03-11

 そして、ゴールデンウィーク初日。四月末日の日。気温は二十度。やや風もあり過ごしやすい気候だ。姉は、結局帰ってこない。嘉寿には言っていたが、仙台で知り合いもできたし、政宗イベントに参加するのだと嬉々として語っていた。

 嘉寿は唖然とした。予行練習を突っぱねたのを後悔する程度には。

 会場である帝王ボーリングには長蛇の列が出来ていたからだ。まだ、開場前の時刻にだ。いろんな人が垣間見える。見るからにオタクっぽい見た目のやつらから、おしゃれにも気を使っているのがうかがい知れるような一見場違いとも取れるかっこうの人もおり、なんの行列かは一目ではわからない雰囲気だった。

 嘉寿はカジュアルに普通のかっこうと思われる服できた。茶のダメージドジーンズに薄手のパーカーだ。なんか、行列にいる人たちのどちらとも合っていない感じに思えた。

 その点、裕哉は地味目にしてるし、真白はゴスロリ? のかっこうだ。不思議とこの集団には溶けて見える。

 彼らには、よく見れば共通することがある。それは大きな荷物を持っていると言うことだ。中身が空のものもいるし、詰められているものを持つものもいる。

 それに対し、嘉寿は言われた通り、空のトートに水と昼飯を持って来ただけ。ずいぶんと装備に差があるように感じた。

 裕哉と真白は、その列に平然と並んだ。そして、気がつけば遅々としてしか進まない列の一部と化していた。

「なあ、ゆう。即売会っていつもこんななのか?」

 裕哉と真白はこなれた感じにライトノベルを引っ張り出し読み始めた。

「まあ、そうやね。これでも、前の方に並べた方だと思うで。たぶん、先頭は始発くらいで来てると思うよ。……もっと、大きいとこやったら徹夜組がいる場合もあるくらいやし」

 理解が及ばない。言葉もないでいると、裕哉が付け加えた。

「でも、少ない方やと思うで。オンリーは、密度が上がるさかいに」

「密度?」

「そう、好きなやつというか狂信者の集まり」

 そう小声で言った。

「このうちの何パーセントがるみなの七転抜刀関連のキャラを嫁にしてないんやろうね?」

 そう普通と逆のことを続けた。普通は、何パーセント嫁にしているだろうね、が正しい使われ方だと思う。つまりは、そういう集団なのだ。

 どれだけ特殊な性癖を持っていても嘉寿がるみなが好きである限り、普通に見える場であると言っても過言ではない。方向は違えど、るみな好きに変わりはない。そして、この空間はオタクをオタクと言って疎外しない。攻撃も否定もしない。等しいのだ。

 そんな空気を感じて、入場のとき。どきどきして中に入る。最初の感じは、殺風景。もっと、るみなるみなしている会場だと思ったが、広めのイベント会場に机が並んでいるだけ。机の上は、人が居すぎてみることが出来ない。まるで、人を見に来たみたいだ。

「どうや?」

 裕哉が胸を張る。意味がわからない。ただ、熱気がすごい。単純に人間が集まるのだから暑くなるのはわかるが、そうじゃない邪気に近い情熱を感じる。

「なんか、予想より殺風景だな」

「あー、なんか、言いたいことわからんでもないわ。まあ、企業主催でもないしオンリーの総合やし。あ、言い忘れてたけど、結構すごいもの見れんで?」

 そして、気付けば真白はいない。

「お、おい真白は?」

「そりゃ当然別の趣味なんやから別行動や」

 裕哉は、手慣れた感じで人の流れに乗っている。嘉寿はそれについていくのが精一杯でなにも見れていない。

 嘉寿は、裕哉が手にしている本が小説ではないことに今更ながらに気付いた。付箋が貼ってあり、それを見ながら裕哉はすいすいと行く。

 途中、コスプレをした女性とすれ違う。

「おー、今の人なかなかよかったんちゃう?」

「あーいうのって自作なのか?」

「今は、人気作品の制服とかなら売ってる場合もあるで」

 ずんずんと奥に行き、一つの本が積まれているところで裕哉は足を止めた。

「さあ、始めんで」

「あ? なにを?」

「コミケや」

 満面の笑みでそう答えた。裕哉は、付箋を貼ったページを次々とめくりながら攻略目標と称したそれらを購入していく。嘉寿はそれについていって、冊数制限があるときなんかは協力したりした。だが、同じ本を二冊も買う意味をわかりかねる。

 途中真白とも何度かすれ違ったが、お互いアイコンタクトも交わさない。気付いているのかも怪しい。

 そして、おおむね会場を五週くらいしたところで、裕哉のキルマークは全機撃墜と相成ったようだ。

「よう、ついてきたな。やっぱ素質あるんちゃう?」

「もうばてばてだ」

 少し開けたところで、柱に背を預けて、限界だのポーズ。

「なに、言っとんのや。さあ、これからが本番やで」

 裕哉は、買ったものを、空のリュックに詰めて収めると、次へと向かって歩き出す。やはりその手にはさっきの本。

「なあ、その本なんなんだ?」

「これ? カタログや。どこにどのサークルさんが出品しているかわかるんや」

「さっきそれ全部回ったんじゃないのか?」

「さっき回ったのは、ただの巡回。いつもこうてるところ。これから新規開拓するんや」

 そういって、適当に回り始める。そして時折足を止め「いいですか?」と標準語っぽい北なまりで話しかける。そして、ぱらぱらと中身を見て買ったり買わなかったり。

 裕哉は、嘉寿にも目を通せと言ってきた。それでぱらぱらとめくる。今見ている人は、絵が下手だ。次の人は絵自体は上手いのかもしれないが、るみなになっていない。そんなこんなで、嘉寿も同人誌に目を通したが、見ただけだった。

