第15話お仕事1日目

 泣き真似をするエリザベスに、オーレリアは「おしおきをされないように、今度から真面目に生きるのよ」と励ましの言葉をかける。

 オーレリア・ブラットローは強気で礼儀知らずなご令嬢だと思っていたが、情に脆く、お人好しな性格だったと、印象を改めた。


 そろそろ紅茶の準備をしなくてはと思い、オーレリアと別れた。

 まずは厨房に、お湯と茶菓子をもらいに行く。


 十一時のイレブンジズを前に、厨房は侍女や女中達でごった返していた。

 細長いテーブルには、たくさんの茶菓子が用意されている。

 定番のスコーンにビスケット、苺ジャムとクリームが挟まったケーキ、エッグタルト、サンドイッチ、バターキャンディに、キャロットケーキなどなど。

 お菓子を前に、ベテランの侍女が、年若い女中に指導している声が耳に入る。


「各お茶の時間のお菓子選びも、センスが問われます!」


 昼食前のイレブンジズの茶菓子に重たい物を選んではいけないと、新人の女中へと教えていた。

 語られていたのは、どれも基本的な情報である。


 別の場所では侍女同士がぶつかり、喧嘩になっていた。

 他にも、お湯を待つ列に横入りがあっただの、お菓子を横取りされただの、王宮の優雅な貴人達が働いているとは思えない賑やかな場所となっている。


 エリザベスは深い息を吐きながら、まずはお菓子の確保へと向かった。


 イレブンジズにはジャムやハニーバターなどを挟んだサンドイッチが選ばれる場合が多い。

 けれど、お菓子を置いているテーブルの上のサンドイッチはすべてなくなっていた。

 仕方がないので、近くにあった長方形のキャロットケーキを引き寄せる。

 作業台にケーキを持って行き、ナイフを取り出すと、一口大となる正方形に切り分けた。

 お皿に四つ盛り付け、生クリームを添える。


「わ、あなたの盛り付け、とっても可愛いですね!」


 いつの間に近づいたのか、エリザベスの作業を覗き込む女中がいた。

 黒髪を三つ編みのおさげに編んで垂らし、鼻回りにそばかすのあって活発そうな印象がある、小柄な少女である。


「私、サンドイッチの争奪戦に負けてしまって……怒られるって思っていたのですが」


 キャロットケーキを小さく切って持って行くとは、思いつかなかったとエリザベスの用意したお菓子を見ながら感心している。


「あの、よろしかったら、私も真似して持って行ってもいいですか?」

「ええ、ご自由に」

「ありがとうございます! 助かります!」


 少女は自らをチェルシーだと名乗る。エリザベスも、名前だけ言ってその場を離れた。


 手押し車に蒸らした紅茶とお菓子を乗せ、十一時ぴったりにコンラッド王子の執務室の扉を叩く。すると、「はあ~い」と間の抜けた返事が聞こえてきたので、中へと入った。

 お茶の時間であると告げれば、子どものような無邪気な笑顔を浮かべるコンラッド王子。

 一方で、シルヴェスターは書類に視線を落したまま、一瞥すらしない。

 立ち上がり、手押し車のお菓子を覗き込んで喜ぶ王子。


「わあい、今日のお菓子はキャロットケーキだ! 僕、大好物なんだよね~」


 エリザベスはどういう反応をしていいのかわからずに苦笑しつつ、ティーカップに紅茶を注いでいく。

 お茶とお菓子が準備できたのはよかったが、執務机の上は書類でいっぱい。どこにも置く場所がなかった。


「殿下、お茶は、どちらに……?」

「う~~ん、そうだ、エリザベスさんが食べさせてくれる?」

「……」


 何を馬鹿なことをとエリザベスは思ったが、相手は王族。いつものように攻撃的な態度にでるわけにもいかない。

 返答に困っていると、コンラッド王子は左手で紅茶のカップをソーサーごと持ち上げ、右手にキャロットケーキの載った皿を持ち、隣の部屋で食べると告げた。


 扉の前に辿り着く前にエリザベスは回り込み、戸を開く。


「ありがとう、エリザベスさん」

「いえ……」


 コンラッド王子は上機嫌に鼻歌を歌いながら、休憩に向かって行った。


 部屋に取り残された二人。

 シルヴェスターは集中をしているのか、依然として書類から目を離そうとしていなかった。


 このままお茶を下げるわけにはいかないので、一応、声をかける。


