第3話 白ラビの巣壊滅作戦

「うわはー、こりゃすごい」


 思わず声をあげちゃったよ。

 白ラビを狙ってやってきた黒ヴィルの群れは、意外と簡単に突破できた。というのも、白ラビの巣の方しか見てなかったんだよね。後ろからのユーリの一閃でごっそり狩れたのは大きかった。

 数自体は、ラビ焼いてた時に集まった三倍はいたと思うんだけど。

 魔石の回収もすんなりいった。後ろからの奇襲に狼狽えた黒ヴィルたちは、共食いするのも忘れて逃げ惑った。おかげで、黒ヴィルたちが落ち着きを取り戻した頃には、魔石の回収はあらかた終わってた。

 なので、進化タイプも出てこず。半分をすんなり倒たあたりで、残り半分が白ラビの巣から切り替えてこっちを狙い始めた。

 白ラビはと言えば、天敵がなくなって気をよくしたのか、作りかけの巣を超スピードで仕上げたらしい。あっという間に木々の隙間を使って、人の身長の三倍はありそうな巣が姿を現した。

 その形状は、伏せた白ラビそのもの。

 白ラビは基本的に巣を作らない。が、唯一例外がある。

 それは……があること。

 繁殖に必要なエサが十分に確保できると判断した時だけ、巣を作る。そして繁殖に入る。

 ……それだけは絶対させない。

 完成した巣からぞろぞろと白ラビが出てくる。その列はしかし、黒ヴィルやあたしたちを無視して森の外へと向かっていた。


「ユーリっ!」

「わかってるっ!」


 黒ヴィルたちのいくらかは白ラビの方に標的を変えたけど、大して変わらない。

 大剣を振るうユーリのあとを追いかける。今は、黒ヴィルを無視してでも白ラビを狩らねばならない。

 倒した分は魔石を回収する。巨大黒ヴィルを産ませないためだ。それでもうち漏らしが出て、体の成長した黒ヴィルが何頭か出現する。

 ユーリは黒ヴィルの包囲網を抜けて、白ラビの最後尾に取り付いた。追っかけてきた黒ヴィルたちも白ラビの方に牙をむく。

 風刃で目の前の黒ヴィルを吹き飛ばし、魔石を回収してユーリの後を追う。ユーリの背後からとびかかる黒ヴィルを雷で倒し、大きくなった黒ヴィルを風で吹き飛ばす。

 吹き飛ばした中に食用ラビが混じってて、思わず舌打ちする。まだ二十匹しか仕留めてないのに。背中に担いだ食用ラビの袋がずっしり重い、

 ユーリが白ラビに切り込んだ。吹っ飛ぶ偽ウサギに黒ヴィルが群がる。あたしを追いかけていた黒ヴィルたちも、目の前の餌に気が付いたみたいだ。

 食えないあたしから白ラビに標的を変えたみたいで、あたしを追い抜いて行った。後ろを見れば、他の魔石を食って大きくなった黒ヴィルだけがあたしを追ってくる。

 やばい、あのサイズだとあたしの魔獣避けはもう持たない。振り上げられた爪がゆっくり降りてくるように見える。なんでこんな時だけ時間が引き伸ばされて感じるんだろう。

 結界が黒ヴィルの爪で引き裂かれていくのをあたしは見ているしかできない。とっさに頭をかばってあげた左腕に、つぎの衝撃は来なかった。

 頭を上げると、短い銀髪が返り血を浴びて赤く染まっているのが目に入る。


「ユーリ……?」

「馬鹿っ、なんで早く呼ばねえんだよっ」


 ああ、怒ってる。でもその視線は目の前の黒ヴィルを捕らえ、その剣先は迷いなく黒ヴィルの腹をえぐり首をはねる。三頭いた大きな黒ヴィルは、あっさりと地面に叩きつけられた。


「魔石取っといてくれ」


 それだけ言って、また白ヴィルの方に駆けていく。一度もあたしのほうを見ないまま。

 あたしはでかい魔石を三つ、ごりごりと抜き取ると、近くに転がってるものもすべて回収する。

 白ラビの巣にもまだ何匹か残っているのだろう、黒ヴィルが四頭ほどがりがりと巣を壊そうと引っ掻いている。とりついている黒ヴィルを風刃で吹き飛ばすついでに白ラビの巣を切り刻んだ。

