ダークメディア

海道久麻

一 レイコ

 この時代にマスコミから逃げ果(おお)せている人物がいる。

 その筋のネットで、時々話題になる巫女レイコだ。

 何度か話題になったことから、民放テレビ局が昼間の情報番組で短時間だが取りあげた。

 スポーツ紙夕刊の、風俗欄の小さな記事を担当ディレクターの青山が赤枠で囲んだからだ。

 レイコを追っているマスコミ関係者にとっては、それは初歩的な情報にすぎないが、読者や視聴者には初めてのニュースである。

 高級クラブ街の、ハイソな世界の都市伝説に、どれほどの耳目を集めるかは未知数だ。

 このニュースは、レイコの名前を表の社会に曝(さら)したことに意義がある。

 彼女をあぶり出すためだ。

「たまっちゃん。(スポーツ)アルカンの夕刊にレイコの記事が小さく出るんだ。

 うちの番組で取りあげるから」

 青山が連絡した先は、週刊ダンテの編集長、田丸だ。

「たまっちゃんとこが、一番熱心だろ?

 頑張ってくれよなぁ」


 オンエア。

 芸能記者でタレントの、アイダ豪(ごう)が、ボードに貼られた各紙の記事をおもしろ可笑しく解説していった。

 レイコの記事の前に立った。

 拡大コピーしても二段だけの記事は、他の記事に見劣りする。

 番組の進行状況によっては、スルーされるサイズの記事だ。

「よくぞやってくれた!

 とうとう出たって記事です。

 私も大物芸能人を捕まえるために、この界隈のクラブへ行くのですが、聞くんですよ。

 レイコの噂。

 記事にもあるように、某クラブにいるとか、いないとか。

 私では入れてもらえないんですねぇ。このクラブ。

 でもこのクラブのお客さんという方から聞いたんですよ。

 レイコの噂。

 その方は会ったことないそうですけど。

 凄いですよ、レイコ。

 巫女というだけあって、的中するそうですよ」

 どんな噂なのか?

 何が凄いのか?

 何が的中するのか?

 アイダは、具体的なことを何一つ言っていないが、アドリブを交えた巧みな話術で、視聴者は山盛りの情報を聞いたつもりになる。

 だが、この記事に限ってはアイダらしさがない。レイコのニュースでアイダはテンションが上がったように見せているが、それが空元気なのを青山は気づいている。


 青山とて、記事に載ってない幾つかの噂は知っている。

 老女でない、らしい。

 アイダも知っているはずだ。

 普段のアイダなら、美魔女を切り口に妄想を膨らます、得意のトークがあるのだが、それをしない。

 アイダが怖がっていると青山は察した。

 こんな噂も知っている。

 最初に噂を流したのは、レイコに会った客らしい。

 レイコに会った!

 その一言が一人歩きした。

 あるクラブの紹介でなければレイコに会えないらしい。

 どこのクラブか?

 その客に二言目はなかった。

 幾つもの高級クラブの常連で、彼を尾行した記者はレイコの手がかりを掴めずじまいだった。

 どのクラブか謎だ。

 レイコという名前以外、レイコに関する情報は皆無に近い。

 ということは、紳士協定で秘密が守られているというよりも、力でもって箝口令が敷かれているのでないかと青山は思っている。


 この番組をきっかけに、レイコの名前が全国に流れた。

 視聴者の反響は予想以上だった。特に高級クラブとは縁のなさそうな若年層に。

 その日、ネットで一番話題になったキーワードがレイコだ。

 重大な犯罪も、時事やエンターテイメントの話題もなかった、平和な日本の一日だった。


 SNSでは、レイコに会った、の匿名の書き込みが一気に増えた。

 人は話題に便乗して、注目を集めたがる生き物だ。

 承認欲求を満たす手軽なツール。インターネット。

 巷では、それを真に受けて、自称レイコに会った人へのレコメンドが一気に増えたが、一週間後の元国民的アイドルグループのタレントが日本人大リーガーとの婚約を発表すると、レイコのことは忘れ去られた。

 レイコの写真と称する画像がネットにアップされると、市井の人々の忘却した記憶が蘇った。

 噂の界隈を写真小僧が屯(たむろ)するようになった。巫女レイコを撮すためである。

 そして、巫女のコスプレイヤーが闊歩するようになった。

 真っ当な巫女のコスプレよりも、アニメやコミックに登場する傾いた巫女のコスプレが圧倒的に多い。

 レイコに限っては、写真週刊誌は一般人を出し抜けなかった。

 正体不明のレイコを尾行しようもないからだ。

 それでもスクープできた。

 実はアマチュアカメラマンの写真を購入したのだが、この写真が一人歩きした。


 これが巫女レイコ?


