第13話 0から9の世界

 扉の先にあったのは、王座の間と同じ漆黒の素材で作られた広いドーム状の空間と、中央にそびえ立つ一本の巨大な四角柱であった。


「何これっ!」


 高さ40m、一辺10mはあろう巨大な柱は、表面に無数の光が走っている摩訶不思議な代物で、ファムは目を輝かせて走り寄った。


「これは……数字?」


 目を凝らして見れば、無数の光は小さな数字の集合体で、それが目にも止まらぬ速さで変動していた。

 ファムも勇者達も、それが何なのか全く分からない。

 ただし九郎だけは、二十一世紀の日本人である彼だけは、それを見て思い浮かぶ物があった。


「スーパ―コンピューター……」

「えっ、こんぴゅうた?」


 当然知っている訳もなく、首を傾げるファムにどう説明すればよいのか、迷って口ごもっていると、突然彼ら以外の声が鳴り響いた。


『ようこそ、新たなマスター』

「だ、誰だっ!?」


 勇者が慌てて辺りを見回すが、怪しい人影など見当たらない。

 何故なら、声の主はとっくに姿を見せていたのだから。


『マスター、ご命令をどうぞ』

「えっ、この柱が喋ってるのっ!?」


 声が柱の方から鳴っている事に気付いて、ファムは驚いて飛び退く。

 機械音声に慣れている九郎はやはり動揺せず、静かに問い返した。


「君の名前は何ですか?」

『造物主様よりデミウルゴス01との名を賜っております』

「プラトンのティマイオスですか……」


 造物主様とやらはギリシア文化がお好みなのだろうか。

 そう益体もない事を考えつつ、九郎は隣のファムを見て僅かに躊躇したものの、真実へと至るその問いを口にした。


「デミウルゴスさん、君が何物なのか分かりやすく説明して頂きたい」

『はい、私は世界演算端末、この『緑の星ウェルト』の情報を全て管理している自働計算機です』


 機械は淡々と、そして残酷に、九郎の予想通りの言葉を紡いだ。


「やはりそうですか……」

「えっ、どういう事?」


 沈痛な面持ちで目を閉じる九郎の姿に、ファムはただ嫌な予感を抱くだけで、機械が告げた意味を理解できない。

 だから機械は主人の命令を忠実に守って、分かりやすく説明したのだ。


『この世界の全ては、私ことデミウルゴス01の計算によって成り立っている、情報データに過ぎないと申し上げているのです』

「えっ、えっ!?」

『実例を見て頂いた方が分かりやすいでしょうか』


 戸惑い続けるファムや勇者達に対して、機械は己の力を実演して見せる。

 彼らの前に、己と全く同じ人物を生み出すという形で。


「「なっ、私っ!?」」


 まるで鏡に映ったような、けれど左右が反転しておらず、触れる事さえ可能な自分と全く同じ者が、眼前で同じように驚愕の表情を浮かべている。


『皆様のデータをコピー、ペーストさせて頂きました』


 その説明を合図に、ファムと勇者達の前に居たコピーは一瞬で消え去った。

 消えたコピーにも感情はあったのか、はたして残った方は本当に本物なのかという、言葉にならない恐怖を残して。


「な、何だよこりゃっ!? こんなの神様しか……!」


 混乱して叫ぶ男戦士に、巨大な柱は頷くように体表を光らせた。


『世界の管理者を神と呼ぶのでしたら、私は貴方達の神と言っても差し支えないでしょう』


 ただ、自分は造物主に造られた機械にすぎないのだと、繰り返し強調したが。


『私は世界演算端末、この『緑の星ウェルト』世界の演算を続け、前マスター・魔王パンドラを倒した者を新たなマスターとして、あらゆるご命令を聞くために存在しております』

「もう少し分かりやすく、簡潔に言ってください」


 九郎は自分のためではなく、ファム達に理解させるためにそう告げる。

 すると、優秀な機械はまた命令通り、分かりやすい言葉で言い換えた。


『マスターの願いを何でも叶えてみせます』

「な、何でも?」


 ゴクリと唾を呑み込み、真っ先に欲望の光を瞳に宿したのは、男戦士であった。


「じゃあ、俺を最強にできるのか?」

『『最強』の定義が広すぎて測りかねます。より具体的な指示を願えますでしょうか?』

「なら、俺の能力値を――いや」


 男戦士は一度口ごもり、そして叫んだ。


「俺を勇者にしてくれっ!」

「なっ!?」

『かしこまりました』


 絶句する勇者を余所に、機械はただ淡々と、そして迅速に処理を終えた。



 勇者キルガ レベル:44

 HP:2948

 MP:216

 筋力:1074

 耐久:1179

 敏捷:690

 器用さ:588

 魔力:144

 【スキル】

 勇者:EX、剣の英雄:EX、剣術:LV5、格闘術:LV4、頑強:LV3、不屈・レベル3



「やったぞ! 本当に俺が勇者になった!」

「な、何でそんな事を……あぁっ!?」


 仲間の思わぬ行動に勇者は激しく動揺し、そして己のステータスを見て絶望する。



 剣士ヘルド レベル:52

 HP:1002

 MP:932

 筋力:422

 耐久:401

 敏捷:371

 器用さ:366

 魔力:373

 【スキル】

 剣術:LV7、天魔術:LV7、神聖魔術:LV7



 全ての能力が3分の1に――スキル『勇者:EX』の特性による能力値3倍の効果を失って、彼本来の数値にまで激減してしまっていた。


「何で俺が勇者じゃなくなってるんだっ!?」

『お答えします、スキル『勇者』の所有者はこの世界に一人だけだと初期設定されております。そのため、キルガ様に『勇者スキル』を付与するために、ヘルド様から『勇者スキル』を剥奪させて頂きました』

