2.夕暮弥彦


 三流大学に通っていた夕暮弥彦は就職活動に失敗していた。エントリーした会社は百を優に超える。これは就活が難航していて、なかなか決まらないわけでは無く、もちろん努力家であるわけでもなかった。ただ、僕はこんなに会社を受けているんだぞ。ちゃんと就活をしているぞ。と、誰かに言い訳して、自分に価値を見出しているに過ぎない。もちろん言い訳の相手は自分だ。自分自身だ。空っぽで空虚な自分に価値を見出したいのだ。見栄を張れば張るほど自分のちっぽけさが理解できる。

空っぽで空虚な人間には夢や憧れなんか無く、将来に希望も志望も無い。叫びは誰にも届かず、周りの人間はさらに多くの会社を受けていたりする。言い訳はもはや言い訳になっていなかった。虚しくも夕暮弥彦自身の言い訳は自分にしか聞こえず、言い訳にならない何かは薄っぺらな自信になってしまった。あまりにも薄すぎたためその自信が仇となった。夕暮弥彦は生まれ持っての境界性人格障害ではなく、このころは、ほんの少し自尊心を持っていた。

 百を受けて内定を貰ったのは3社。この数字が突き立てられた弥彦はこの数しか自分を認めてくれなかったのか。と、どうしようもないことを思ってしまった。まだまだ僕にはきっとすばらしい夢と憧れに満ちた天職があるはずだ。そこさえ見つけてくれば自分の価値は発揮される。価値のない人間が不覚にも自信を付けてしまったのだ。

 3社の内定を蹴ったのは秋頃、夕暮弥彦は就職活動を再開した。しかし、いや、当然の事ながら卒業まで内定を貰うことは無かった。

 世の中を舐めていた。まさか、権利を奪われることはあっても義務を奪われるとは思わなかった。学生という肩書は消え権利も義務もない無職となってしまった。なり果ててしまった。

夕暮弥彦は、一人暮らしをしているアパートで春をむかえていた。就職浪人を、まさか自分がなるとは。学校も無ければ仕事もない。そんな、状態ではこの先、生きていくことは不可能だ。収入が無ければどうしようもない。毎日が日曜日のままではいかないのだ。さすがに焦りを感じていた。何とかしようと、とりあえずコンビニにある求人情報誌を手に取った。恥ずかしながら大学を出て二十二歳、この人生アルバイトをしたことがなかった。学生の間は親に支援してもらい生活をしていた。別にそれで困ることも無かったのでアルバイトをする必要がなかった。そんな人間が就職をしようとしていたんだから、笑い話にもならない。学生は、勉学が本分だ。アルバイトをやっている人間は小銭稼いで遊びたいだけだ。目的を見失っているではないか。本気でそう思っていた。だが、このアルバイトを見つけるのも一筋縄ではいかなかった。高給のアルバイトを手当たり次第に応募してみたが、採用されることはなかった。

 たかだかアルバイトでなんでこんなに見捨てられなければいけないのだ。なんでこんなに生きることを許してくれないのだろうか。

 高給のハードルを下げ、やっとの思いでアルバイトの採用に扱ぎつけた。場所はアパートから歩いて20分ほどの飲食店だ。少し遠いが、歩けない距離でもない。よし、これで生活の基盤ができた。アルバイトをしつつ、生計を立て就職活動を再開しよう。この調子で頑張ればなんとかできるだろう。

 僅かな希望を持ったが、現実はそんなに甘くなかった。なにせよ、夕暮弥彦は働くことが初めてなのだから。1日目を終え家に着いたのもやっと、体は悲鳴を上げていた。忙しいお店では無かったのだが、それでも仕事も何も知らない弥彦を疲労させるのは充分だった。アルバイトに追われる日々。アルバイトの合間に就職活動なんて甘すぎた。希望は弱弱しく見えてきた。


 慣れというものは恐ろしいもので、1か月を過ぎたあたりから余裕ができてきた。朝から晩まで働き、夜は求人情報をあたり、休みの日に面接を受けに行く。そうだ、このルーチンワークだ。この調子ならいけるぞ。頭の中で計画を立て、努力の方向性が見えてきた。アルバイトを経験した自分なら学生時代よりも就活に自信が持てそうな気がした。2か月が過ぎ、相変わらず就活はうまくいかないが、数をこなし経験し、人事を尽くして天命待つ。焦ることは失敗の原因にもなる。しかし、失敗というのは必ずしも自分から起こすものではないと、周りから降りかかってくることもあるのだと、弥彦は失念していた。

 この日は朝からのシフトでいつも通り店へと足を運んだ。店のガレージが閉ざされており、張り紙が張られていた。

「長らくご愛顧ありがとうございます。本日をもって閉店とさせていただきます

 店員一同」

 人並みに驚いた。張り紙の文字にも驚いたが、そんな話は一度も聞いていなかった。

 店員一同に僕はいなかった。

 仕方がないのでアパートに戻ろう。

 ああ、そういえば今月の給料どうなるんだろう。

不幸には不幸が重なるのも世の常で次は何を奪われるんだろう。

 家に帰るとスマホのバイブレーションが鳴った。アルバイトに行くところだったので、スマホはマナーモードにしたままだった。また、企業からの不採用連絡なのだろうか。電話で不採用通知なんて珍しい。そんなに僕を蹴落としたいのか。

 どこかで見たような電話番号だったが、思い出せない、受けている企業の電話番号は登録してあるはずなんだけれどな。ちなみに不採用だった場合は登録から削除する。

 電話に、もしもしと応答する

「夕暮弥彦さんですか?富山警察の者です」

 富山警察?富山に実家がある。大学を卒業してから実家に帰ってない。

 帰るのが恥ずかしかったから。

 親にも見せられない醜態だったから。それにしても、実家の方になにかあったのだろうか。夕暮弥彦ですと答えた。

「落ち着いてお聞きください、お母さんが交通事故で亡くなりました」

 権利を奪われ、義務を奪われ、仕事を奪われ

 親までいなくなった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る