第19話 飾り紐

 陽が完全に落ちる前までには広場にたどり着けた。

 いいにおいが充満している。それとあちこちに焚かれた薪のはぜる音、呼び込みの声。

 広場は人でごった返している。その中をだいたいの辺りを付けて人の波を渡ることにした。

 食べ歩きは少し後に回して、武具や魔具、日用品を扱っている店を探す。たいていそういうのは食料を扱ってる店から少し離してまとめられてるからすぐわかる。

 革鎧の手入れ用オイルと汚れ落としがあったので買っておく。革製品は手入れを怠るとすぐにボロボロになるから、見つけたら即買いなのだ。

 それから、魔具。

 ユーリ嬢とキリクが持ってるかどうか、聞いたことがないんだよね。でも、あの時の眠りの魔法はちゃんとかかってた、と思うから、状態異常無効系統そういうのは身に着けてないのかなとも思う。

 でも、冒険者は当然として、あちこちを飛び歩く商人がつけてないはずがない、とも思う。

 だってさ、護衛を連れてるならまだしも、護衛を連れてなくて自衛してないんなら、魔法で拘束されて身ぐるみどころか命まで取られても文句は言えない。

 そのためにギルドがあるのだし、ギルドで護衛を雇うのも一般的なことだから。

 でもなんとなく、キリクはともかくユーリ嬢は何もつけてないように感じる。

 このあたり、ちゃんと把握できないのがあたしの力のなさの情けないところだ。

 効果のある魔具や祝福を受けた護符を身に着けてるかどうかぐらい、普通なら読み取れるはずなんだよねえ。

 ちょっとため息をついて、店先に並べられた品々を見下ろす。

 ユーリのためなら、この飾り紐がいいんだけどな、と一本の組み紐を取り上げた。

 暗い色の紐の両端に、錘のように球が二つ付けてある。武器にもなるような飾り紐の場合はこの球が金属であったりとがらせてあったりするのだが、これは純粋に飾り紐なのだろう、落とせば割れそうなガラスの球がはめてある。


「お嬢ちゃん、お目が高いね。それ、厄避けのまじないがかけてあるよ」


 にっこりと笑いかけてきたのは店主だろう、前歯が二本、抜けている。


「ほかの飾り紐は?」

「一番端から、女難避け、水難避け、火難避け、男難避け。こっちの赤い紐は女性向けで縁結びのまじない、思いが通じるまじない、嫌な縁を避けるまじない、安産祈願ってところだな」


