第24話 眠りの魔法
その日の目覚めは最高だった。ぱっちりと目が覚めて大きく伸びをすると、勢いよく起き上がる。
体のキレもいいし、頭の冴えもいい。なんだろう、今日はコンディションが最高だ。
開いた窓からも朝の光が差し込んでるし、さわやかな風も入ってくる。鳥の声も聞こえて最高。
きっと今日はいいことがあるよ。うん。
「起きたか」
声に気が付いて振り向くと、すぐ横にユーリが座っていた。
「おはよう、ユーリ」
「ああ。……もう体、なんともないか?」
「へ? あ、うん。なんか今日は調子がいいみたい。気力も体力も充実って感じ?」
そういえばここって宿だよね。いつもならユーリ嬢と同部屋のはずなんだけど、ベッドは一つしかない。ユーリ嬢の姿も見えない。それになんだかベッドが小さい気がする。
「あれ、個室? ユーリさんは?」
「ああ、別室で眠ってる。キリクも一緒だ」
「そう」
なんだろう、なんか忘れてる気がする。思い出せないけど。
「それで、ここってどこ?」
「……クラン?」
怪訝そうな顔でユーリが顔を覗き込んでくる。なんかあたし、へんなこと言った?
「覚えてないのか?」
「えっと、なんだっけ」
「……ここは町はずれの空き家だ」
「空き家? 宿なかったの?」
「いや。そうじゃない。……追っ手をとらえるために罠をかけたんだ」
「おって……」
なんだか頭の奥がずきずきする。罠ってなに?
それよりもおなかがすいて死にそう。毛布をのけて起き上がろうとすると、ユーリに押し戻された。
「まだ寝てろ。昨日の今日なんだぞ」
「よくわかんないけど、おなかすいたんだってば。気力も体力も充実してるし、天気もいいし、こんな時に寝てるなんてもったいないって」
「それは薬のおかげで、本当に危なかったんだぞ、お前」
薬?
はて、そんなもの、飲んだ覚えないけど。くるりと部屋の中を見回すと、枕元に薬の瓶が置かれていた。
細長いガラスの、しかも精巧な装飾が施された瓶。これ……ちょっと待ってよ。あたしたちの稼ぎじゃ絶対手の出せない秘薬じゃないの!
「こ、こんなもの、どうやって手に入れたのっ! ま、まさかユーリ、危ないことに手を出したんじゃ……」
「怒鳴るな馬鹿。……それはキリクからの詫びだ」
「詫び?」
そんな……こんな高価なものをもらえるほどのこと、されたっけ。
確かにキスされたりお尻触られたり腰抱かれたりしたけど、こんな……田舎の家なら買えそうな金額の品なんて、もらうほどのものじゃないよね。
「ああ、自爆とはいえ、お前が仕掛けておいた罠に自ら引っかかって、あまつさえお前の命を危険にさらしたお詫びだそうだ」
「いのちのきけん……」
あ、まただ。頭の奥がチリチリする。
「本当に覚えてないのか? 昨日、なにがあったのか」
しぶしぶうなずくと、ユーリはかいつまんで説明してくれた。
街中で刺客に襲われたこと。
これは覚えてた。そいつらを油断させるためにキリクといちゃいちゃしてみせたのは覚えてるから。
そのあと、この空き家で敵を待って、敵自体は二人捕まえたらしいこと。
で、ユーリ嬢にかけてた結界魔法が発動して、なんでかしらないけどキリクがその罠にとっ捕まったこと。
キリクのお守りがそれに反応して、かけた術者を攻撃したこと。この術者ってのがあたしで。
声も魔力も奪われて、昏睡した、と。
「そうなんだ」
「ああ。……あの薬がなかったら、あと一月はここで寝たきりになるところだった」
えっと。自分がやった記憶があんまりないんだけど、つまり。自爆したってこと?
