第11話 傲慢は強者の特権

 スパイクベアの後にも二回ほど魔物に襲われたが、どれも勇者が軽く撃破して、日が落ちてきたところで一行は野宿の準備に入っていた。


「『魔払いの結界』……よし、これで大丈夫よ」


 女魔術師が杖で地面に大きな円を描いて呪文を唱えると、淡い光が辺りを包んだ。

 これで魔物は寄ってこないと、勇者達は安心しきって武器を置いて座り込む。

 まだ魔法に慣れぬ九郎としては、そう容易に気を抜けるはずもなかったが、とりあえず荷物を下ろして夕食の準備を始めるのだった。


「今日でもうレベル16か、このペースなら後衛くらいは任せられそうだな」


 勇者は九郎の作った簡単な肉のスープを飲みながら、ファムの肩を叩いて褒め称える。


「あ、ありがとう」


 馴れ馴れしく触られて、ファムがぎこちない笑みを返す横で、女魔術師がスープの具に驚いていた。


「これ、アオバミ鳥の肉よね、いつの間に用意したの?」

「お湯を沸かしている間に捕えて捌きました。毒はなさそうでしたが、何か問題がありましたか?」

「いや、問題はねえけど、お前狩りまで出来るのか?」


 荷物の件といい、レベルが無いのにどうなっているんだと、男戦士も驚きながら鳥の肉を噛みしめる。

 そうして食事を終えると、勇者は食器の後片付けをする九郎を余所に、マントにくるまって横になった。


「じゃあ、明日も頑張ろう」


 そう言うと目を閉じて、直ぐに寝息を立て始めた。


「マイペースな方ですね」

「ごめんね、彼ってこういう所は無神経で」


 少し呆れた顔をする九郎に、女魔術師が勇者に代わって謝罪する。


「まぁ、勇者のお陰であんな簡単にモンスターを倒せてるんだ、ちょっとくらいのワガママは勘弁してくれや」


 男戦士も笑ってそう言うが、そこに小さな棘があったように感じたのは、九郎の気のせいではないだろう。


「見張りは僕がしますので、貴方達も寝てください」

「いいの? 結界を張ったから大丈夫だとは思うけど……」

「はい、五日くらいなら寝ずに走り続けた事もありますので」

「……お前、マジで謎だな」


 真顔で断言する九郎に、女魔術師と男戦士は驚くのも飽きたという顔をしたが、勧めどおりマントを被って横になり、直ぐに寝息を立て始めた。


「みんな寝るの早いね」

「何時、どこでも寝れるというのも貴重な才能ですよ。それで、ファムさんも寝てくれて構いませんが?」

「うん、もう少ししたら寝るね」


 ファムはそう言うと、焚き火を小さく絞る九郎の横に腰を下ろす。

 そして、寝ているから大丈夫だと思いつつも、念のため彼の耳に口を寄せて囁いた。


「ねえ、このまま勇者達と旅を続けるの?」

「お嫌ですか?」

「う~ん、正直に言えばちょっと嫌かな……」


 ファムは三人の寝顔を眺めて、少し表情を曇らせた。


女魔術師ヘイシーさんと男戦士ギルガムさんはいいけど、勇者ヘルドさんが明らかに九郎を無視してるんだもの」


 仲間として握手を求めず、荷物持ちや食事の用意にもお礼も言わない。

 九郎を嫌って無視しているのとは違う。給仕が皿を配るように、メイドが着替えの手伝いをするように、それが当たり前だと気にも留めていない。

 まるで、ステータスが無い人間は、高いステータスを持つ自分に奉仕して当然だとでも言うように。


「九郎こそ、嫌な思いをしてない?」


 心配して顔を覗き込んでくるファムに、九郎は微笑を浮かべながらも首を横に振る。


「特にストレスは感じていませんよ。目的地に着くまでの露払いをして頂いているのですから、荷物持ちや食事の世話は当然の仕事でしょう」

「でも、九郎なら勇者達と一緒じゃなくても、一人でだって魔王城まで行けるでしょ?」

「かもしれません。ですが、道中に『勇者』でないと開かない扉など、特別な仕掛けがないとも限りませんので」

「えっ、何でそんな事が分かるのっ!?」


 驚くファムに、まさか「ゲームではよくある事ですから」とも言えず、九郎は苦笑を浮かべて誤魔化した。


「ただ、ファムさんが彼に言い寄られて迷惑という事でしたら、明日にも離脱しようと思いますが」

「う~ん、そっちは大丈夫だと思うけど……なんか、勇者ってあんまり勇者っぽくないよね」


 ファムはそう言って、少し残念そうな顔で勇者の寝顔を見詰める。

