第24話 花火

 夜七時、最初の花火を俺たちは神社の階段に座って、缶ビールを片手に眺めていた。


「うわー、ここ、ほんと良く見えるんだね」

「でしょう?」


 俺はちょっと自慢気に胸を反らす。


「くふっ。八雲君可愛い」


 ここは去年偶然見つけた場所だ。このお賽銭箱の前の五段の階段。ここの天辺に座ると良く見える。神様に背を向けて、夜空に打ち上げられた蕾が上空で大きく花開くのを眺めながら飲むビールは最高だ。罰当たりもいいとこだが。


「綺麗だね」

「そうですね」

「そういう時は『アイさんの前では霞んで見えますけど』って言うもんだよ」

「あーはい、そうでしたね。でも私は正直なので――」

「あーはい、そうでしたね。正直でしたね」


 アイさんが被せるように俺の真似をする。でも俺の言葉の続きまでは、いくらなんでも判らなかっただろう。——でも私は正直なので『そう思っても恥ずかしくて言えません』だよ。

 俺がアイさんの横顔を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていると、彼女は視線を花火の方に向けたままぼそりと呟いた。


「八雲君の『ヨメたぬき』、発表したら、もうあたし一緒に舞と伊織の話、書けなくなっちゃうかもしれないね」

「え?」

「だから、舞と伊織の話、先にアップしよう」


 意味が分からん。というか、勝手にタイトル決めるな。


「いや、勿論、舞と伊織の話を先に出しますよ。あっちの方はまだまだ手直ししなきゃとても出せるような状態じゃないですし」

「良かった」


 それ以前に、出さないかもしれないよって言ったらアイさん、怒るだろうな。

 輪っかだけの花火が上がる。随分いびつな輪っかだな。


「あ、あれハートの形。可愛い」


 ああ、そうか、いびつなんじゃなくてハート形だったのか。凄い技術だな。


「多分ね、八雲君があれを発表したら、時の人になっちゃうと思うの。そしたらあたし、八雲君のファンに『榊アイってなんで藤森八雲とコラボしてんのよ、生意気よ』なんて睨まれちゃうと思う」

「はああああ? 何を言い出すんですか。こっちの台詞ですよ。アイさんは今、凄い人気じゃないですか。私はアイさんのファンに5ちゃんねるで叩かれるのを覚悟でコラボするんですよ?」


 どーん。ばらばらばらばら……。星がたくさん仕込んであったのだろう。大きな音がしたと思ったら、小さな花火がたくさん開いていく。俺はこの小割という花火が大好きだ。


「ねえ、タイトル決めようよ」


 タイトル? ああ、タイトルか。そういえば決めてなかったな。


「私はタイトルとか考えるのが苦手なんですよ。センス無くて。アイさん決めて貰えませんか?」


 ひゅるるるるるる……どーん。ぱらぱらぱら。


「えっと、それじゃあ京急線の――」

「駅の名前はやめてくださいね」

「今すっごい勢いで遮ったよね」


 豪徳寺伊織の前例があるからな!


「んーと『私の伊織』とか」


 それタイトルかよ?


「あ、『伊織は私のもの』ちょっと過激かなぁ。えーと」


 この人にタイトル任せるのが心配になってきた。


「じゃあ『My伊織』とか。舞とMyをかけたダジャレ。くふっ」


 ダジャレで決めんなよ。


「『伊織 is mine』」


 そこから離れようよ。


「あ、『I my me mine』で行こう!」

「本気ですか?」

「Iは私、榊アイ。myは舞。meはそのまま。mineは『伊織 is mine』」

「意味わかんないですよ」

「アイはカタカナ、舞は漢字、あとは英語だね」

「あの、聞いてますか? それ訳わかんないですよ」

「よし『アイ、舞、me、mine!』完璧」


 どこがだよ。


「あっさり決まって良かったね」


 決定なのか、おい!


「あ、見て、凄い綺麗」


 スターマインだ。次々と色とりどりの花火が上がっていく。

 並んで座っていたアイさんが不意に立ち上がった。ここなら立っても座ったままでも、見え方にさほど違いがあるとは思えないが……と思ったら、一段下りて俺の前に腰を下ろした。これは何なんだ? 一体何を意味する?


「ねえ、後ろからギュッてして」

「……は?」

「だから八雲君、後ろからあたしをギューってして」

「え、なんで」

「八雲君にギュッてされながら花火見たいの」


 さも当たり前のように前方のスターマインを見ながら、アイさんはサラッと言っ

てのける。が、俺はそれどころじゃない。


「え、だって」

「早く。スターマイン終わっちゃう」

「あ、はい」


 俺は慌ててビールを横に置き、アイさんの後ろからそっと包み込むように腕を回した。


「こうですか?」

「うんっ!」


 ってちょっと! 俺の腕を抱きしめるのやめろ。その、胸に当たってる!


「あの、アイさん」

「何も言わないで。花火見よっ」


 花火……。

 ひゅるるるる、ひゅるるるる、と立て続けに打ち上げられる音。どーんという破裂音。ぱらぱらぱら、はじける星たち。色とりどりに咲いては、一瞬でその生命を終える花。


 アイさんが俺にもたれかかって来る。なんだか急にこの人を愛おしく感じてしまう。なんなんだ、きっと何か変なホルモンが分泌されてる。

 ヤバい。すごく可愛い。大切なものに感じる。俺だけのものにしてしまいたい。

 アイさんが俺の方に顔を向けてきた。今はダメだ、こっち見るな。このタイミングでそれは無しだ、反則だ、反則だけど。


「ちゅ。して」

「私がですか?」

「八雲君が」

「今、ですか?」

「今」

「ここでですか?」

「ここで」


 そんなこと言われても……。


「早く」


 俺は背筋を伸ばして顔を前に出すと、彼女の唇にそっと自分のそれを重ねた……ら、もう止まんねえ! ヤバい。なんで俺、いつまでもしつこくキスしてんだ。心の中でこれだけツッコミ入れまくってるのに止められない。なんかもう、制御不能。ここは神社だぞ、哲也。

 哲也! そうだ、俺は伊織じゃない、八雲だ。それ以前に哲也だよ、何やってんだよ、俺!


 急に冷静になってしまった俺は、腕を離して元の姿勢に戻った。わざとらしくビールなんか飲んで。ああ、勿体ない、今ビール飲んだらアイさんの唇の味、忘れちゃうじゃないか、って何考えてんだ俺。


「八雲君、キス下手くそ。くふっ、可愛い。今度教えてあげるからね」


 余計なお世話だ……。

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