 白ラビの巣は、木や骨や白ラビ自身の毛で作られているらしい、軽い素材が風に吹き飛ばされていく。中から飛び出してきた白ラビを雷で落とし、巣の解体を続ける。

 上半分が飛んだところで、白いものが見えた。白ラビではなく、布状の……おくるみだ。

 他に白ラビが残っていないのを確認して、あたしは風魔法でゆっくりおくるみを持ち上げ、揺らさないように巣から離すと残った巣を風刃で切り崩していった。飛び出してきた白ラビはどれも黒焦げにする。

 幸い、他におくるみはなかった。空中に退避させたおくるみを下ろして腕に抱く。

 赤子は、眠っているように見えた。


「クラン」


 呼ばれてのろのろと顔を上げると、ユーリが大剣を担いで立っていた。

 背後に目をやれば、黒ヴィルと白ラビの死骸が点々と落ちている。

 ユーリはそっと手を延ばして赤子の頭を撫でた。それから、あたしの頬を拭う。


「泣くな。……お前のせいじゃない」


 あたしは首を横に振る。あの時寄り道をしなければ、食用ラビ狩りに執着しなければ、間に合ったかもしれない。

 あたしのせいだ。

 赤子をそっとなでる。冷たい肌、かすかに匂う……腐肉の匂い。


「この子は俺たちが森に入る前にはもう死んでいた。……自分を責めるな」


 ユーリが手を差し伸べてくる。小さくうなずいて赤子を彼の手に渡すと、頬に流れるものを拭う。


「ごめん……魔石拾ってくる。その子、教会の子だよね。……きっと、ここに埋めるよりは返した方がいいよね」

「そうだな。……心配していることだろう」


 ユーリの辛そうな声に、じわりとまた涙が沸いてくる。それを振り拭いつつ、周囲に残る魔石をすべて拾い上げる間、ユーリはじっと待っていた。

 二つ目の魔石の袋もをいっぱいにして、あたしたちは白ラビの巣を後にした。


 ◇◇◇◇


 教会に着くと、シスターたちの手荒い出迎えを受けた。新たに一人が行方不明になっていて、探す手もなく子供たちと一緒に教会の中に閉じこもっていたのだという。

 表で見張りをしていたシスターに赤子を渡すと、駆け付けたシスターたちに武器を向けられた。仕方なくあたしが眠りの魔法の詠唱を始めたところで騒ぎに気が付いた老シスターがやってきて、ようやく場が収まったのだ。


「申し訳ありませんでした」

「いえ、お気持ちは分かりますから」


 頭を下げる老シスターに首を振る。

 聞けば、次々と子供がいなくなった時に誘拐を疑ったらしい。人買いが見目のよい子を攫って行くのは以前からあったのだという。だが、シスターが子供をかばってけがを負った時、初めて守られた子供の口から真実が伝えられた。

 それまでの行方不明者もすべて白ラビの仕業とわかってようやくギルドに依頼を出したのだと。


「本当にありがとうございました。――アリスも喜んでいることでしょう」


 アリス、というのがあの赤子の名前だったのだろう。あたしは首を振るしかできなかった。


「ところで、この食用ラビですが、本当にいただいてよろしいのですか?」

「ええ。本当は料理をして皆様に振るまいたかったのですが」


 ちらりとユーリがあたしの方を見る。あたしは力なくうなだれた。

 ごめん、美味しいスープでもてなしたかったんだけど、今のあたしじゃせっかくの食材をダメにしてしまうだろう。


「食用ラビの骨からゆっくりスープを取って根菜を入れるとおいしいと聞きました。捌き方はご存知ですか?」

「ええ、大丈夫です。捌いてすぐ焼くか塩漬けするようにしております」


 ユーリが受け答えしてくれているのがひどく遠くに聞こえる。眠い……のかな。

 こんなところで気を失っている場合じゃないのに、体が言うことを効かない。頭がぼうっとしてくる。 

 ああ……これ、黒ヴィルの毒だ。こんなに遅効性なんだね。

 そんなことを思いながら、解毒の呪文を思い出そうとする。でも駄目、最初の一文字すら思い浮かばない。口を動かそうとしてももう動かない。

 体が傾いでいくのを感じながら、あたしは意識を手放した。

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