第17話 言い含める

「……ってことだから。よろしく」


 ようやくユーリたちに追いついて、食事のあとにキリクに言われたことをユーリに伝えた。

 さすがに面食らったのか、基本無表情のユーリが、眉間を押さえて頭を振っている。


「おーい、聞いてる?」

「……聞いている」

「わかってると思うけど、これ仕事だから。ちょっと期間は長いけど、護衛の仕事だと思えば」

「護衛ならそんな心がけは無用だ」


 そんなこたぁわかってる。

 だから事前に聞いたのに。……婚約者のふりをすることができるのかって。

 まあ、断るという選択肢がなくなった時点で無駄になったわけなんだけどさ。


「でも、およそ一か月もあるんだよ? 少しは仲良くしてるふりしとかないと」

「……お前はどうなんだ」

「え?」


 眉間にふかーいしわを刻んだまま、ユーリが顔を上げる。久々に見るな、この顔。

 めちゃくちゃ不機嫌な印。


「腰を抱かれても仕事だから耐えられるのか?」


 ぎくり。

 やっぱり見てたんだ。


「ほ、ほら仕事だから」


 嘘、声が震えた。ユーリの不機嫌度がどんどん上がっていく。背中に黒い炎でも背負ってるんじゃないかと思うほど、気配が剣呑になっていく。


「もしかしてあいつに何かされたのか?」

「へ? い、いや何も……」


 あちこち触りまくられるのは、前に受けた護衛任務の時にもあった。あの時のほうがむしろ直接的な身の危険を間近に感じたくらいだ。

 ……同行していた女の子たちからの殺気がすごかったもんな。

 顔がいいことをよく知ってる男で、女は全員自分に惚れると思い込んでた。

 自分になびかない女例外が珍しかったのだろう。おかげで同行していた女の子たちからの嫉妬を一身に受ける羽目になったっけな。いろいろいたずらもされたし、嫌がらせもされた。ベッドに毒蛇がいた時はほんとに死を覚悟したもの。

 あれよりは……うん、ましだ。


「本当だろうな」


 腰に下げた白い剣の柄に手を置いたまま、ユーリは唸る。だから、その殺気はとりあえず仕舞っておこうよ。目の前に倒すべき敵はいないんだから。


「もし妙なことをされているなら、あいつを切ってでもこの仕事、降りさせてもらう」

「大丈夫だって。前にもこんなのいたし」

「……あれは切り捨てておくべきだった」


 いやいやいやいや、依頼人切っちゃだめでしょ。お金もらえないどころか、ギルドから確実にペナルティ食らうことになる。

 基本、その日暮らしの冒険者あたしたちがギルドからにらまれたら本当に終わりだ。冒険者をやめるしかなくなる。

 そうなったら、信念を捨てて傭兵になるか、良心を捨てて山賊になるかのどちらかだ。

 どちらも選ばないためには、ギルドににらまれることはやっちゃダメなのだ。


「とにかく、ユーリ嬢には優しく接してあげて。曲がりなりにも婚約者なんだから。あたしと二人きりになるのも今日が最後だからね」


 ぴくりと眉が動いたのが見えた。


「なんだと……」

「当たり前でしょ? 不満があるならキリクに直接言ってよ」


 途端にユーリは深いため息をついた。

 ユーリ、あからさまにキリクを嫌ってるもんな。話するのも嫌なのかもしれないけど……。それにしてもえらい嫌いようだ。


「何かあったの?」

「いや。……わかった、少しは努力してみる」

「本当に?」


 正直に言えばこの仕事、断ったほうがいいと思ってたんだよね。ユーリに演技は無理だもの。


「とにかく、彼女から離れないで。少し後ろを歩くのもなし。護衛騎士に見えちゃうんだって」

「……努力は、する」

「できれば腕を絡ませてエスコートしてあげるといいんだろうけど」

「勘弁してくれ」


 はああ、とまたため息をついて、ユーリはがっくりとうなだれる。

 先ほどの殺気はなんとか押さえ込めたらしいけど、不機嫌度は下がってない。

 あたしは咳ばらいを一つすると、表情を引き締めた。


「とにかく、ユーリは、ユーリ嬢とできるだけ一緒にいて。……忘れてないと思うけど、一応あの二人は命を狙われてるってこと。その時にはユーリ嬢を守って」

「わかっている。むしろお前のほうは大丈夫なのか」


 確かに、あたしの中途半端な魔法と弓の腕前では、キリクを守り切れる自信はない。今までだってユーリのバックアップとして動いてきたんだもの、それはよくわかってる。

 でも。


「何とかするわよ。一応魔法は使えるし、いざとなれば結界にこもってユーリ待つから」


 その時は頼むわね、と言うと、ユーリは複雑な表情を浮かべていた。

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