白刃と魔法Ⅳ

 アーロンドの視線を追って三人の目がサイネアに集まる。


「なんじゃ。相談事は終わったのか?」


 ぼんやりとした顔で聞き返すサイネアは、どこから見ても幼い女の子にしか見えない。服の下こそ体毛に覆われ、羽も生えてはいるが隠してしまえば人間と何ら変わるところがない。


「この子みたいなのが他にもいるってことかい?」


「確かにサイネアって魔力反応が出ないのよね。ダマスカスの検問でも引っかからなかったし」


「サイネアと同じように魔力が発生していないバーリンなら見た目も人間となんら変わらないですから、判断はつけにくいでしょうね」


 事実、ここまでサイネアがバーリンだと気付いたのは羽を見てしまったミニアだけだ。それほど他の人間と交流をしたわけではないが、誰もサイネアをバーリンだとは思っていない。


 じっくりとサイネアを見る三人の視線に耐えられなくなったのか、サイネアはミニアの膝元をするりと抜けると座っているアーロンドの背中に張り付いた。ミニアには心を開いてくれているのかと思っていたが、どうやら眠さで判断が曖昧だっただけのようだ。


「アーロンドには懐いてるんだな」


「助けてあげたからかもしれませんね」


「変態」


 不機嫌につぶやいたミニアにアーロンドとバーンは苦笑いで答えた。不機嫌なままのミニアはその苦笑いの理由に当然心当たりがある。無言を貫いたまま手元のコーヒーを飲み干すと乱暴に机に叩きつけた。


「ともかく共存の村っていうのは今のところ手がかりなしだね」


「そうですね。ただパンドラの匣は探してみたいのですが」


「どうしてだい?」


 アーロンドは背中にいるサイネアの肩に腕を回して器用に叩いた。少し安心したらしいサイネアは少しだけ顔を見せる。


「彼女が知っているかもしれないというんですよ、匣を」


「うーん、そうか。それなら調べてみる価値はあるかもしれないね」


 バーンは山積みになった書類の中から数枚の紙を引き出してまとめていく。誰もが無造作に積み上げたと思っていたそれの中身をバーンは丸々記憶してしまっているような迷いのない動きだった。


「これと、それからこれだな」


「ぬしの図書館での所作より正確じゃな」


 数年振りの図書館と勝手知ったる研究室では全然違う、とアーロンドは言いたいところだったが、自分の工房でもここまで物の位置を正確に把握している自信はない。


「諦めろ。お前の負けだよ」


 村正のからかいを無視して、アーロンドは黙したままバーンが戻ってくるのを待った。


 いくつかの資料を集めてきたバーンはそれぞれの該当するページを開いてアーロンドとミニアに示した。どれもまだ学術誌に載っていない最新のパンドラの匣に関する研究結果だった。


「これによると魔力濃度の濃い地域がパンドラの匣の所在候補になるみたいなんだ」


「そうみたいね。でもそれって危険性も高いってことでしょ?」


 確かにどの地域も完全に禁止はされていないものの魔力濃度が濃く、立ち入りには警戒を要すると言われている場所ばかりだ。


 魔力は人間が内包しているものと自然が発しているもの、そしてバーリンが発するものに大別される。そしてそのどれも人間は多少感じることができるものの判別をつけることはできない。


 魔力が濃いということは自然に発生しているエネルギー源が存在する可能性と同時に強力なバーリンが生息している可能性と隣り合わせなのだ。


「ありがとうございます。とても参考になります」


 アーロンドは資料に目を通してその場所をつぶさに頭の中に吸い込んでいく。これから向かう場所の詳細を覚えると同時に立ち上がった。


「お二人に迷惑をかけるつもりはありません。ここからは私が行きますから」


「はいはい。じゃあ俺は有給休暇の申請書類を書くから座ってるように」


「別に調査出張名義でいいじゃない。早く通るわよ」


 きっぱりと言い放ったアーロンドの言葉を聞いていないように二人は話を進めていく。


「あの、バーン? ミニア?」


 本当に自分の声が届いているのか不安になって弱々しく問いかけたアーロンドに二人は笑う。


「別に勝手についていくだけさ。気にするなよ」


「今度は一人で行かせないってだけ。また面倒なものを拾ってこないようにね」


 既に拾っちゃった後だけど、とミニアはサイネアにも笑顔を見せる。こうなることはアーロンドにはよくわかっていた。だからこそ何も伝えずにこっそりと去ろうと思っていた。自分の浅はかな企みは友人に簡単に見透かされてしまうとは考えもしないまま。


 アーロンドは出張申請の書類を相談している二人に背を向けて、壁にたてかけていた村正を手に取った。追い詰められれば抜くと決めていた。それ以外にアーロンドには身を守る手段がない。自分すら守れない人間が他人を連れ歩くのはそれだけで無謀なことだ。


 アーロンドは強く村正の柄を握った。血潮が指にかよって手が赤く染まる。決意をしていたはずなのに仲間がいてくれることがどれほど心強いかを表せる言葉が見つからない。


「痛ぇじゃねぇか」


 握られた村正が非難の声を上げた。この刀型杖にどれほどの痛覚が備わっているのかアーロンドにはわからないが、この優しい声はその言葉が嘘だと伝えている。


「なんじゃ、ぬし。ずいぶんと楽しそうではないか」


 顔を覗き込んだサイネアに言われて、アーロンドは自分の顔が緩んでいることに気が付いた。これまで気が付かない振りをしていたが、それだけ不安が大きかったということだ。


「そんなことは」


 はっとして自分の頬を押さえたアーロンドは、顔を整えてからまだ話を続けているバーンとミニアを見た。


「いえ、そうですね。今、私は嬉しいのかもしれません」


 頬に当てていた手を外し、アーロンドは書類を書き上げたらしいバーンの方に向き直る。


「ではまずはどこに向かいましょうか?」


 緩んだ頬をそのままにしてアーロンドはバーンに問いかける。候補地はいくつもあるが、どこに向かうかはしっかりと考えた方がいい。

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