第15話 偽装

 お目当ての護符は無事購入できた。護符には祝福もついていてお買い得だった。ついでに商人の二人が値切ってくれてちょっと余裕もできたし、大満足。

 ついでに美味いものも食べたかったけど、屋台にふらふらと引き寄せられたあたしはべりっと引き剥がされて願い叶わず。

 いいじゃないの、食べ歩き用の唐揚げカップぐらい。あたしの生き甲斐は美味しいものを食べることなのに。

 じとっとユーリの後頭部を恨めしげに睨みつける。

 途端に隣からクスクスと笑い声が聞こえて、左腕を引っ張られた。そのまま腕を絡め取られる。


「……ちょっと。引っ張んないでよ」

「だーめ。二人で歩いてんのに他の男凝視するとか、許さないよ?」


 近いってばさ。なんでこの人は軽々とゼロ距離にひっついてくるんだろう。それになにこの危ない人チックなセリフとか、そういう人なのか。

 というか、さっきから何でこんな猫なで声だしてるんだ、気持ち悪い。甘ったるいというかなんというか。こんな話し方する奴だったっけ、キリクって。


「だから近いってば」

「へえ、男慣れしてないんだ。かわいいねえ、クラン。ほんとに食べちゃいたくなる」


 頼むから耳元で語るのやめてってば。くすぐったい上になにこのゾクゾク感。絶対こいつ、女遊び慣れてる。じろりとにらみあげると、キリクは口元をゆるめた。


「そういう顔もいいねえ。それにしても、君とユーリの関係って何? 褒められ慣れてないし、初々しくていいんだけど」

「ただの冒険者仲間よ。ちょっと、顔近いってば」


 なんかクンクン嗅がれてるのが鼻息で分かる。ちょっとっ、変態かよっ!


「そうやってなんでもないって顔してるけど、体がこわばってるのでバレバレだからね?」

「なっ……」


 心臓が高鳴る。全身から冷や汗が吹き出すのを感じる。


「うんうん、がんばって慣れてね? アクリファスに到着するまでもっとベタベタして婚約者だってことをアピールしまくらなきゃいけないんだから。キスとかボディタッチとかでいちいちきゃあきゃあ騒いでたら疑われるからねえ。まあ、なんでもないって顔ばかりされてもほんとに婚約者なのかって疑われるしさ、たまには反応してくれないと困るけど」


 キリクはそう耳元で囁いて、いきなり耳朶をかじった。


「ちょっと」


 体を捻る。腕を取り戻そうとしたけど、がっちり締められてて痛いぐらいだ。


「離れるのは禁止。もう忘れた? そんなに抵抗すると腰抱くよ?」


 腕が開放された、と思った途端、ぐいと腰に手を回されて抱き寄せられた。腕を組んでる時にはあった隙間がなくなって、キリクの体に密着させられる。


「やっ」

「これぐらいは普通でしょ? 慣れてね」


 ニッコリと微笑むキリクの頭には見えないけど悪魔の角が生えてるに違いない。もしかしたら尻尾も羽も生えてるのかもしれない。うまく隠したものだ。

 ユーリ嬢はよくこの男と二人旅とかできたものだと感心する。


「ところで、ユーリくんのあの剣のこと、聞かせてもらえる? 曰く付きの品、なんだよね?」


 不意に声のトーンを落として真面目な口調でキリクが言う。あたしはちらりとキリクを見上げ、ユーリの腰の剣を見て、眉根を寄せた。


「……聞きたいなら本人から聞いて。あたしが言っていい話じゃない」

「それができりゃ苦労しないよ。僕は彼に完全に嫌われただろうからね」

「ユーリが?」

「そりゃそうでしょ? 好きな女に言い寄る男を好きになる男っていないと思うよ?」


 あたしは首を傾げた。


「ユーリがあたしを好きなわけないでしょう?」

「あー……あんた、そこもポンコツなのか。普通さあ、男女がペア組んで冒険者稼業やってるって言ったらデキてるって思うもんなんだけど?」

「言ってるでしょ。あたしたちはそういうのじゃないって」

「はいはい。……で?」

「言わないわ。……ユーリに聞いて」

「あーのさあ」


 声のトーンが変わる、機嫌が悪くなってるらしくて棘のある言い方だ。


「僕が聞きたいのは、彼があの剣を佩くことで僕らの目的の邪魔にならないかってこと。彼自身に不都合が起きるような品ならとっとと取り上げるよ」

「……それは……」


 あたしは口を閉じた。冒険者になってからのユーリしかあたしは知らないけど、一度だけあの剣について話しているのを聞いたことがある。


『俺にはこの剣を佩く資格がない。だから二度と使わない』


 そう言っていた。今までだって剣が折れても絶対使わなかったのに。なぜ使うことにしたのか。


「分からないわ。身につけたこと、一度もなかったもの。いつもはあの剣を使ってたし」

「ふぅん……打ち直しはどれぐらいかかるもの?」

「二、三週間ぐらいかしら。でも受け取れるとしたらギルドのあるところでないと。ルートにもよるけど、たぶんアクリファスに着くまで受け取れないわ」

「そう。……やっぱり途中で新調しよう。知り合いの工房が近くにあるんだ」

「でも」

「それも報酬の一部だから。君のは、杖がいい? 弓がいい?」


 キリクはちらりとあたしの背負ってる弓を見た。もう長くつきあってる弓だ。弦は何度も張り替えてるけど本体には問題はないし、いまさら変える気もない。


「いい。弓変えると馴染むまでに時間がかかるし、杖はあたし程度じゃどれ使っても同じだから」

「じゃあ防具かな。まあ、任せてよ」


 何をどう任せればいいのかわからないが、とりあえず頷いておく。

 大して裕福でもない冒険者にとっては、防具一つ新調するのも一苦労するのだ。報酬だというならありがたい。


「それにしてもクランって見た目より柔らかいよね。美味しそう」


 キリクのこのセリフに思い切りみぞおちに肘鉄食らわしたあたしは悪くない。うん、絶対悪くない。

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