 一本を拾い上げて紐を見比べる。かがり火があるとはいえ、屋台の屋根の下までは光が来ない。ゆえに、品物の上あたりに魔力で光るランプがぶら下げてある。

 ランプの放つ黄色い光にかざしてみると、黒に見えた飾り紐は純粋な黒ではないらしい。

 ユーリに渡すとしたら、女難避けなんだけど、あたしから何かを渡すわけには行かない状況だってことを思い出して陳列台に戻す。

 それから赤い紐をランプにかざした。端っこの球は白っぽくて、赤と白のコントラストならきれいだろう、とこれに決めた。


「おじさん、これは何のまじない?」

「ああ、これは嫌な縁を避けるまじない紐だね。髪の毛を結わえるのに使うといいよ」

「じゃあ、これと、こっちの男避けのをくれる?」


 黒い紐を取り上げると、店主は訝しげにあたしを見た。


「それは男用の紐だよ?」


 男物でも女物でも、男難避けなら別にかまわないんだけど、何がちがうんだろう。


「男避けなら何でもいいんだけど、何が違うの?」

「男避け……変な男にでも付きまとわれてんのかい? それならこっちの女物で十分だよ?」


 変な、と言われて眉根を寄せる。変なのはそうだけど、嫌な縁を避けるというよりも、男運の悪さを何とかしたいんだよね。

 それに嫌な縁って、どう考えても縁談のことよね? 縁談ってわけでもない。

 ああ、ちがう。

 仕事運が悪いんだ。


「そういうんじゃなくて、いい仕事が降ってくるとか、そういうのってない?」

「ふむ、そうなると女性用じゃなくて冒険者用のこっちかな」


 陳列台の一番端っこから取り出してきたのは、今まで見ていた飾り紐に比べるとずいぶん短い飾り紐だ。


「これは?」

「聞いたことがあるかい? 幸運のお守りだ」

「これが?」


 ほれ、と手に乗せて見せてくれたのは、親指ほどの幅の平べったい組み紐だった。髪の毛を束ねるのには短いし、両端には金具がついている。

 以前どこだったかのギルドで幸運のお守りを見せびらかしていたやつがいたけど、それとも違う形状だ。


「幸運のお守りって、あれ? どこかの女神さまが手遊びに作ったっていう」

「おや、知ってたか。これはその女神さまが最初に作った十個のうちの一つだ」

「ええ? って、さすがに嘘でしょう。あれって数百年前の話だっていうし、女神さまから下賜された飾り紐はどれも王家の宝物殿にしまわれてるって」


 そう、飾り紐は当時の英雄とうたわれた十王家の十傑に下賜されたのだ。各々の王家ではそれを国宝として、代々の王に祝福や戒めとともに引き継がれているという。


「ところがどっこい。そうでもないんだなぁ。女神さまが作り方をとある地方の乙女たちに広めた時に、十個あった手本の一つが紛失したんだって。で、仕方なく乙女たちが作ったもののうちで最も美しく力のある品を十個目として下賜したんだってよ。だから、これがその最後の十個目かもしれねえってこと」


 店主はにやにやしながらあたしの顔を覗き込んでくる。

 万に一つもそんな可能性はないだろうと思うけど、そういうロマンは嫌いじゃない。

 にっと口角を上げると店主のにこにこ顔を見た。


「じゃあ、これもらう。あと、妖精のコインと身代わりロケットある?」

「ほいよ。いくつ?」

「一つずつ。そうだ、男用の縁結びの紐ってある?」

「ああ、こっちの黒いのがそうだ」


 店主が指さしたところには、親指ほどの短い黒い紐でできた輪っかが置かれていた。輪の大きさからすると、剣の柄にでも通すものだろうか。でも、キリクは商人だし。


「渡す相手も冒険者かい?」

「違う」

「ふむ。飾り房みたいなのもあるけど?」


 別の陳列台から取って見せてくれたのは、マントのすそなどに下げたり鞄や帽子につける房状の飾りだった。

 これならキリクも受け取ってくれるかもしれない。効果はまあ、嫌がらせの何物でもないんだけど。


「じゃあそれにする。それとこの幸運のお守り、もう一個ない?」

「それっきゃねえな」

「んー、じゃあいっか。いくら?」


 提示された金額は安くはなかった。でも必要な出費だと割り切ることにする。

 赤い紐はユーリ嬢、飾り房はキリク、幸運のお守りはユーリの分。あたしの分がなかったのは残念だけど。


「で、これってどうやって使うの?」

「ああ、これはこうやってな」


 手の上に乗せていた飾り紐を取り上げると、店主は自分の左手首にくるりと回して金具を止めた。


「こうやって手首に巻くんだ」


 差し出してきた店主の手首にはまった飾り紐をつまんだり動かしたりしてみる。


「へえ。ずり落ちてこないし、邪魔にならないんだ。これなら戦いの時にも邪魔にならないわね」

「だから冒険者御用達ってわけさ」


 にかっと店主はまた笑い、手首からするりと飾り紐をはずして差し出してきた。


「ありがとう」

「それとこれはおまけだ」


 陳列棚の裏側から店主が取り出して見せたのは、細い金の飾り紐だった。


「これは?」

「軽く魔除けのまじないがかけてある。何にでも使えるだろう?」

「わ、いいの?」

「おう、気にせず持ってけ。まいどあり」


 気のいい店主に手を振って、あたしはその店を離れた。

 ほかの店も眺めてみたけど、特にめぼしい物は見つからなくて、特産品を片っ端から試すと、長持ちしそうな焼き菓子を買い込んで宿に戻ったのは夜も更けた頃だった。

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