 被写体の裏付けが取れないので見出しに疑問符がつくのだが、巫女レイコの知名度を国民的常識にまで押し上げたのは、この写真週刊誌がきっかけだ。


 四か月後。

 民放テレビが深夜のニュースで巫女レイコを扱ったが、キャスターが操作するタブレット端末に表示された最新の投稿記事を映しつつ、ネットジャーナリストが解説する程度だった。

 そのネットジャーナリストの情報の仕入れ先は、やはりネットの投稿で、彼が引用したコメントの、最後のフレーズはネットに波紋を投じた。

「……巫女レイコなる人物は実在するのでしょうか?」

 マスメディアには公表されないが、実在すると確信するに足る状況証拠はある。

 多分、彼は状況証拠を無いものとして考えての発現だろう。

「最初に巫女レイコという名詞をネットに投じたのは誰でしょう?」

 これとて、彼は知っているはずだ。

 私は知っている。

 当然、巫女レイコに注目している他の者も知っているはずだ。


 それは、実に間抜けな投稿だった。

「御先祖様の隠し財産ゲット! 巫女レイコ様のお導きです」

 御丁寧にお宝の写真まで添えてある。

 オリジナルの投稿は二時間後に削除されたが、幾重もの転送でこの投稿の完全削除は不可能になった。

 この投稿の後、ぽつりぽつりと新しい投稿が出てきたが、一月もすると巫女レイコの投稿とそれを引用する投稿が無限の連鎖となった。

 今となっては初期の投稿記事は検索の手練れのみがヒットできる。

 当然、最初の投稿もだ。

 最初の投稿者の身元は、同業者の中では公然の秘密だ。


 弁財天。

 最初の投稿者のニックネームだ。

 アイコンは、どこぞの弁財天像だが、ネットで注目されると投稿者の分析は微に入り細にいる。

 そのアイコンは有名な寺院の弁財天で、多分、本人が自分で撮影したものだろうというコメントまでネットの検索でヒットする。

 先祖の財産をゲットしたという点で弁財天をアイコンにした御利益があったのだろう。もっとも、弁天さんは弁才天から日本で弁財天に表記が転じた。

 彼、強田(ごうだ)一平は、財に不自由しないのだろうが、才を授からなかったらしい。

 ネットの投稿は親戚の知るところとなり、お宝は遺産相続に準じて一族に分配されるという。

 マスコミは強田を取材した。私もその一人だ。


「レイコさんって、どんな方ですか」

「すみません、ノーコメントです」

「でも、ネットで投稿しましたよねぇ」

「私がバカでした。嬉しさ半分、自慢が半分でバカなことをしてしまいました」

「私の前にも何人ものマスコミ人が押しかけて同じような質問をしたと思います。

 できればそれ以上のことをお話しいただけるとありがたいのですが」


 目のやり場に困らない、それでいて胸元に自然に目が行ってしまうさじ加減。相手が男性ならそのプロフィールに合った胸元の開け方が、私の落とす秘訣だ。

 取材慣れしている政治家や財界人、そして乳離れした私の息子には通用しないが、素人はほぼ落とせる。

 色恋や枕営業で落とすのでない。

 男性の理性をほんの少し緩ませればいいのだ。

 だが、「これ以上、いえません」の一点張りだ。

