第36話

 あれから数日、結局のところうまく今まで通りにするしかないという結論に至ってからそれなりにうまく平静を装うことができていると思う。

 一回ほど上野さんと二人でいつもの場所で昼休みを過ごした時も割と何とかなっていたはずだ。途中上野さんの仕草に見とれたりぼーっとしてしまったりしたが不審には思われていないはず……多分。

 自信はあまりないがそう思っていないとこれから先やっていけないだろうし、なるべく余計なことを考えない方が今まで通りに過ごせるだろう。

 目下一番の目標は文化祭を何事もなく終わらせることだ。この際コミュ障脱却は第二目標にしてしまってもいいだろう。いや待て、いいのか? 彼女との約束にして彼女の一番の目標であるコミュ障脱却を後回しにしていいのか? いいわけがないだろう。しかし今の俺に彼女に協力することが果たしてできるだろうか。彼女と仲良くなるような男子がいたら……とてもじゃないが協力できる気がしない。

 それは置いといて、現状彼女は徐々にではあるがクラスの人とコミュニケーションをとることに成功している。きっかけは藤井さんだろう。彼女がいなければこんなにうまくいくことはなかった。ここまで考えてふとあることに気づく。俺、今までもあんまり彼女の役に立ってないじゃん……。

 まあもともと女子が苦手ってことで仕方ない面もあるかもしれないがこれはさすがになさけない。少なくとも彼女が頑張っているんだったら自分も頑張って見せなければならないのではないだろうか。

「……くん」

 かといって何をすればいいのやら。前みたいに藤井さんと無理やりご飯を食べてみるとか? いや、あれはさすがに……。

「……溝部君!」

「は、はい!?」

「何回呼んでも返事しないからついつい大きな声出しちゃった。驚いた?」

「驚くよそりゃ!」

 噂をすればなんとやら。藤井さんである。呼ばれていたのに気づかなかったこっちも悪いが心臓に悪い。

「えっとごめん、何か御用で?」

「いやあ、一人で何やら考え事してるみたいだったからさ。なんかこう、顔が目まぐるしく変化してたし」

 その様子を一体どれだけの時間見られていたのだろうか。急に恥ずかしくなる。

「それで、悩み事? よかったら相談に乗るわよ!」

 そんな元気そうに好奇心の塊みたいな顔で促されると一層話したくなくなるのだが。人に話すようなことはない人だと信じたいがそこまで信じるほど仲が良くなった覚えもない。でもこの様子だと退いてくれそうにないしなあ。

「う~ん、いや、どうやったら女子と仲良くなれるのかなって思って。仲良くはなれなくてもせめて普通に友達になれたらいいかなって思うんだけど」

「そんなこと? じゃあ私と仲良くしましょうよ」

「いやそうじゃなくってさ。こう不特定多数の人と普通に会話できるようになったらなって」

「それはちょっと高望みしすぎなんじゃないかな。逆にそんな人なんて一握りしかいないでしょ。それを溝部君が……どう考えても無理よ」

 笑いをこらえる感じでこちらを見てくる。それはちょっと失礼なのでは。

「だって私や渡会君だってそんなことできないのよ? ちょっと前まで朱里に普通に話しかけられる人なんていた? いなかったでしょ。誰とでもってのはちょっとおかしい話だと思うな私は」

 言われてみれば納得だ。それに、と彼女は続ける。

「今のあなたのコミュ力なら実際困ることはないんじゃないかって思うのよね。そりゃ相手によっては変に思われたりもするでしょうけれど、私や朱里で慣れてきたんならそんなに心配することはないわよ」

「いやでも、実感がわかないから、今でもうまくしゃべれないんじゃないかって」

「いいのよ親しくない人とは別段難しい話なんてしないんだし、今なら適当な受け答えができるくらいの自信はあるんじゃない?」

 勉強会の日の朝のことを例に出して藤井さんは大丈夫だとしきりに言ってくる。それはただ単に藤井さんに慣れただけなのではないだろうか。

「それとも何、私が女子じゃないとでもいうのかしら」

「いや、そんなつもりはないんだけど」

「冗談よ。まあとにかくそんな悲観的にならなくても大丈夫よ。私が保証するわ」

 彼女が一体俺の何を知っているというのか。でもなんだか不思議と大丈夫な気がしてくるからびっくりだ。普段は俺をからかってばかりだけどこういう一面もあるんだな。

「うん、ありがとう。藤井さん」

「どういたしまして。そうね、伊万里って呼んでもいいのよ?」

「それは遠慮しとくよ」

「あら残念」

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