第4話 緊急メンテ

 タクトさんが去ってから1か月ほど。西の森の木を伐採して薪っぽくできないかと試していたら、運営からメッセージが届いた。タイトルは『緊急メンテナンスに関する御相談』。要約するとこんな内容だ。


・並行稼働している仮想世界の処理リソースが足りなくなる見込みである。現時点でかなり空いている辺境世界の処理サーバを追加したい。

・予備サーバとの交換作業に現実世界で30分ほどかかる。一旦ログアウトしてもらえるなら、再ログイン後の30分間を保障する。

・辺境時間で8月末までに可否を知らせてほしい。回答がない場合は、点検を兼ねてスタッフが直接ダイブしてあらためて依頼に向かう。


 ここで、辺境世界の時間設定を説明しておく。

 『1時間で仮想世界1年間』は、正確には『5分で仮想世界30日=1か月』である。仮想世界内は『1年=360日』であり、現実世界の1年より5〜6日少なく、『2月30日』が存在する。曜日は、現実世界に全く関係なく独自の7日周期で設定されている。

 理由は簡単で、わかりやすいからだ。この設定でクレームが来たことはないとのこと。ほとんどのユーザが数十秒から数分程度しか滞在しないから、というのが本当のところだが。


 辺境世界内の日時は『現実世界の年月日時』+『仮想世界の月日時分』で表現される。現実世界の毎時0分に1月1日00:00、毎時55分に12月1日00:00となる設定だ。16時+4月上旬にサトミが、16時+7月上旬にタクトさんがやってきたわけである。

 辺境世界には『季節』が実装され、東京の昼夜の長さに近い設定とのこと。ただし、雨や雪は降らず、雲は空に少しだけ漂っているだけだ。気温差は設定されていない。現実世界の6月の気温設定では、チユリさんも海で泳ごうとはしなかったろう。


 というわけで、現実世界16:00から開始し、辺境世界で既に8月中旬の現在、俺は現実世界で35分を越えてログインしていることになる。8月末ギリギリまでいた場合、現実世界で10分、辺境世界で2か月を追加利用できることになる。

 …のだが、今すぐログアウトしてもたいして変わらないので、運営には次のように伝えた。


・提案を受け入れる。今すぐログアウトする。

・季節設定の都合から、再ログインは17:35に行いたい。

・18:05まで利用するかそれより早く終了するかは、再ログイン後に決める。


 こうして俺は、7か月半ぶりに一旦現実世界に戻ることになった。…現実世界では37分ぶりくらいか。



 ログアウトしてすぐ、俺は携帯端末でサトミに状況を伝えた。別に急ぐ必要はないんだけど…と思いつつ。一応、こちらのタイミングに合わせて連絡するって約束したしな。


「今は現実世界…緊急メンテで一旦ログアウト…17:35に再ログイン予定…最大30分、と」


 ぽちぽちとメッセージを入力して送信した後、冷蔵庫からコーラを取り出して飲む。うん、ひさしぶりの味だ。ずっと飲み食いらしいことしていなかったからなあ。お腹は減ってないから何か食べようとは思わなかったけど。

 コーラの味を噛み締めていたら、運営からメンテ終了の連絡が届く。え、もう?あれ、17:20過ぎ?んー、時間感覚が明らかに変だ。ぼーっとするのがクセになったかも。


 運営に予定や延長時間を再確認し、17:35ジャストに再ログインする。さて、西の森の伐採の続きをするか。



「そっか、こっちは1年弱経過したことになってるんだ…。あ、釣り竿もなくなってる」


 薪は朽ち果てるを通り越して、きれいになくなっていた。

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