うわぁ、なんというか情けない。魔術師としては最悪だ。自分で仕掛けた罠に突っ込んだようなもの。
キリクの守りというのがなければ、ここまでのことにはならなかったんだろうけど。
それにしても、命に危険が及ぶまで魔力も体力も吸われると、記憶までなくなるの? そんなの聞いたことない。
「で、敵はその二人だけだったの?」
「おそらくな。お前が倒れた後、このあたりの結界も消えたはずだけど、襲ってくる奴はいなかったから」
「そう。……狙いって、キリクとユーリ嬢、だよね」
「おそらくな。……頼むから、今後はそういう罠を仕掛けてるんなら先に言え。身内が引っかかって自爆とか、笑えねえ」
「うん、わかった。……覚えてないけど、ごめん」
頭を下げると、ユーリはあきらめたようにため息をついた。
そういえば、と瓶を取り上げる。飲んだ記憶、ないんだけどどうやって飲ませたのだろう。
ああそれにしてももったいない。
あたし程度の魔術師にこんな高価な薬、使うなんて。もらえるものならそのままどっかで売り払ったほうがいい金になっただろうなあ……。もっと必要としてる人に使われただろうに。
「とりあえず、ご飯にしようよ。もう二人も起きてるんじゃない?」
「……お前の食欲には感服するよ。わかった」
起きる、起きるなの問答をそのあと何度も繰り返して、とにかく二人の様子を見に行かせろと押し切った。
ユーリは、キリクが怒ってることを理由にあたしに会わせたくはないらしい。でも、まだ依頼は終わってないし、ここから半月は一緒に行動するんだよ? 顔を合わせずに済む方法なんてない。
それに、あたしは昨夜のことを覚えてない。
だからと言って、話を聞く限りではあたしのミスには違いがないわけで、謝らないわけにはいかない。
「顔見るだけだぞ」
念を押されて奥の部屋の扉を叩くと、すぐに返答があった。
顔を出したキリクは、寝てないのか疲れた顔をしていた。
「……もう起きれたんだ」
あたしの顔を見るなりキリクは表情をゆがめた。
「あの……ごめんなさい。いろいろ迷惑かけちゃって……。薬、ありがとう」
怒っているのがまるわかりだ。
そりゃそうだろう、あたしの勝手で混乱させたあげくに、キリクもユーリ嬢も危険にさらしたことになるわけで。怒るのも当然だ。
だから、記憶がないことは言わないほうがいいんじゃないか、と口を閉ざす。言ったところで怒りが増すだけだよね。多分。
「……ほんとに大迷惑だね。もしかして君たち二人とも、実は敵の手先なんじゃないかと考えてたところだよ」
「敵って……」
つい口を開くと、キリクは舌打ちをした。
「白々しいよ、ユーリから僕を遠ざけておいて。もしあの時、敵の数がもっと多ければ、ユーリは攫われていた。ついでに僕も殺されていただろうな」
お粗末な魔法の結果だ。そうつぶやいたのをあたしは聞き逃さなかった。
仰る通りだ。あたしはそんなに優秀な魔術師じゃない。三流以下で、冒険者としても中途半端。わかってる。
厳しい言葉だけど正しい。頭下げたままでいると、キリクは忌々しそうに言った。
「……まあ、今回は見逃すけど、二度目はないから」
それ、絶対おかしい。
もし、あたしたちを敵だと思ってるんなら、ここで契約は解除すべきだ。……それ自体は残念だけど、ユーリ嬢が大事なら、もっと慎重に護衛は選ぶべき。
なのに、ここにいるのはあたしとユーリだ。絶対おかしいから。
「なんで、あたしたちを選んだの?」
「クラン!」
咎めるようにユーリに腕を引っ張られた。
うん、言うべきでない言葉だったろうとは思う。でも、思わずポロリと口から出た言葉はもう元に戻せない。
しばらくキリクはあたしを忌々しそうに睨みつけていたけれど、「出ていけ」とだけ言って背を向けた。
ベッドに寝たままのユーリ嬢は、まだ眠りの魔法がかかっているのか、身じろぎ一つなく横たわっている。
でもなんだかおかしい。
「まだいたのか。とっとと出ていけ!」
キリクの剣幕に、ユーリがあたしの腕を引きずって部屋の外に出す。
おかしい。
あたしがかけた眠りの魔法はそんなに効果は長くない。なのになんで、まだ眠ってるの……?
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