「お茶とお菓子は、どうなさいますか?」


 無視されると思いきや、返事がかえってくる。


「エリザベスが、食べさせてくれるのかい?」

「あつあつの紅茶ならば、お口に流し込んでさしあげますが」


 それを聞いたシルヴェスターは、笑いだす。


「お菓子を食べさせてもらいたかったんだけどね」

「そちらは、業務内容に含まれておりませんので」

「残念」


 机の上の書類は手早く一ヶ所に集められ、なんとかお茶とお菓子を置くスペースができた。

 エリザベスはティーカップに砂糖一杯とミルクを入れ、シルヴェスターに差しだす。

 紅茶の好みは、事前に執事から聞いていたのだ。


 手渡されたティーカップの載ったソーサーを受け取ったシルヴェスターは、紅茶の香りを楽しんだあと、カップを手に取って一口飲む。


「エリザベスは、紅茶を淹れるのが上手なんだね」

「手順を覚えれば、誰だってそれなりに淹れられるとは思いますが」

「まあ、そうだね」


 謙虚というにはキツい言葉を返していたが、紅茶の淹れ方は叔母セリーヌの侍女をしていた時代に、徹底的に鍛えられたものであった。

 最初の一年はまともに飲んでもらえず、悔しい思いをしたのは一度や二度ではない。

 何十杯、何百杯と紅茶を淹れ続けて得た、お茶汲みの感覚であった。

 けれど、それをひけらかすことはしない。

 努力は人に語るものではないという考えが、エリザベスにあるのだ。


 イレブンジズの時間は短く、十五分ほど。

 シルヴェスターは優雅に紅茶を啜り、キャロットケーキを食べていたが、五分くらいで切り上げて、作業を再開していた。


 コンラッド王子は、きっちり十五分で戻ってくる。


 エリザベスは茶器を回収し、部屋をでる。

 まずは一回目のお仕事を無事に終えることができて、ホッとひと息吐いていた。


 それから、滞りなく一日の仕事を終える。

 図書室に行く暇はなかった。

 コンラッド王子に呼び出され、書類を別の部署へ運んだり、書類の誤字脱字を探したりなど雑務を頼まれ、息つく間もなかったのだ。


 やっとのことで、頼まれていた仕事を終える。

 夕方の五時となり、家に帰るように言われた。


「では、お先に失礼を」

「エリザベスさん、ありがとうねえ~~すごく助かった!」

「お役に立てて、幸いでした」


 コンラッド王子はぶんぶんと手を振ってエリザベスを見送る。

 シルヴェスターは書類から視線を逸らさない状態で、話しかけてきた。


「エリザベス、気を付けて帰るのだよ」

「はい、お兄様」


 深く一礼し、執務室をでた。

 廊下を歩きながら、エリザベスは無表情ながらも一日の労働の達成感に酔いしれる。

 人手不足だからか、思いがけず文官見習いのような仕事を任され、嬉しかったのだ。


 彼女にしては珍しく、浮かれていたからか、近づいてくる人物に気付かずに、突然腕を取られてしまう。


「――ねえ、彼女、美人さんだね。良かったら、俺とデートに行かない」

「は?」


 エリザベスに声をかけてきたのは、赤い軍服に身を包む青年。

 宮殿の門を守る、衛兵だった。


「良いお店を知っているんだ」

「なんですの、突然。お放しになって」

「いいじゃん、ちょっとくらい付き合ってくれても」


 力いっぱい腕を引くが、相手はびくともしない。

 エリザベスは焦る。

 このままでは、オーレリアに連れて行かれたように、どこかに引き込まれてしまうのではと。


「わたくしを、誰だと思っていますの?」

「え、誰だろ、わっかんない。名前、教えて?」

「……」


 性悪公爵令嬢エリザベス・オブライエンを、青年は知らないようだった。

 砕けた話し方といい、軽い雰囲気といい、平民かと睨み上げる。


「気が強そうだな~。君、名前は何ちゃんなの?」

「……」


 猛烈に名乗りたくなかったので、口を噤む。


 頬を叩こうか、足を踏みつけようか、それとも――


 攻撃態勢になったエリザベスの背後で、声がかかる。


「――私の婚約者に何をしているのですか?」

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