第28話 揺らがぬ思い

 檻の外側にあたしの結界を展開し、ついでに捕獲用の罠ももう一度設置してから、ユーリ嬢を置いて部屋を出た。

 ええ、しぶしぶ。

 あのままユーリを放っておいてはいけないと重ねて言われて、追い出されるようにしぶしぶと。


 ……ユーリ嬢、絶対勘違いしてると思うんだけどなあ。


 隣の部屋をのぞいてみたけれど、人の影はなかった。

 ゆっくり階段を降りつつ、小屋全体に結界を張る。飲ませてくれたあの薬のおかげで気力も魔力も充実している今ならこの程度は朝飯前だ。

 そういえば本当に朝ご飯まだ食べてなかった。食べられるものあったっけ。

 家の周辺に最低限の探査網を敷いてから一階をぐるっと回る。やっぱりユーリの姿はない。

 ということは外にいるのだろうか。結界と探査網には引っかからなかったのに。

 まさか、家を離れたの?

 どきりと心臓が脈打つ。嫌な予感しかしない。


「ユーリ?」


 声を出したけど喉がカラカラでかすれる。

 仕事に対しては絶対手を抜かないはずのユーリが、警護対象者を置いて隠れ家から離れた?

 あり得ない。それとも、あたしが一緒にいるから大丈夫と判断したんだろうか。

 そんなに怒ったの? ……仕事のことすら忘れるほどに。

 あたしのせい……だよね。

 玄関から外に出る。外はいい天気で、風も気持ちいい。散歩にはもってこいの日だけど、だからってどこかに行くはずもない。

 ぐるりと家の周りを回ったところで、ユーリ嬢が寝ている部屋の真下に足跡や争った跡が残っているのに気が付いた。

 まさか、ユーリはこれを追いかけてるんじゃないわよね? あの黒ローブの人間を追うために。

 キリクの書置きにもっと早く気が付けばよかった。

 それにしても……。


「おなかすいた……」


 きゅるると鳴るおなかをさすって、トボトボと玄関に戻る。

 食料、何かあるだろうか。舞い上がるホコリからするに、ここは空き家になってから長いはずだ。昨日買い込んでなければ、ろくな食料はないだろう。

 と、反対方向からユーリが歩いてくるのが見えた。肩に何かを担いでいる。


「ユーリ……?」


 むすっと口を引き結んだままのユーリはあたしの前まで歩いてくると、肩に担いでいた獲物を突き出した。食用ラビが四匹。まさか、これを狩りに?

 ぐいぐいと押し付けてくるからあわてて受け取る。血抜きも終わってるらしい。

 そのままぷいと家の中に入っていくユーリに、後ろから「ありがと」とだけ声をかける。


 キッチンに入ると、すでにユーリがかまどの前にいて、廃材が突っ込んであった。……それ、どう見てもここの椅子の残骸、よね。仕方ない、有効活用させてもらおう。

 ユーリが横に退けたところで魔法で火を起こす。

 テーブルはかろうじて使えるようだから、浄化でほこりを消し去ると食用ラビの解体にとりかかる。

 ユーリがまだ怒っているのは間違いない。口もききたくない程度には怒ってるってことだ。

 使えそうな鍋や食器を取捨選択して、塩焼きとスープを作ることにする。その間、ユーリは唯一無事だった椅子にも座らず、後ろでずっと立っている。

 プレッシャーがすごい。じっとこっちに向けられてる視線も感じている。

 料理をしている間はよかった。忙しく手を動かしていれば何も言わずに済むもの。

 でも、料理が終わって、スープをよそってしまうとあとは無音。

 ユーリ嬢に持っていこうと器を取り上げたところでユーリに奪われた。むっとして顔を上げたけれど、すでにユーリは背を向けていて、残されたあたしはすごく居心地が悪い。

 二人分のカップと皿をテーブルに置いて、あたしはため息をついた。


 戻ってきたユーリは唯一残った椅子をあたしの前に置く。

 こんな状態で一人だけ座れって言われても座りたくないわよ。

 じっと椅子を見つめてから顔を上げるとユーリがこっちを見ていた。


「……ユーリ」


 ユーリは黙ったままだ。いたたまれなくなって視線を外す。


「この仕事、終わったら……パートナー、解消しよう」


 息をのむ音が聞こえた。


「もう、無理だよ。……潮時だ」

「……君は、それでいいのか」


 ユーリの押し殺した声に、怒りが込められているのがわかる。

 あたしは何度か口を開いたけど、結局言葉にできずに頷いた。


「俺との契約、破るつもりか」

「だってっ……」


 あんな約束。……ただの口約束に、ユーリみたいな凄腕の冒険者をいつまでも縛り付けるわけにいかないよ。前みたいに勝手に出て行ったりしない。ちゃんと話すから、受け入れてほしい。