 軽い。そんな男だ。

 深読みとか先読みするタイプでなく、楽して儲けようというタイプ。

 いや儲けるという貪欲さは持ち合わせていない。

 よく見かける、その場が楽しければいいという、享楽に流されるタイプだ。

 初対面の第一印象で、なるほどノリであんな投稿をする男だと納得できたほどだ。

 そんな男が胸元から目をそらしてはまた見るということを繰り返している。

 余程のことだろう。

「誰かに脅されているのですか?例えばレイコさんやその関係者とか」

「何もいえません」

 まるで疑惑の渦中にある政治家の答弁のようだ。

 よく釘を刺してあると内心感心する。

 だが、この手の男は時間をかければ落ちる。

 それほど長くない時間で。

「そもそも、レイコさんと知ったきっかけは何ですか」

「何もいえません」

「高級クラブとかにいますよね、占いとか霊感に強い人。

 それがママだったりしますけど」

 強田の口は半開きなのだが、肝心の声が出ない。

「ママさんに紹介されるってこともありますよね」

 喉から出掛かっているのを堪えている、そんな感じだ。

 残念ながら時間切れだ。

 長野市は日帰り出張圏内だ。

 『かがやき』なら、一時間半で東京に着く。

 残念ながら、私は最終便まで粘れない。託児所で息子が待っているからだ。

 強田は落ちそうだが、裏付けも必要だ。

 後日、強田に近い人物からも聞き取りしたが、このネタを強田は独り占めするつもりだったらしく、誰にもいわなかったようだ。


「クラブQの話を何度も聞いてきたの」

 手がかりは彼の近くにあった。

 強田の行きつけのクラブで、都落ちしてきたホステスだ。

 そのホステス、華(か)美(み)によれば、東京のクラブが話題になって、幾つかのクラブのうちクラブQだけは熱心に聞いていたそうだ。

 クラブQは、名士揃いの高級クラブだ。

 地方の名士もいる。東京へ行けば必ず立ち寄るという客はざらにいる。

 初当選して、料亭に行きたいといって顰蹙を買った国会議員がいたが、そんな一年生代議士も常連の代議士の紹介がなければ入れない、一見さんお断りの店だ。

 老舗出版社である、我が社の会長も常連と聞く。

 強田は華美にクラブQへの手引きを頼んだ。彼女はやんわりと断ったのだが、強田なりにつてを頼ってクラブQへ通い出したらしい。

 強田がそんな執念を持ち合わせていたことに私は感心したが、彼女の知るところでは地元代議士の私設秘書に頼み込んだと華美は語った。

 クラブQへの支払い以上の政治献金をしたらしいが。


「田丸さん!」

 編集長の田丸に、クラブQがレイコの鍵であることを報告した。

「ここからが難所だな」

 迂闊(うかつ)に近寄れば会長の面子を潰すことになりかねない。

 このネタに野心的だった編集長が萎えていった。

「編集長!萎えすぎ!小さく凝り固まっていません?」

 小声で諭すと、編集長は思わず下を向いた。図星だったらしい。

「もっと追っていいですか。会長の面子は潰しませんので」

 私はこのネタをさらに追ってみたい。

 だが萎えた編集長にその覚悟があるのか?

