人間の常識が死神にそのまま当てはまるものではない。

「はい、その通りですよ。何か聞きたいことがあればなんなりと」

「俺のところに来るより先にやることがあるんじゃねぇのか?」

 竜也は言ってしまえば裁かれる身だ。死神にとってはそれほど大きな存在でもないことを竜也は自覚していた。イグニスが上司だと言うのなら、何よりもやるべきことは竜也を放り出したままどうしようもないほどに仕事をしない部下の説教だろう。

「それと少しくらいは関係があってあなたに会いに来たのですよ」

「俺と?」

 オウム返しにイグニスの言葉を繰り返す。フィニーといいシェイドといい妙に竜也に期待をかけているのが気にかかる。特別何か力を持っているわけでもない。相手は死神といえど女の子だ。人間相手もまともにできない竜也に誰かと交流をして説得するなんて人選ミスもはなはだしい。

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