「な、なんだよそれ……っ!」


 勇者はフラフラと力なく後ずさり、そして直ぐに男戦士に詰め寄った。


「何でこんな事をしたんだっ! 返せ、俺が『勇者』だぞっ!」

「うるせえ!」


 襟首を掴み上げてきた勇者を、男戦士は倍以上もある筋力で振り払った。


「今まで散々、勇者だからって、ステータスが高いからって調子に乗りやがって、お前にはずっとムカついてたんだよ!」

「調子になんて、俺は――」

「乗ってたろうがよっ! さも当然に自分一人だけレベルを上にして、伝説の剣まで独り占めしやがって!」

「あれは、俺が強くなった方が効率的だから――」

「それが調子に乗ってるって言うんだよっ!」


 言い訳をする元勇者の顔面に、元戦士は拳をめり込ませた。


「がはっ……!」

「はっ、勇者のスキルを失っちまえば、お前なんか素手でも倒せる雑魚じゃねえか……いや、違うか」


 元戦士は元勇者の高いレベルを見て、冷酷な目をさらに細く尖らせた。


「おい、こいつのステータスを全部1にしてしまえ」

「や、やめろぉぉぉ―――っ!」


 今までの経験を全て無にされる鬼畜の所業に、元勇者は悲痛な叫びを上げて懇願する。

 だが、そんな事をする必要はなかった。


『申し訳ありませんが、そのお願いは聞けません』

「何でだっ!」

『『参加者』に与えられる権限は、自身のデータに関する変更だけです。勇者スキルの付与などの例外を除いて、他者のデータに干渉する権限はありません』

「待てよ、マスターの願いは何でも叶えるんだろう!?」

『はい。ですがギルガ様は『参加者』であり、『マスター』ではありません』

「何だとっ!?」


 機械の返答に驚愕しながらも、元戦士は直ぐに気付いた。

 この世界の全てを自由にする権限の持ち主、『マスター』は前のマスターである魔王を倒した者。

 つまり、ステータスのない異世界人なのだと。


「おい、お前なら――いや、貴方ならこいつのステータスを弄れるんだろ? なあ、頼むからやってくれよ」


 元戦士は急にヘリ下り、靴を舐めそうな勢いで九郎の脚にすがり付いてくる。


「貴方だってこいつの態度にムカついてたんだろ? ステータスの低い奴はゴミだ、みんなステータスの高い俺様の引き立て役だって、勇者様面してたこいつがよ?」

「…………」

「ただ殺したんじゃ気が済まねえ。こいつに見下される奴の気持ちを嫌というほど味合わせて、死ぬより苦しめてやろうぜ、なぁ!」

「…………」


 一緒に旅をする中で、いったいどれほどの鬱憤を貯め込んでいたというのか。

 吐き気をもよおす仕打ちを平然と口にする元戦士に、九郎は邪法・散星小法を使う己の姿を見せられた気がして、何も言えずに黙り込んでしまう。

 だからその隙をついて、殴り倒されていた勇者が叫んだ。


「僕を勇者に戻せっ!」

『かしこまりました』


 機械は素直に処理を終え、元勇者は勇者スキルを取り戻す。


「野郎! 俺だ、俺を勇者にしろ!」

『かしこまりました』

「させるか! 俺を勇者に戻して、二度と誰かに与えるな!」

『申し訳ありませんが、そのお願いは聞けません』

「はっ、命令を言えないようにその口を引き裂いてやる!」

「ちょっと能力値が上がった程度で、剣術:LV5ごときが偉そうな口を!」


 勇者のスキルを奪い合いながら、取っ組み合いを始めた二人の醜い姿に限界を迎えたのは、残されたもう一人の仲間であった。


「もうやめてっ!」


 女魔術師のヒステリックな叫び声に、組み合っていた二人も思わず手を止める。


「ヘイシー?」

「ギルガ、一緒に苦難を乗り越えてきた勇者に、何でそんな酷い仕打ちができるのっ!?」

「そうだ、もっと言ってやって――」

「勇者もよ! ただステータスが高いってだけで、仲間の私達まで見下してたの? 私達は貴方の何だったのっ!?」


 共に魔物と戦い、少しずつレベルを上げ、絆を深めてきたと思っていた冒険の日々が、何でも叶えてくれる柱を前にしただけで、あっさりと崩れるような紛い物にすぎなかった。

 その事実にこそ耐えられず、女魔術師は泣き崩れた。

 悲痛な泣き声に胸を刺され、勇者と男戦士が手を止めたまさにその時、またしても聞き慣れぬ声が響き渡った。


「あはははっ、最高、あんたら超最高の見世物ねっ!」


 人間達の滑稽な争いを、遥か高みから嘲笑する甲高い子供の声。


「……出たか」


 九郎は黒い衛生害虫でも見つけたような険しい眼で、巨大な四角柱の頂点を見上げた。

 そこに座って笑い転げていたのは、この異世界を掌握する演算装置の造物主であり、全ての元凶である褐色白髪の童女。


「こんにちは、お兄さん」


 自称神様ことシロは、出会った時と全く同じ、好奇心と嗜虐心で満ちた満面の笑みを浮かべるのであった。

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