第2話 1-A(1)HR

 ユーザは基本的には全員同じクラス、すなわち1-Aに配属される。途中参加で既に25人を超えた接続があれば、該当学年のBクラスに『転入』ということになるようだ。


「あー、お前らさっさと席に着けー。最初のHR始めるぞー」


 そのタイプかー。俺達の時の担任は『静かになるのをひたすら待つ』だった。問題が発覚すると途端に素早く対処していたから、今思うと、ものすごく優 秀な先生だった。ちょっと、いや、かなり怖かったけど。


「AIかあ。ちょっと好みのタイプなんだけど」


 マリナ、いきなりそれか。隣のサトミが反応に困ってるぞ。おいマキナ、頷くな。


 3年間の行事予定表と時間割が配られ、担任AIが簡単な解説をしていく。

 行事自体はあまりないな…大きいのは、2年の秋の修学旅行くらいか。


「ウチは自由な校風だが、登下校時刻は守れよー。HRを含めて授業の出欠は取らんが」

「先生、行事予定表に定期試験が書いてないんですけど」

「試験はない。3年間無事に過ごせたら卒業できる」


 ヌルい。ヌルすぎる。まあ、一応義務教育扱いだしな。大変不謹慎だが、『病院生活が長くて時々しか学校に来れない』というロールプレイのユーザが登場しそうだ。


「ただし、授業中に抜き打ちテストがあるから覚悟しておけよー。宿題も出るぞ」


 そう来るか…。日本史、苦手なんだよなあ。あ、社会だけ出席しなければいいのか。いや、支援ユーザとしてはまずいかな。時々サボることにしよう。


「その他わからないことがあったら、入学前にもらった生徒手帳を読めー。ほとんどのことはそこに書いてあるぞ」


 なるほど、だから担任AIをこういう性格設定にしたのか。真面目な性格なら、生徒の質問にこまめに対応しなければならなくなるからな。ちなみに、生徒手帳とはメニューのヘルプのことだ。



「じゃあ、端のヤツから自己紹介な」


 現時点でのユーザは俺達4人を含めて19名、生徒AIは16名、の計35名のようだ。生徒AIは、アバター名と重複しない、無難な名前を名乗る。接続ユーザ数によって増減するから、その都度名前は変わっていくかもしれない。


「最後に、男女ひとりずつのクラス代表を決める。自薦・他薦問わないぞ」

「はーい、サトミさんとユキヤくんがいいと思いまーす」

「さんせー」


 お前ら、もしかして打ち合わせていたか?見ろ、あまりの自然な流れに他のユーザが引いてるぞ。


「他にいないか?じゃあ、お前達に決まりな。各種連絡事項は逐次伝えるから、今後のHRは任せた」


 なんという…。リソース節約はわかるけどさ。


「サトミ、良かったのか?俺は支援ユーザだからしかたがないけど」

「はい。リアルの方でもやってますから」

「うし、これで部活動に専念できる♪」

「おい、自称サトミの親友」


 出会ったばかりの時は俺と一緒にいることをあれだけうるさく言ってたのに…。


「マリちゃん、この学校にプールはないわよ?」

「しまったー!」


 ああ、それで川を逆走してたのね…。



「あ、あの、ユキヤ、さん…」

「ん?」


 HRが終わって寮に帰ろうとしていた時、ユーザのひとりが近づいてきた。線が細い男子生徒だ。確か、タカシって名乗ってたっけ。


「僕、こういうのは初めてで…あ、初めてっていうのは、中学がってことで、VRはたまにやってて、その…」


 要領を得ないけど、何か助けてほしいのかな。


「ああ、俺にできることならなんでも言ってくれ。リアルでは大学生だし、仮想世界での長時間滞在は割と慣れている」

「あ、ありがとうございます!実は僕、本当は小学6年で…。来年、うまくできるかなって不安になって、なら仮想世界で試してみないかって両親に言われて、それで…」


 なるほど、かなりの『作り物』とはいえ、雰囲気だけでもじっくり体験しておくのはいいかもしれない。他の何かに応用できそうだな…。おっと、今は支援に専念だ。


「んー、授業の内容は厳しいけど、部活動とかいろいろやってみるといいんじゃないかな。なにしろ、時間を費やしてあれこれ試しても、いくらでもやり直せるから」

「そ、そうですね、ありがとうございます!…あの、もうひとつお願いが…」

「ん?」

「あの、クラスメートって設定ですけど、『ユキヤ先輩』って呼んでいいですか?」


「…」


「ちょっと、何泣いてるの?なんかおかしいわよ」

「ああ、放っておいてやってくれ。ユキヤはただ感極まっているだけだから。おかしいけど」

「なんだかよくわからないけど、とりあえずサトミは見ちゃだめよ」

「え、なんで?」


 うるさい、お前らにこの気持ちがわかってたまるか。ああ、叶わなかったリアルでの夢が。高校でも大学でもなぜか呼ばれたことがなかった、『先輩』という心地良い響きが、今…。


「あ、あの、嫌ならやめますが…」

「いや、いやいやいや、そんなことない、そんなことないから!」

「そうですか。では、これからよろしくお願いします、ユキヤ先輩!」


 先輩…ああ…。



 1週間後。現実世界で1分ほど。タカシくんはログアウトした。

 学校生活が嫌になったわけではない。寮でのひとり暮らしの寂しさに耐えられずに去っていったのだ。後輩が…貴重な後輩が…。


「私、『ユキヤ先輩』って呼びましょうか?」

「…いいんだよサトミ、無理しなくて…」

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