第40話 逃げるな

 次のアイさんからの返信が来たのは、できたてのホットサンドと熱いコーヒーを手にPCの前に座った時だった。どうやら俺はこの今日という貴重な日曜日をアイさんとの話で費やしてしまいそうだ。昨日に引き続き、今日も『ヨメたぬき』の改稿が進まないのかと思うと、少々頭の痛い思いだ。


▷泣きながらでも書くって言いました。でも、ツイッターであんな風に言われて、一日中胃が痛かった。負けたくないって思っても体が言うこと聞かなかった。

▷あたしは書き続けられないと思います。みんなが言う通り弱虫なんだ。褒めて貰わないとダメで、ダメ出しもオブラートに包んで貰わないとダメなんだ。甘ったれなんだ。

▷ランキング上位組のみんなは「はっきりダメ出しして欲しい」って言ってたね。みんな強いよ。あたしは弱い。だから少し人気が出ても、ランキング上位までは食い込めない。上に上がる人は心構えが違うんだってわかった。

▷笹川流れ、書き直しました。読んで、感想を聞かせてください。


 ここで甘やかしたら意味がない。ちゃんと言うべきことを言わないと。俺は心を鬼にする。それが多分、この人の為だ。


◀ですが、みんなの本音が聞けたでしょう? 私はアイさんの事を書いた訳ではなかった。でも秋田さんは「断る案件だ」ときっぱり言ってました。

◀アイさんは「雰囲気だけ見て」と言いましたね。雰囲気だけ見て意見はするな、ダメ出しお断り、というのはありえません。「それなら最初から見せるな」なんです。

◀アイさんが一緒に考えて欲しいというから、それなら見ないといけないと思って読んだんですよ。そして提案をした。どこがおかしいですか? 逆に聞きますが、アイさんは私がどうしたら満足するんですか?

◀もしもアイさんが私の立場ならどうしますか? 何をしますか? それがわからないので笹川流れの回、読めません。

▷今までありがとうございました。


 ったく。すぐにそうやって逃げる。なんで向き合おうとしないんだ。


◀私の質問には答えて貰えないんですか? アイさんが私の立場ならどうしますかと聞いてるんです。一方的にお別れですか。無責任に投げっぱなしですか。

▷きっともうわかって貰えないと思います。最初は一緒に書いてて楽しかった。でも今は、あたしはあなたの生徒です。力の差なので仕方ないけど、叱られてばかりで何も思い浮かばない。あたしの想いはずっと伝えているのに、きっと八雲君にはわかんないんだ。


 叱られてばかりって、俺がいつ叱ったんだよ。あたしの想いったって、グズグズ甘えてるだけじゃないか。ほんとわかんねーよ。


▷だからあたしは八雲君には釣り合ってないの。甘えてばかりの相棒なんて邪魔でしょ? そんな相棒要らないでしょ? 

▷あたしたちは同じ目線で見てないの。だからもう書いてて楽しくない。


 そういうレベルで書いてるのか? 違うだろ? 楽しくて書いてるだけならチラシの裏にでも書いとけよ!


◀今までずっとそうやって逃げて来たんですか。

◀アイさんを追い詰める気はありません。でもアイさんは『作家として乗り越えるべき壁』をずっとこうやって逃げ続けて来たんじゃないですか?

◀私はアイさんが拗ねてもいじけても甘ったれても、ずっとそばにいるじゃないですか。アイさんが『作家として乗り越えるべき壁』を越える手伝いをできる人はそんなにいないと思います。

◀このまま自己満足の趣味の作文書きで終わるのか、本を出したいという夢に向かうのか、今、岐路に立たされているという自覚はありませんか?


 あー、返信来ねえ! 冷めないうちにホットサンド食おう。もう冷めてる……。あー、ちきしょ。コーヒーも冷めてんじゃねーか。


◀私があなたに意見するのは「読んでくれ」と言われた時だけですよ。読めと言われて意見して、目線が違うから楽しくないと言われたら、私はどうするのが正しいんですか? それさえ答えてくれないんですか?

▷あたしは自己満足の趣味の作文書きで終わるの。作家なんて強い人には到底なれません。だから覚悟も何もないあたしなんかに、もう八雲君の時間を使うのは勿体ないです。


 だーかーらー、どーしてそうやってすぐ逃げるかな! 甘やかさねーぞ、俺は。甘ったれとなんか組めねーよ!


◀では、自分の本を出すのは諦めるんですね。『ヨメたぬき』が書籍化したら『I my me mine』も本にすると言った約束は反故にするんですね。

◀アイさんにここまでちゃんと意見する人は、この先居ないと思いますよ。泣かれるのは誰だって嫌ですから、みんな優しい言葉と見え透いた褒め言葉しか掛けないでしょうね。

◀そしてあなたは自分だけで勝手に満足してしまう。それでいいのなら私はもう何も言いません。これ以上はストーカーと同じですから。


 どうする、アイさん。逃げるなよ、ここで逃げたら今までと同じだ。今までずっと逃げて来たんだろう? 嫌な事から目を背けて、無駄にプライドばっかり高くて、否定的な意見は聞きたくない、ただただ褒めて欲しい、ダメ出しされるくらいなら「できないもん」ってダメな子を演出する。

 今ここで逃げたらアイさんはずっとこのままだ。アイさんを見守り続けられるのは俺しかいないだろ? 一緒に書き続けられるのは、俺だけだろ?

 そうだろ、アイさん?


▷さようなら。今までありがとうございました。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る