 そもそも、編集長が持ち込んだネタだ。


「ふみちゃん、このネタどう?」

 週明けのブリーフィングの後、編集長から走り書きのメモを渡された。

 産休(出産休暇)からそのまま育休(育児休暇)に入り、仕事に復帰しても育短(育児短時間勤務)の私に、前線の仕事は与えられない。

 産休前の担当は後輩が引き継いだので、私の出番はない。

 否、フルタイムで残業が求められては、今の私では務まらない。

 かつての私なら見向きもしなかったスポンサー取材があてがわれたのだが、じっさいにやってみると、面白みに気がついた。

 主婦にとって、役得は魅力的だ。

 案外、息子が小学校を卒業するまでスポンサー担当でいればと皮算用しているところに、編集長が持ちかけてきたのが巫女レイコである。

「益見も飯山も中根も失敗したから、ふみちゃんが最後の切り札だ」

「要は彼ら、やりたくないんでしょう?」

「そんなことはない。やらせたら三日で音を上げたんだ」

 編集長は私の一年先輩だ。

 週刊ダンテに新人で配属されたとき、私の指導員はベテランのエースだが、エースなだけに新人の面倒を見てられないと、入社二年目の彼に丸投げした。

 二年目の記者だから、まだまだ仕事を吸収する段階だが、知っていることは、今しがた学んだことも惜しみなく教えてくれた。

 私が記者として独り立ちできる頃、彼は異動した。

 他の編集室を数年ごとに異動する出世街道を歩んで、古巣の週刊ダンテに編集長として戻ってきた。

 一方の私は週刊ダンテと月間ビーナスを行ったり来たりして、経験だけは積んだ。

 三度目の週刊ダンテ配属で産休に入ったが、育休明けに拾ってくれる編集室があるのか、一抹の不安があった。

 なければ、人事・総務や印刷、配送などバックオフィスになるのだが、週刊ダンテで使い続けてくれたのがこの編集長だ。

 先輩後輩のよしみというよりも、ベテランで腹心の部下が欲しかったというのが本音と聞かされた。


「巫女レイコって誰ですか?」

「誰も知らない。僕はバーチャルアイドルの類だと思うけど、その証拠もない」

「アイドルならスポンサーがいるはずで、動きが読めるんじゃないですか」

「それを探すにしても、夜討ち朝駆けはないだろうから、頼むよ」

 益見さんは文部科学大臣の政治資金疑惑で大臣の地元を駆け回っている。

 飯山さんはITベンチャー最大手の買収案件の本当の目的をスクープしようと潜っている。

 中根君は詐欺事件の裏付けで二週間顔を見ていない。

 リベロの三人はそもそも手一杯なのだ。

 彼らが動けないのならスクープでもないレイコを追うことはできない。

 だが、ネットの投稿の後追いという他誌との横並びで納得する編集長ではなかった。

「ぐれぐれも会長にご迷惑をかけることのないように、頼む」

 編集長は腹を括った。

 レイコをダンテでモノにしたいのだ。

 編集長の覚悟に、私も産休前の記者魂が覚醒した。

 あの都落ちのホステス華美によれば、レイコはママを通さないと見ることすらできない箱入り娘らしい。

 新しい客の一、二割は、強田のようなレイコ目当てだが、伝手を頼ってクラブQに入っても肝心のレイコはいない。

 彼女はホステスでないので、店にいないのだ。

 ママにレイコを紹介してもらうまでに百万、二百万円はお店につぎ込まなければならず、その後でママの値踏みが待っている。

 あの強田がママの目に敵ったということは、厳しい基準を設けている訳でもなさそうだ。

 クラブQのママ冴(さえ)子(こ)。

 客が名士揃いということは店の信用の証しだ。

 ホステスも従業員も口が堅い。よく教育してある。

 強田以外のネット投稿は又聞きや憶測、妄想だ。

 レイコを見た、会ったという投稿は眉唾物どころか明らかに虚言だ。

 丁寧に写真付きの投稿もあるが、それなら写真雑誌がとっくにスクープしているはずだ。

 クラブQに行ってもレイコはいない。

 冴子は政財界のスクープネタに近い人物で、芸能人以上にカメラに狙われている。

 それゆえマスコミに対するガードが堅い。

 マスコミ人である私も正攻法では彼女に会うことが叶わない。

 レイコが冴子の秘蔵っ子なら、店に置かないどころか、普段も傍にいないだろう。

 だから、マスコミから逃れ続けられたのだ。


「華美さん、清(せい)香(か)さんの連絡先を教えてくれない?」

「ただで?」

「そんな訳ないじゃない。

 旅行はどう?

