白刃と槍Ⅹ

「うーん、このあたりも似合いそうね」


「まだあるのか?」


「もちろんよ。とりあえず着てみないとわからないじゃない」


 ショッピングモールの二階。子供服売り場ではミニアが次々に服を手にとってはサイネアの前にかざしている。驚いているサイネアもそれほど嫌がる素振りは見せていないようだった。


「これは長くなりそうですね」


 売り場から少し離れた柱に体を預けているアーロンドは女性二人の買い物模様を遠い目で眺めながら呟いた。


「てめぇで言い出したことなんだから諦めろよ」


「わかっていますよ。ただ、ミニアのお昼休みが少し心配ですが」


 村正の声もどこか投げやりで退屈している気持ちは同じらしい。


 ラスクニアでは服といえば、母か、村の裁縫上手のおばさんが縫ってくれる一点ものばかりだった。もちろんダマスカスの製造工場で使っているようなミシンもなく、針と糸で丁寧に作られる。子供が成長して着られなくなった古着はまた違う家庭へと回されていく。


 同じデザインの服が大量に並び、それも一年足らずで捨てられてしまうものもあることを思うと、ラスクニアの魔法に頼りすぎない生活というのも正しいように思えてくる。


「なにやら人形にされたような気分だったぞ」


 着替えを済ませたサイネアは桜色のワンピースを着て髪にはおまけでもらった髪留めをつけてもらっている。


「あ、すみません。お代を」


「いいわよ。それよりもちゃんと見てあげてよ」


 そう言ってミニアはサイネアの背中を押した。


「あ、似合っていますよ、サイネア」


「うむ。なかなか気に入ったぞ」


 すっかりミニアにも心を許しているようで安心すると同時に、なんだか誰にでもついていってしまいそうな不安を感じる。彼女は人間について無垢なのだ。初めて出会ったものに警戒を示し、ほどこしを与えるものだと気付けばなついてくれる。それはアーロンドや多くの人間がとうに忘れていることだった。


「さぁ、そろそろ行きましょ。よく行ってた中華のお店でいい?」


「えぇ、かまいませんよ」


 ショッピングモールの最上階へと上がると、いくつかに区分された料理店が並ぶフードフロアが広がっている。世界中から人の集まるダマスカスでは世界中で食べられていた料理が一堂に会することも不可能ではない。


 実際アーロンドさえも自分が食べてきた料理がどこの地方で生まれたものかなど全てわかるわけではない。ただ毎日違うものを食べるのが普通ではないということはラスクニアに来てから知ったことだった。


「ここはなんじゃ?」


「食べ物を提供してもらえる場所ですよ」


「狩りに行かなくてもか?」


 サイネアが辺りを見回して並んだ看板を見つめている。バーリンが何を食べているのかは知らないが、当然何かを食べるのならば狩りをして肉を得るか、植物を摘むか、あるいは自分たちで育てるかということが頭に浮かぶのは当然のことだ。


「そうよ。えっと、ダマスカスではそれぞれ専門の人がお店をやっていて、お金を払っていろんなものと交換をするのよ」


 そう言ってミニアが硬貨を一枚手のひらの上に乗せてサイネアに見せる。銅の小さな硬貨はずいぶんいろいろな人の手に渡ってくすんでいるが、もう何代前になったか覚えていない首都長の横顔が描かれている。


「こんなものと食べ物が交換できるのか?」


「ちゃんと数を揃えれば交換できるわよ」


「すごいものがあるんじゃな」


 驚くサイネアにミニアは不思議に思っていないようだった。もちろんラスクニアの人間も硬貨や紙幣の概念は知っている。首都まで数時間も歩けば買い物に出かけることもできなくはないので当然だ。


 それでもラスクニアを含む魔法に依存しすぎないことを決めている村では極力お金は使わないようにするのが常だった。ミニアもそれを知っている。サイネアが不思議がるのもおかしなことではない。


「さ、早く行きましょ」


 決めていた通りの店に入り、案内されるままに席に通される。二人が学生時代に通っていたときと変わらず、客の大半はお金に余裕のない学生だ。アーロンド、というよりもしっかりとしたスーツ姿で決めたミニアはこの中ではずいぶんと浮いているように思える。


「ここから選ぶんじゃな?」


「何でも好きなものでいいのよ」


「辛いものがありますから、それはやめておいた方がいいかもしれませんね」


 目をキラキラと光らせるサイネアの隣でアーロンドは彼女の姿を見つめていた。恰好もすっかり都会めいてしまって、彼女がバーリンであることを忘れてしまいそうになる。


 アーロンドは懐かしさのままに、よく食べていた天津飯の中身を炒飯にしてもらい、ミニアはエビチリを、サイネアは名前が気に入ったと水餃子の定食を注文した。料理はほとんど待つことなく運ばれて、それぞれの前に並べられる。座っているだけで料理が出てくるなど、ラスクニアでは病人か老体か、赤子くらいしか許されないことだ。


「すごいのう。本当に食べ物が出てきたぞ」


「ちゃんとお金を払えば食べられるのよ。今回は私がもつから」


「うむ、うまいぞ!」


 ミニアが言い終わる前にサイネアが料理に手を伸ばす。文字通りその手をだ。その瞬間アーロンドが忘れかけていたことが目の前で思い起こされる。彼女はやはり教育を受けていないのだと。


「サイネア、ちゃんと箸を使ってください」


「うむ?」


 手づかみで白米を頬張ったサイネアの手にはご飯粒がたくさんついてしまっている。それをサイネアは特に不思議に思わずに舐めとっていく。


「私のレンゲと交換しましょう。これならまだ扱えるでしょう」


 アーロンドは汚れていたサイネアの手を丁寧に拭いてやると、自分が使おうとしていたレンゲをしっかりと持たせた。


「ラスクニアではこうなの?」


「いえ、彼女が粗暴そぼうなだけですよ」


「なんじゃと!」


 ラスクニアは不便だが、知能が劣っているわけではない。きちんと教育だってされている。ミニアにそんな誤解はしてほしくないところだ。サイネアはおぼつかない手つきでレンゲをつかむと、今度は集中し始めたのか黙してひたすらに口に食事を運んでいる。


「本当に変わった子ね」


「えぇ、まぁ。私についてくるくらいですから」


 言葉を濁したアーロンドは逃げるようにつかみにくくなった天津飯に箸を伸ばした。

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