 今度は、ゆっくりと一カ所ずつつぶさに絵を見たり、内容を見たりでまわっていく。時間は体感より早く過ぎていて、会場を一周した辺りで、裕哉が時計を見た。

「こんなもんか。もう三時やし、行こうか?」

 裕哉がそんなことを言って外に出た。もうかれこれ五時間は会場に入り浸りの計算だ。体の方も疲れているのがはっきりとわかる。真白は、外で水分補給をしていた。

「どうやった?」

 真白は、黙ってサムズアップ。

「おー、こっちもや」

「この後、どっかで休みたいけど、頑張って家帰らへんか? もちろん、わいの家や」

「おー」

 真白が同意し、嘉寿は疲れた顔をして付いていくことにした。

 帰りの地下鉄の中では、会話はなかった。こんなところでする会話でもないし、疲れてもいたし。たぶん、裕哉と真白にとっては、いつものことだから取り立てて特別な話題もないのだろうなとか想像した。ここで、オタク話に花を咲かされても困る。

 半ば疲れ切った放浪者のような足取りで裕哉の家へと辿り着く。裕哉の母親に挨拶し、部屋へと転がり込む。疲れていたのは、嘉寿だけではなかった。

 裕哉は、リュックを落とすように背中から降ろし、ベッドの上に寝転がった。真白も持っていたトートを肩から落とすと、お人形のように足を放り出して座った。

「どやった、カズ?」

「疲れた。右往左往している間に終わった感じ」

 嘉寿も、空のトートを床に置いて、あぐらをかいた。背中を丸めふぅーっと大きく息を吐いた。

「同人誌は?」

「あ? ああ。どれもこれも、なんか欠点が目についてダメだった」

「おまえ、それは高望みしすぎや。でも、見てて気付かへんかった?」

「なにが? 絵、下手なのに頑張ってたとかか?」

「そう、言い換えれば、愛。キャラ愛にあふれとったやろ? 彼らは、みんなるみなが好きで、自分のるみなを持っているんや。それを表現したんや!」

「むぅ、そうなのか」

「今日は、初心者のために刺激の少ないところを選んでみたんやで。少し同人誌に対するイメージ変わったやろ? なにもエロイばかりが同人誌じゃないんやで?」

 そう言われれば、今日見たのはノンエロばかりだったし、るみな中心の本ばかりだった気がする。

「まあ、変わったと言えば変わったかもな」

 これも一種の自分語りなのだろう。嘉寿が、オリジナルTシャツを作るように、彼らは本を作っただけのことなんだろう。

「よっしゃ、今日のお土産にこれ持ってけ」

 裕哉が示したのは、一冊の同人誌。まだ中身を嘉寿は見てないやつだ。

「いらねえよ」

「そんないけずなこと言わずに、持ってってえな」

 内心、ちょっと興味はあるが、持ち帰りたいほどではない。というか、確かに同人誌に対する気持ちは変化したが、嫌悪する気持ちは強くなったかも知れない。

 要するに、嘉寿の愛するるみなは、嘉寿を通してこそのるみなであり、他人の愛を通ったるみなは、もう嘉寿のるみなにはなり得ない。そんなものを部屋に持ち込むのは、不倫と同じ様な手触りがして、いやな気分になる。

「とりあえず、他人のるみなは持って帰る気はない」

 裕哉と真白が顔を合わせる。そして、お互い目を見開いた。

「あちゃー、余計頑なにしてしもうた」

「ゆう、無様」

「なに言ってるか知らないが、とにかくオレのるみなはオレの中にいるからな」

「カズ、痛い子」

 真白がつぶやいた。

「痛い子? オレが?」

「褒め言葉」

 どこが褒められているのだろう?

「ええやないか、わいらの中で一番オタクらしいやないか」

 確かに、オタクであることは認めよう。だが、この野放図な二人よりオタクらしい? 冗談じゃない。だけど、彼らの言うところの深さという意味では、るみなに関しては一番深いのは間違いない。反論は、できない。むしろそうありたいとさえ思う。

「一つのことに、深く精通すること。これはある種の芸やで。こんなかで、るみなの七転抜刀を知っているのは間違いなくおまえや。そして、無節操にならずに一途なんもおまえや。それこそ真のオタクやと思うで」

「深さ、ナンセンス」

 真白は首を振りながら、裕哉を見た。

 確かにそうかも知れない。好きなことがあってそれに詳しいだけのこと。どれだけ詳しいかなんて、関係ないのかも知れない。

「そか。そうやな。ここはおまえの愛を尊重してこの本は、押しつけんとこ」

 その後は、嘉寿待望のオタクトーク会ならぬ、嘉寿の独演会だった。


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