白刃と少女Ⅱ

 鍔鳴つばなりの音が静かな森の中にこだまする。神速のごとく抜き放たれた白刃の一閃は黒い魔弾をあっさりと両断した。魔力が相殺された魔弾は黒い結晶となり、音を立てて葉で見えなくなった地面の上に落ちた。


「俺の魔弾を、斬った?」


「魔弾? そりゃ、そこに落ちてるハナクソのことか?」


「お前、何者だ! さっきとまるで違うじゃないか」


 アーロンドがにやりと笑いながら右手に持った杖で肩を叩いている。それはさっきまでそこにいた青年とは明らかに違っていた。


 色素の薄い髪に、炉の火で焼けた肌。それは数刻前に杖を構えて震えていた青年となんら変わりはない。だのに、今両の手にそれぞれ白刃を備えた杖を持ち、堂々と立ち塞がる青年からはその名残は微塵も感じられなかった。


「知る必要もねぇな。地獄に行くなら六銭だけで十分だ」


 アーロンド、ではなく村正が両手に持った杖を水平にいだ。その白刃にバーリンの統領の体が真っ二つに切り裂かれる。血すら流れず、バーリンの亡骸は黒い結晶になって村正の足元に転がった。


「あっけねぇな、くだらねぇ」


 村正は転がったバーリンの結晶を蹴る。空では指揮官を失ったバーリンたちがどこかへ逃げ去っていく。


「ま、こんなもんだろ」


 村正は空を見上げてバーリンの群れが消え去ったのを見て杖を鞘に戻す。それと同時に、力が抜けたように膝から崩れ落ちた。


「斬ったんですね」


「斬らなきゃ死んでたぜ、感謝しろよ」


 バーリンの結晶を見つめながら、アーロンドはつぶやいた。斬った村正が平然として答えているのを聞き流しながら、アーロンドは黒い塊をじっと見つめている。


「そんなことはないはずです。あなたはいつもそうやって楽しそうに誰かを斬る」


「おっと、そうだったな。俺は楽しくて目の前の物を斬っているだけ。お前は偶然助けられているだけ。そういうことにしておくんだったな」


「くっ」


 アーロンドはバーリンの結晶をまだ見つめていたが、やがて心が落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。


「村は無事でしょうか? きっと大丈夫だとは思いますが」


 まだ動悸が収まらない。斬らなければこちらがここに遺体として横たわっていた。それくらいのことはアーロンドにもよくわかっていた。言われた通り村正を抜いたからこそ自分は助かっているのだ。


 だが、それは同時に自分が村正を抜き放ったことでこのバーリンを殺したことに他ならないのだ。


 アーロンドはようやくバーリンの結晶に背を向けると、自分が歩いてきた道なき道を引き返す。正確に覚えているわけではないが、自分の住む村のすぐそばにある森だ。迷うこともない。


 重い足取りで下を向いたまま歩いていたアーロンドの視界に森にはない白いものが映った。葉が風で飛ばされている以外はほとんど何も落ちていないこの森の中では白という色は特別異様さを放って倒れていた。


 倒れている誰かの体は葉の中に埋まっているように見える。白い肌の顔だけが浮かび上がるように森に置かれていた。夜に出会ったら幽霊か何かと見間違えてしまうだろう。


「大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄り、葉の中に埋まった体を抱き起こす。色素の薄い白い肌に光の筋のような透き通る髪。触れた背中に違和感を感じてアーロンドは少女の背中に視線を落とした。


「これは?」


 羽毛に覆われた体。そして小さいが確実に存在する白い羽。


「まさか、バーリン?」


 バーリンはすべて黒い羽を持つと言われている。しかしこの少女の背中にあるのは間違いなく白い羽だった。人と同じ四肢と顔を持ちながら、体毛と羽という異物を持つ少女。アーロンドはこの少女をどうすべきか抱きかかえたまま逡巡しゅんじゅんしてしまう。


「斬るか?」


 アーロンドの頭に一瞬だけよぎった考えを村正がつぶやく。


「いえ、まだそれは」


 逃げていく途中に誤って落ちてしまったのだろうか? それにしてはあまりにも緊張感のない寝顔に小さく寝息も立てている。


「連れて帰りましょう。彼女が起きてからでも遅くはないでしょう」


「ま、いいだろ。魔力も感じないし、ろくに暴れることもできんだろうからな」


 アーロンドは軽い少女の体を抱き上げると、さらに遅くなった足取りで村へと戻っていった。

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