第6話 カレン、そして、ユキヤ

「でもさ、それって家出になってる?親御さんからしたらせいぜい10分だよ?」

「そんなこと言っても帰らないわよ」

「いや、俺は別にいいけどさ…」


 11月になり、そろそろ肌寒くなってきた…ような雰囲気になってきた辺境世界。ひとりの女の子がふらっとやってきた。アバター名はカレン。中2らしい。

 サトミと同じタイプかな、と思ったら、親とケンカして家出してきたとかで、浜辺に体育座りしてずっと海を見ている。もう3日目だ。


「お金があったら、もっと長くダイブできるサービスを使ったのに…」

「それでも『宇宙開拓』コースで現実世界3時間だな。それ以上の連続接続は禁止されている」

「そんなことわかってるわよ。だから、せめて仮想的には一番長くいられるここにしたんじゃない」

「だから、それは家出になるのかと…」


 ふと、10年間家出してたけどタイムマシンで戻ったというマンガのエピソードを思い出した。本人の気持ちの問題ということか?



 いつまでも海を見ているカレンに、街から持ってきたオレンジジュースを渡す。俺はコーヒーだ。相変わらず、この2つしか飲み物は見つからない。


「あたし、歌手になりたいのよね」

「はあ…。スカウトされたとか?」

「うん」

「え、ホントに!?」

「適当に言ってたのね…。これ、名刺の画像」


 あれ、この事務所って…。


「社長さんにも会ったけど、本格的に話を進めるには保護者の同意が必要だって」

「で、芸能界入りに反対されたと」

「ううん、それは賛成してくれたわ」

「へ?じゃあ、なんでケンカ?」

「別の事務所にしなさいって」

「えっと…もしかして、親御さんも芸能人?」

「うん。パパは」

「あ、いいです」


 今聞いたらマズい気がする。


「スカウトされた事務所にね、憧れている人がいるのよ」

「その人にも会ったの?」

「うん。来てくれたら嬉しい、と言われた」

「へえ。…あのさ、『カレン』ってもしかして」

「わかった?私のアバター名はその人の名前。アバター自体は私の身体情報からだけど」


 アバター名は、言わば『表示名』だ。ログイン名と異なり、他のユーザと重複しても構わない。通常は、仮想世界内でどう呼んでほしいかで決める。


「牧野かあ。あいつも有名になったものだよな」

「…どういう意味?」

「中学の時のクラスメート」

「…ちょっとまって、あなたもしかして『霧島雪夜』!?」

「うん、まあ」



 普段は工業系の大学生だが、ごくたまに、趣味と実益を兼ねて作詞作曲なんぞをやっている。


 きっかけは、中学の文化祭でのライブ演奏。クラスメートの有志でバンドを組んだのだが、担任が『文化祭といえど無断カバーはいかん』と、オリジナル曲を求めてきた。今思うと、著作権絡みで何かトラブルがあったのかもしれない。

 俺はもともと有志ではなかったが、昔ピアノを習っていたことと、DTMをちょっといじっていたことから、作曲を頼まれた。ボーカルの『牧野華恋』に。同じピアノ塾に通っていたからバレていたのだ。

 結局、作曲のために作詞も俺が担当し、あらためてキーボードとしてバンドに参加することになった。結果、大成功。


「あのライブ映像は、今でも時々見てるわ。同じくらいの年齢で、ここまでできるんだなって」

「ビギナーズラックもあったと思うよ。俺以外は割とノリノリだったし」


 当日の演奏は、他のクラスメートによって携帯端末でビデオ撮影され、その場でネットに公開された。数日後、担任が気づいて肖像権がー、プライバシーがーと騒いで非公開となったが、件の事務所が目をつけた後だった。

 妥協案として、先の映像は本人とその保護者、学校側の同意によって事務所が管理することになり、PVのひとつとしてあらためて公開された。


「なぜあなたはデビューしなかったの?」

「もともとメンバーじゃなかったからね。DTMの方に興味があっただけだし」


 その後、DTMを実現する仕組みそのものに関心が移り、工学・工業分野を専攻として選ぶに至る。

 作詞作曲は、たまたま思いついた時に書いて事務所に送っているだけだ。全てが牧野達の楽曲に採用されるわけではない。タクトさんのように本職にはできないだろう。



「ねえ、これから歌ってみるから、感想を聞かせて。『あの曲』ならよく覚えているから」

「それはいいけど…牧野のように歌おうとはするなよ?」

「え?なんで?」

「牧野は、他の誰かのように歌ったわけじゃないってことさ」

「…そっかー。もしかして、それに気づいてパパは反対したのかな」


 再現率の高いアバターから聞こえたカレンの声は、それはそれは澄んでいた。牧野はちょっと力強い感じがあるのだけれども。吹っ切れたのだろうか。


「パパと話し合ってみる。ありがとう!」


 そう言って、明るい表情で帰っていった。結局、あの子も数日程度の滞在だったか。

 そういえば、連絡先を聞くのを忘れていた。あの様子だと、牧野経由で連絡が来るかもしれないが。

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