第21話 幸運のお守り

「あれ? 昨日のお嬢ちゃん。どうかしたのかい?」


 あたしの顔をみるなり店主は笑いかけてきた。前歯がやっぱり二本かけている。

 店主は順番にあたしの周りにいた面々を一人ずつじっと見て、それから納得したようにうなずいた。 


「なるほど、痴情のもつれか」

「違うわよっ!」

「なんでそうなる」


 同時に突っ込んだのはユーリだ。


「いやぁ、男運がどうのとか言ってたからねえ。……それともあれか? お嬢ちゃん、やな奴に言い寄られてるのか」

「えっと」

「……へーえ。そういう効果?」

「ナンノハナシデショウ」


 至近距離でブリザードが吹く。キリクってこういう奴だったっけ?

 思わず棒読みになっちゃうじゃないの。


「で?」


 店主がなんか面白そうにあたしのほうを見てる。


「ともかくこれを取ってくれ」


 ユーリが左腕を差し出すと、店主はちらりとあたしを見てからユーリの体をちらりと見た。


「ほう。あんたがもらったのか。ということは冒険者だな。なるほどガタイがいい」

「ああ。……だが、つけてもらってから取れなくなった。取る方法を知らないか?」

「取る方法って、そこの出っ張り部分を」


 ユーリの腕をくるりとひっくり返して、留め金のある場所に手を当てる。が、店主は眉根を寄せて首をひねった。


「おかしいな。ここに出っ張りがあるはずなんだが」

「それがなくなったんだ。継ぎ目もないし外そうにも動かない。呪い魔具の類ではない……だろうなっ」


 呪い、と口にしたとたん、やはりユーリは顔をゆがめた。


「いや、こんなのは初めて見た。幸運のお守りはたくさん売り歩いてきたが、初めてだな」

「幸運のお守り、というのはこれ?」


 声のほうを振り向くと、キリクが露台から紐を取り上げたところだった。


「あっ」

「ああ、それのことだ」


 昨日は在庫ないって言ってたくせに、まだ持ってるんじゃないの。じと目で店主を見ると、店主も慌てたように手を振った。


「昨日売れたから仕入れたんだよ。嘘じゃないって」

「じゃあそれも買うわ」

「いや、俺が買う。店主、これのつけ方を教えてくれ」

「はいよ」


 なぜか知らないけどキリクはさっさと金を払って店主に品物を差し出している。

 店主は昨日と同じように自分の腕に巻き付けて留めて見せている。


「へ~え、……出っ張り部分がロックになってるのか」

「そう。だからここを押えてやれば解除されますんで」


 キリクは受け取った飾り紐をあっという間に左腕に巻き付けて留め、留め金をじっと眺めている。


「変化する様子はないな。腕に当たったときに伸びる様子もないし」

「伸びる? ああ、腕の太さに合わせて伸縮するのは魔法のせいだけど」

「ああ、魔法なんだ。じゃあ、この留め金の部分は? こっちのは変わらないよね」

「ふつう変わりませんや。取れなくなると困るでしょ?」

「でも、彼のは変わったよね」

「そうですねえ……ああ」


 店主はしばらく眉間にしわを寄せていたが、大きくうなずいた。


「これはね、人からもらうことでお守りの効果がでるってやつなんですわ。夫の身を案じて妻が買い求めたり、自分で作ったりね」

「夫……」


 ぎょっとしてユーリを見上げると、ユーリはじっと左腕に巻き付いた飾り紐を見つめていた。


「で、人に巻いてもらうと効果抜群でね。夫の腕に巻くのも妻の務めってんで、壊れるたびに買いにくるご婦人も多いよ」

「なるほど、……じゃあ、クラン。これを俺に巻いてみてくれ」

「あたしが?」

「もう一本買うつもりだったのは、俺にくれるためだろ?」


 なんて言ってキリクはにやっと笑う。

 違うわよっ、商人あんたに渡すくらいならあたしがつけるわっ。

 なんであたしなのよ。ユーリ嬢に頼めばいいのに。

 そう言う前にぐいぐい押し付けられた。

 ユーリ嬢に渡すのもアレだし、しぶしぶ紐を手に取る。


「できればユーリ君にしたのと同じようにしてくれ」

「えー」


 面倒って言おうとしたけど、キリクの顔が怖い。仕方なく同じように手をひっくり返して紐を下から回した。

 魔法って言ってた通り、皮膚に触れたとたんに紐が伸びた。くるりと回したところで留めるとするりと紐が縮んでいく。


「はい、これでいいわよ」

「これ以上何もしてない?」


 キリクはくるりと腕を巻いた飾り紐を入念に確認している。金具に変化はあったんだろうか。


「別に変形しないな」

「俺も変形したなんてのは長いこと売ってたけど初めて聞いたなぁ。本当に女神さまの作った一本なのかもな」

「でもそれ、ただの売り文句でしょう? よくある手法ですわ」


 そういえばすっかり忘れてた、一番後ろにいたユーリ嬢が初めて口を開いた。


「そう思うだろ? でもこれ、ほんとなんだわ。数百年前の伝説なんだけど、いまだに本物が見つかってないって」

「そりゃ本物かどうかもわからないからだろう? これが本物とは思えないし……っ」


 不意にユーリが言葉を切って腕を押えた。


「ユーリ? なんかさっきから痛がってない?」

「ほんとに女神さまの作った一本なら、その効果を疑うと報いを受けるっていうからねえ。ますます本物っぽい」


 店主の言葉を聞いてユーリの眉間のしわが深くなる。


「じゃあ、これは取れないんだな?」

「うーん、どうだろねえ。伝説では外れるのは死別したときだけってなってたけど。お嬢ちゃんが彼の嫁さんかい?」


 思いっきりあたしは首を横に振る。


「おや、違うのか。てっきりそう思ってたけど」


 ユーリは首を一つ振ると踵を返した。


「ユーリ?」

「もういい。行こう」

「えっ、いいの?」

「……いい」


 ちらりとキリクとユーリ嬢を見る。キリクはまだ腕に巻いた飾り紐をひねくっているが、ユーリ嬢はにこりと微笑んであたしたちのほうへやってきた。


「じゃあ行きましょうか」

「ああ、わかった」


 キリクはそのあと店主となにやらひそひそと話したあと、握手をしてからやってきた。

 ぐいとあたしの手をつかんで歩き出す。まったく、強引だ。


「ところでクラン」

「なに?」

「……この飾り房、縁結びのお守りなんだって?」

「へえ、そうなの」


 しれっと答える。


「そんなに僕との縁が結びたいんなら、ご希望にお応えしてもいいけど?」

「間に合ってます」


 腰に回ってきた手をつねりあげる。

 ああまったくめんどくさいったら。

 とっととアクリファスまで行って、仕事終わらせよう。

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