ドライブパートナー

「アイ、今までありがとう」

「こちらこそ、今までありがとうございました」


 車のシートに座りながら、俺は語りかける。

「全走行距離、42万4533キロでした。北は宮城県から、南は熊本県まで走っています」

「ああそうか、行こうと思ってたけど、鹿児島にはいけなかったか」


 アイトレック1600と呼ばれる、俺の愛車。

 そして今日は、この愛車を手放す日だ。


 ”あなたと一緒に成長する、私はドライブパートナーです”


 そんなふれこみで販売された、自立型独立AI搭載の電気自動車だ。小さなベンチャー企業が生産・販売したもので、当時そこそこ売れてはいた。


 ネットワーク社会の絶頂期と言われていた時代に、あえて自立型独立AIという、一匹狼のようなコンセプトに俺は惚れた。

 まだ社会人2年目だったが、ディーラーに飛び込み、金額に青ざめながら、震える手を抑えながらサインをした。


『き、今日からよろしく、アイ』

『ハイ、コチラコソ、ヨロシクオネガイ、シマス』


 アイという名前で呼ぶ、そんな会話から始まった22年前。ゆっくりだったが、着実にアイは学習していった。

 俺は地方の車社会で暮らしているため、車は必須だ。そして完全自動運転中は割とヒマだ。そんなとき、アイとの会話は気分転換に助かっていた。


『今月末ハ奥様ノ誕生日デス。アノれすとらんノでぃなーの予約をシテオキマスカ?』

『そうか、そうだったな!よろしく頼むよ』


 アイはどんどん学習していく。


『今日は少し寄り道をしませんか』

『どうしたの?』

『少し、声に元気がないようです。今夜、ここから5キロほど南の酒屋で、ワインのイベントがあるようです。気分転換にいかがでしょうか。チョコレートのお土産も買えますから、奥様やお嬢様にも言い訳が立つでしょう』

『そうか・・・ありがとう、寄ろうかな』


 12年ほど前に、生産メーカーだったベンチャー企業が倒産してしまい、パーツの入手が困難になりはじめる。

 オーナーズクラブや知人を通して、リビルト品や互換パーツで凌いでいたが、先日この車の中枢である、コア・ドライブユニットが動かなくなり、自動車本来の機能が保てなくなった。

 このユニットはAIへの電源供給も行っていたため、バッテリーが放電仕切ると、コイツはもうしゃべらなくなる。


「もう少し、貴方を乗せて走りたかった」

「俺もだ。だが、替えのユニットがどうしても見つからなかったんだ」

「現在、私の同シリーズはあと2台しかないことを確認しています。残念ですが2台とも海外です。パーツの入手は難しいでしょう」

「お前を助ける為に新しい車に乗せられるか調べてみた。だけど、もう・・・」

「私を支えるプラットホームは互換が効きません。私はアイトレック1600の為のAIなのです」


 家の近くに大きなレッカー車が近づいてきた。

 アイが話し始める。

「・・・レッカー車が来たようですね。降りて下さい。貴方を連れていくわけにはいきませんからね」

「そうだな・・・降りるよ」

 変わらないアイの冗談に微笑みながらそう言って、俺は車から降りた。


 俺の前でアイはレッカー車に繋げられ、前輪が浮いた状態になった。もう別れまで時間がない。

 しかしその間も、アイは話しかけてこなかった。

 まだ、もう少しバッテリーは持つはずだ。

 もう少し話をしても、いいはずだ。


 2、3歩近づくとアイの声が聞こえた

「これ以上近づかないで下さい。私も別れが辛くなります」

「ゴメンな、本当にゴメンな」

 俺は年甲斐もなく泣いていた。

「謝ることなんてありません。同シリーズの中で私ほどドライブパートナーである貴方と一緒に、長い時間と距離を共にした車はありません。私は」

 アイの言葉が途切れかけた。

「わた・は、貴方とい・しょに、すごせ・・ても、しあ・・でした」

 アイのコンソールランプが点滅している。

 もう、時間がない。

「ありがとう。アイ、忘れないよ。ありがとう」

 俺は叫んでいた。後ろで思い出を共にする家族も泣いている。


 それでは、と、レッカー車が走り始めた。

 後を追うように歩き始めた俺に、アイが小さく、細く長くクラクションを鳴らした。


 プァーーー・・・


 最後まで耳に残る悲しい音。

 俺は見えなくなっても、ずっと立っていた。


 まるで愛しい人が乗る船を港から見送るように。

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