「……君にとって、俺はただのパートナーだったってことか。……五年も待ったのに」


 そうだよ、ただのパートナーだよ。こんな中途半端な相棒なんかさっさと首にしちゃって、もっと腕のいい相棒を見つけてよ。

 そう、笑って言おうとしたのに、顔の筋肉は言うことを聞いてくれない。


「……ユーリのことだから、きっとすぐ相棒が見つかるよ」


 なんとかそれだけ押し出してうつむくと、足音がして靴のつま先が視界に入ってきた。


「お前以外要らない」

「なん、でっ……」


 ずきっと胸の奥が痛む。

 勘違いするな。ユーリが欲しがってるのは仕事のパートナーだ。あたしは足を引っ張るばかりで役立たずなんだから消えたほうがいい。


「なんでって……お前、本当に鈍いよな」

「ちょっと、どういう意味よ!」


 むっとして顔を上げると、すごく近いところにユーリの顔があった。


「お前が好きだ」

「……へ?」


 ちょっと、今何言った……? あたし、耳がおかしい。そんなはずない。あたしの聞き間違いだ。ユーリはずっと探してたじゃない。

 世話になった人だって言ってたけど、あたし前に聞いたんだよね。カインから。ユーリが探してるのは世話になった修道院にいた年若いシスターで、将来を約束してたって。


「修道院のシスター、は?」

「何?」

「ずっと探してたでしょ?」

「ああ、そりゃそうだが、それと何の関係がある?」


 ずきりと胸が痛む。……知らないとでも思ってるの? 


「……好きな人、なんでしょ?」


 パーティにいた者は全員知ってた。知られてないと思ってたのはユーリだけだ。


「だから、休みにあちこちの修道院回ったり、教会の仕事を優先的に受けたり……」

「そんなことまで知ってるのか。……ちょっと待て。好きな人?」

「みんな知ってたわよ。ユーリが遊び歩かないのも、お金を貯めてたのも、その人のためって」

「は……?」


 はぁ、とため息をついて、ユーリは口元を片手で覆う。視線を外したユーリの瞳が半分伏せられた。

 そりゃ長い付き合いだもの、わからないはずがないわよ。


「違う」


 そう答えたユーリの目は悲しげだった。何だろう。振られたの? それとも……。


「でも」

「……大方カインにでも聞かされたか?」

「え?」

「やっぱりな……あの野郎」


 ぎりっと拳を握りこんだのが見えた。それからしばらく視線をさまよわせていたが、ゆっくり顔を上げた。


「俺が世話になったシスターを探してるのは本当だ。それはお前も知ってるよな」

「知ってる。でも、ユーリが探してたのは若い女の子だって」

「……カインが言ったのか」


 じろりとあたしをにらむ。目を逸らしたくてたまらないのに、逸らしたら負けって気がする。じっと視線を受け止めたままうなずくと、くそっとつぶやくのが聞こえた。


「……口の軽い奴だ。彼女はもう何年も前に領主の妻になったよ。それに、あれは俺の妹だ」

「……えええっ?」


 ユーリに妹? それこそ聞いてないよ?

 目を見開いてユーリの顔を食い入るように見つめると、ユーリはため息をついた。


「前に話したはずだぞ。お前が覚えてないだけだろ」

「……いつ?」

「パーティ抜けてすぐのころだ。……まあ、お前は目の前の飯に気を取られてたかもしれないが」

「……う」


 返す言葉もないというのはこういうのを言うんだね。……五年前のあたしを呪いたい。


「世話になってるシスターを探してるのは今も変わらないが、それは妹が結婚したことを報告するためだ」


 ユーリはまっすぐあたしの目を見つめてくる。あたしは胸の奥に沸くもやもやしたものを知られたくなくて視線を外した。


「そう、なの……」

「お前、ずっとそう思ってたのか」


 ユーリのつま先がもう一歩寄ってきて、思わず後ろに後ずさると手首をつかまれた。


「逃げるな。……五年も逃げられて、これ以上は待てない」

「ユ、ユーリ」


 ぐいと引っ張られてあっという間にユーリの腕の中にすっぽり収められた。背中に腕が回ってるのがわかる。


「ちょ、ちょっとっ」


 身を離そうと力を込めて押したけど、馬鹿力のユーリにはちっとも効果がなかった。ぎゅうぎゅうに力を込めてくるおかげで息もできないわよっ。


「……お前が真っ青な顔で気を失ったとき、本当にお前を失ったと思った。こんなことなら、意地を張らずに思いを伝えておけばよかったと後悔した。……二度とあんな思いはしたくない」

「ユーリ……」

「好きだ。……お前ははっきり言わないと誤解するだろう?」

「ば、馬鹿にしないでよっ……」


 きっと今のあたしは真っ赤な顔をしてるだろう。隠すようにユーリの胸に顔をうずめると、ユーリの手が上がってきて頭の上に置かれた。


「お前はどうなんだ」


 そういわれて、散々迷った末に口を開こうとした時……おなかが鳴った。

 やだっ、なんでまたこんなタイミングで鳴るのよ。

 身をよじると、ユーリは肩を震わせた。


「ユーリ、笑いすぎ」


 顔を上げて唇を尖らせると、ユーリは柔らかく微笑んで、いきなりあたしの唇を啄んだ。


「なっ……!」

「いや、あんまりに可愛くて……飯にするか」


 心臓がものすごい速さで脈打ってる。壊れたんじゃないかと思うほどうるさい。

 あんな微笑み浮かべるなんて、しかも、き、キスするなんてっ反則よっ!

 文句言ってやろうと思うのに、ユーリの顔を見ると言葉が出てこなくて、結局食べ終わるまで心臓の鼓動は乱れたままだった。

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