 黙っていれば英雄に相応しい金髪碧眼の美青年だし、その戦闘力も勇者の名に相応しい凄まじいものだ。しかし――


「ちょっと調子に乗ってる感じがしない?」


 あまり人の悪口は言いたくないけれどと、小声で囁いてくるファムに、九郎はまた苦笑を浮かべた。


「人より優れた力を持った者が増長するのは、自然の摂理だと思いますよ。むしろ、彼は自制の効いている方だと思います」

「そうかな? 九郎はもっと礼儀正しいし優しいよ?」


 存外な褒め言葉をかけられて、九郎はつい吹き出してしまう。


「ははっ、それは買い被りです。何故なら、僕ほど増長した子供ガキはいませんでしたからね」

「えぇ、嘘だぁっ!?」

「信じられぬと言うのでしたら、お聞かせ致しましょう」


 黒歴史のノートを開くような羞恥を掻き立てる話だが、自分を戒めるためにも丁度良いと、九郎は己の過去を語り出す。


「自慢ですが、僕は幼い頃から周囲より遥かに優れた子供でした」

「自慢なんだ」

「えぇ、駆けっこをすれば陸上選手さえ追い抜き、大人五人とまとめて相撲をしても押し勝てる、そんな凄い――というより、明らかにおかしい化物だったのです」


 30㎏にも満たない低学年の小学生が、800㎏を超える軽自動車を持ち上げる事ができたのだ。

 それは神秘の生命エネルギー『気功』の力によるものであり、彼は生まれながらに気功を生み出せる『仙骨』の持ち主であったのが原因なのだが、当時の彼や両親、周囲の人々がそれを知るわけもない。

 九郎は物心がついた頃には、人食い虎よりも危険な存在として、周りから恐れられ距離を取られていたのだ。


「そんな悲しい事があったんだ……」

「いえ、そこで孤独を嘆く可愛げのある子供なら、まだ救いはあったのでしょう。ですが僕は己の力に驕り、『どいつもこいつも無能なクズどもめ』と他人を見下し増長していったのです」

「うぇ~っ!?」


 今の真面目な彼からは全く想像がつかない発言に、ファムは驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 それで寝ている勇者達を起こさないよう、九郎は人差し指で彼女の唇を押さえつつ、幼い頃の馬鹿を思い出して苦笑した。


「自己弁護になりますが、十歳にも満たぬ子供に良識を求められても困りますよ」


 九郎自身が心に蓋をして気付かないふりをしているが、友達もおらず大人達から白い眼を向けられ、両親からすら腫れ物のように扱われて、孤独に押し殺されそうだった当時の彼には、他に方法がなかったのだろう。

 弱ければ死ぬ、だから強くある、強く振舞い弱者を見下す事でしか、心が生きてはいけなかった。

 とはいえ、当時の彼は平気で暴力を振りかざす、他者の痛みを知らない子供であった事には変わりない。

 気にくわなければ親だろうと教師だろうと、壁を殴り飛ばし、地面を蹴り砕き、圧倒的な暴の力で黙らせていた。

 直接殴れば怪我どころか殺してしまうため、器物破損しか犯してはいないが、罪は罪に違いない。

 そして人外の力で脅された者には、一生忘れられない恐怖が刻まれた事だろう。

 彼の生まれ故郷は山間の小さな村であったため、噂は村の中で留まっていたが、もしも九郎の異常な力が外に漏れていたら――


「政府の超常現象対策課とかに見つかって、捕まるか殺されていたかもしれませんね」

「えっ、九郎の世界にはそういう人達が居るの!?」

「いえ、あくまで僕の勝手な想像ですが」


 目を輝かせて迫るファムに、九郎は落ち着いてと掌で制止する。

 少なくとも気功なんて不思議な力は実在したのだから、九郎が知らないだけで地球にも魔術や超能力は存在して、それを悪用する犯罪者を取り締まる警察的な機構も、なかったとは言い切れないだろう。


「ただそうなる前に、僕は師匠に出会って叩きのめされたのですが」

「調子に乗ってた九郎を叱ってくれたんだ」


 立派なお師匠さんだねとファムは笑うが、残念ながらそれは盛大な勘違いであった。


「いいえ、師匠が僕を叩きのめしたのは、強い気の流れを感じて、ただ戦いたくて来ただけですよ」

「……えっ?」

「暴力はいけないとかの説教を、師匠は僕に一度も告げませんでしたから。むしろ『もう少し面白い勝負になるよう鍛えてやる』と言って、無理やり地獄の特訓を科してきたくらいです」


