いやよいやよもすきのうち


 最近、清水さんの事を若干嫌いになった。理由はない。ただ、嫌いじゃなかった時に気にならなかった事が、気になり出す。これはもうまごう事なき嫌いの始まりだろう。

 家で二人で飲む。清水さんはやる。

 とんとんとん。

 タバコの葉を吸い口に詰めるために、吸い口を下にしてとんとんする。

 その時の顔。その音。その間。

 分かってる。これはもう清水さんの癖だ。だが思う。

 カッコつけてんのか! その顔で、その貧相な身体で。どうでもいいモテエピソードもなんなら嫌いだ。

 目の前の清水さんは一生懸命な職人さんのようだ。

 尊敬してるんだけど、その一生懸命さ、時にすげーサディスティックに罵倒したくなる職人さんのように。

 最近ぶっちゃけ会話もない。まして向こうからネタを振る事はまずない。

 僕の部屋に流れるiTunesのマイリストの曲たち。

 中島美嘉が終わってクリープハイプが流れた。清水さんは満足そうに紫煙を燻らせる。

 クリープハイプが終わってブリリアントグリーンが流れた。清水さんはタバコをとんとんする。

 僕はもういっそ発狂しようかと思う。

 その時、意表をついて清水さんが言う。

「昨日の夜、何食べた?」

 散々とんとんしといて、やっと聞いた質問がそれかよ!

 垢抜けない内気な中学生か! 倦怠期すぎて逆に清々しい五年目のカップルか!

 ツッコミのセリフならいくらでも湧いてくる。

 僕の本当の夕食はカップラーメンだったが、何となくウソをつきたくなってカレーですと答える。

 清水さんはとんとんして、無駄にピュアな力強い目で僕を見る。

「そう、何カレー?」

 はあ? カツカレーですけど何か! いや、本当は豚キムチラーメンなんだが。

「まあ、アレですよね。職人さんが作ったイタリアンビーフシチューでしたよ」

「ふうん。チーズ入ってた?」

 チーズじゃねーし! まずカレーからのビーフシチューに無反応なんだよねほんと清水さん頼むよほんとにもう。

「清水さんは何食べたんですか?」

「いや、食べずにひたすら飲んでた」

 じゃあ何で聞いたのその質問っ!

「ナスは?」

 ナスはじゃねーし! まずそのピュアな瞳をやめろっ!

「ナスは、入ってなかったですね。豚キムチラーメンなんでもやしなら」

「じゃあゴルゴンゾーラパスタには何が入ってたの?」

 なにそのしてやったりの顔! ゴルゴンゾーラって響き、別に面白くないし。なんならゴルゴンゾーラパスタに入ってんのはチーズだしっ! 他にねーし。

「じゃあ大好きと大嫌いのあいだには何が入ってるんだろう?」

 知らんし! そう言うのカノジョとやれし!

「そうですねえ、そのあいだなら冷蔵庫くらいがピッタリおさまりますよね」

 そう言うと清水さんはそのピュアな瞳をきもち大きくした。

「からの?」

 からのじゃねーし! 無駄に追い詰めるレパートリー展開するなし!

「からの。からの弁慶の泣き所ですよね」

 僕はもう何が何だか分からない。

「その名も?」

 もうほんといいし! 俺面白いみたいな顔すんなし!

「め、メルセデスベンツっていう事で、ほんともう勘弁してもらっていいですか?」

「じゃあ結局はメグちゃんは巨乳って事で」

 お前の片想いの感情どうでもいいし! そのネタで膨らむみたいなの怒りすら覚えるし。

「そろそろ三国志でもやるか」

 勝手に僕のPS2を接続する清水さん。やるのはいいけど、いい加減、張遼以外使えよ。あと張遼の事、来来らいらいって言うのもやめろよ。

 だけど僕はその後四時間清水さんと三国志した。

 いやよいやよもすきのうち。

 どうせ土日はやることねーし。イラつくけどこの時間嫌いじゃねーし。

 大好きと大嫌いのあいだには、案外心地良いリズムが流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る