 沖縄はどうかしら。高級リゾートよ。

 二人分で手を打ちましょ。

 航空機代も追加するわ」

 華美の目の色が変わった。とどめだ。

「ホテルはトライスター・アライアンスの沖縄エンパイアよ」

 清香の連絡先の対価は、スポンサー廻りでゲットした、沖縄の高級リゾートホテルの往復航空券付きペア宿泊券だ。

 チケットショップの安値を狙っても十五万円はする。

 繁忙期でも使えるので売れば二十万円以上だろう。

 もっとも私の仕入れはゼロ円だ。


 華美は清香とはネイル友達で、あるネイルサロンの客同士が意気投合して親しくなったという。

 ホステスにとってクラブQは一種のステータスで、清香はそんな自慢もあって秘密は守りつつも、話せる範囲で店の雰囲気を語るという。

 華美にいわせれば、清香はクラブQで厳しい立場にあるという。

 客が増えないのだ。

 自慢話の裏にそんな焦りを感じたという。

 ネイルアートでは心が無防備になる瞬間があり、綾香が口にしなくても、同じホステスとして、手に取るように分かるらしい。

 清香の来店日を狙って、三回目に捕まえた。

「清香さん、巫女レイコのこと教えていただけないかしら」

「あなた、マスコミの方ね。何もいうことはないわ」

「私の知り合いにクラブQに行きたいという社長さんがいるのだけど、一見さんお断りでしょ。

 でも清香さんの同伴なら大丈夫よね?」

「どんな社長さんかしら。クラブQに相応しい方だといいのですけど」

「そりゃぁ、国会議員や売れっ子ジャーナリストじゃないけど、ちょっとした大臣よりお金がある方よ。

 あら、言い方が卑しいわね」

 清香の顔が近づいて来た。ここで牽制球だ。

「清香さんがその方の身元を気にするように、その方も同伴する相手を気になさってよ」

「クラブQのホステスを見下さないで欲しいわ。

 見返りに情報提供って期待するだけ無駄よ」

「私は、その方に恩返しをしたいの。

 東京に来る楽しみを増やして欲しいの。

 クラブQなら相応しいわ。

 そして、あなたが同伴してくれるなら、いいかなって思っているのだけど」

「そんな名士様がいままでクラブQに来られなかったことが不思議だわ。

 どなたかのお誘いがあったでしょうに」

「紳士ではあるけれど、社交性に溢れているは言いがたい方ね。

 そういうお誘いに乗らない方なのよ。

 でも、その方の品格は保証するわ」


 三日後、中井光雄を清香に引き合わせた。

 和紙製造会社のオーナーだ。

 東北の小藩の、家老の家柄だが、明治になって商才のある先祖が和紙と生糸の輸出で財を増やした。

 実家の武家屋敷は江戸時代の威容のままである。

 スポンサー周りで意気投合した社長の一人だ。

 だから取材の後で約束した。

「社長、東京へお越しの際は私がご案内しますわ」

 クラブQなら中井との約束を果たすに相応しい場所だ。

 翌日、私の出勤を待つかのように、スマートフォンに清香からの電話があった。

「中井様、何かおっしゃっていた?」

 中井は清香にとって最上の客のようだ。

 滅多に出会える男でない。

 だから、私は引き合わせる前から、清香が絶対に離さない客になることは分かっていたが、清香はお店で接客してようやく悟ったらしい。

 初対面の瞬間でピーンと来ない。

 これが清香の才覚の上限なのだろう。

「真夜中に連絡を取り合うよな仲じゃないわ。

 それにクラブQでのことは中井さんのプライベートのことなので私が関わることでもないし。

 でも、紹介した立場上、中井さんには長く楽しんでもらいたいわ」


 私は、中井の会社をスポンサーにした企画を温めている。

 そのためにも中井と会う機会を増やしておきたい。

 クラブQが東京へ来る理由の一つになれば、私には幸いだ。

 中井がクラブQへ行く日は清香が同伴して入店する。

 つまり清香はクラブQ開店前から中井と買い物したり、食事したり、中井の趣味なら観劇もあるだろうが、そんな接待をする。

 その前に十分でも十五分でも話ができれば、企画を少しずつ具体化できる。

「それはこちらの仕事よ。

 でも協力してくれるなら、例のこと私の知っている範囲だけど提供するわ」

 清香は落ちた。そしてレイコにまた一歩近づいた。

 後日、中井から毛筆で丁寧な礼状がとどいた。

 東京へ行く楽しみが一つ増えた、と。

 直接の表現はしていないが、清香を気に入ったようだ。

 清香の情報は、私に予想外の展開をもたらした。

「ママが中井様を気に入っちゃってね、私に絶対逃がすなと駄目出しするわけ」

 少しタメ口が混ざるようになった清香はもう私の手の内だ。

「で、中井様が帰られてからママがぽつりといったの。

 レイコに引き合わせたい、と」

「なぜ?」

「すごい家柄でしょ。家老職なんて」

「家柄が良いとすぐにレイコに逢えるんだ」

「ママの口癖よ。ウィナー・テークス・オールって。

 勝者は何でも手に入る。

 中井様は勝者の側の方よ。

 クラブQの普通の客じゃあ、レイコに会いたいって願っても会えない人もいるのよ。

 ママの眼鏡に適わないから。でも中井様は別格なのよ」

 清香の目が輝いている。

 白馬の王子様に巡り会った純真無垢な乙女のように。

 実際、清香にとって中井は白馬の王子だろう。

 クラブQでの彼女の序列が上り始めたようだから。


「会えない客もいるの?」

「勘違いする人が多いのよねぇ。

 レイコは人の人生を占うことはしないそうよ。

 占いはママの専門だから」

「じゃぁ、レイコは何をするの?」

「さぁ?レイコに会ったお客様はレイコのこと喋らないから」

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