 彼の師匠は聖人君子でも何でもない。

 常に敗北を求め続けてきた――つまり、自分に敵う相手がいなくて退屈していた、単なる戦闘狂いの暇人だったのだ。

 だから、見込みのある九郎を鍛える事にしただけで、乱暴者の性根を正すなんて目論みは欠片もなかったのである。


「それ、間違ったら酷い事になってたんじゃ……」

「えぇ、ただの乱暴な子供が技を学んで、より手が付けられない破壊者になっていたかもしれません」


 結果だけを見れば、九郎は師匠という遥か高みを知り、また強者に暴力を振るわれる痛みを知った事で、己が大海を知らぬ無力な蛙だったと悟り、過去の悪行を恥じて改心した。

 そうして、戒めのためにもまずは形からと、今のような真面目な七三ヘアーにして、ですます調の丁寧な口調で喋るようになったのである。


「それで九郎は今みたいに、謙虚な善い人になったんだ!」

「謙虚かと言われると、多大な疑問が残りますがね……」


 ファムの素直な褒め言葉に、九郎は自嘲の笑みを返す。

 例えば不良達に呼び出されたあの時、彼は誘いを無視する事もできたし、警察に通報するという手だってあったのに、自らが出向いて叩きのめした。

 そしてゲグル達の事とて、スタレットの街から出る前に、レジ―とは別の監視者がおり、おそらく襲撃があると予想していながらも、安全な街で泊まったり、冒険者ギルドに通報するという手段を取らなかった。

 それもこれも、己の力で解決できるという自信と、無意識に力の使い場所を求めている暴力性の発露からであろう。


「三つ子の魂百までと申しますし、僕はどこまでいっても痛みを知らぬ乱暴者なのでしょう」


 だからこそ、意識して律するようにしてはいるが、ゲグル達のような増長した乱暴者と会うと、過去の己を見せられたようで自己嫌悪を覚えて、つい力を振るってしまう。


「そんな僕の内面を読んだからこそ、あの自称神様もこの世界に誘ったのかもしれません」


 そして、シロの誘いに乗ってしまえばタガが外れ、かつての愚かな自分に戻ってしまうと恐怖したからこそ、九郎は必死に逃げようとしたのだが、結局は今こうして異世界に居る。


「人は力を持てば増長するものです。そもそも、謙虚を美徳とするのは、弱者の都合でしかありませんしね」


 強者が力のままに暴れれば、弱者は虐げられて命の危険がある。

 だから暴力はいけない事だと声を上げ、自分達の身を守ろうとする。

 そして何より、謙虚に生きれば人の恨みを買わず、平和に日々を過ごせるのだ。

 それは暴力を持たぬ弱者に許された、唯一にして最強の自己防衛手段。


「自分を殺しに来た者と友達になる、それが最高の護身とはよく言ったものでして――失礼、話がそれましたね」


 つい長々と自分語りをしてしまったと、九郎は照れを誤魔化すように眼鏡を弄る。

 そんな彼に、ファムは難しそうに首を捻りながらも告げた。


「よく分からないけど、九郎は昔の事をあんまり気に病まず、もっと胸を張ってもいいと思うよ?」

「そうでしょうか」

「うん、今の九郎は強くて優しくて、凄く素敵だと思うものっ!」


 満面の笑みでそう励ましてから、ファムは頬を真っ赤に染めた。


「す、素敵って言うのは、ほら、人間としてねっ!」

「えぇ、ありがとうございます」


 慌てて言い訳をする可愛らしい彼女に、九郎も野暮な事は言わず微笑み返す。

 その笑顔を見て、ファムはより頬を染めながら、話を逸らすため寝ている勇者を指さした。


「そうだ、九郎もお師匠さんの真似をして、勇者をこんぱに倒しちゃえばいいんじゃない?」


 長い鼻を叩き折って改心させるのも親切だろうと、ファムは手を叩いて勧める。

 しかし、九郎は素っ気なく首を横に振るのであった。


「嫌ですね。そんな親切にしてやるほど、彼には親しみを感じません」


 不良達はまだ愉快な小物だったから痛みを教えたが、選ばれた勇者スキルなんて天からの貰い物で調子に乗っている勇者は、まさに昔の九郎を彷彿とさせて自己嫌悪が蘇るため、必要最低限しか関わりたくなかったのだ。


「……やっぱり、勇者のこと嫌いなんでしょ?」

「そんな事はありませんよ」


 九郎は白々しい嘘を吐きつつ、荷物から厚手のマントを取り出してファムの肩にかける。


「そろそろ寝ないと、明日起きられませんよ」

「は~い」


 母親のような事をいう九郎に、ファムは笑って返事をすると、大人しくマントにくるまって横になるのであった。

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