03-6

 翌朝。もういつものようにと言っても構わないはずだ。裕哉が向かえに来た。少し肌寒い朝だ。太陽も雲に隠れたり出たりを繰り返している。傘は必要のない予報だった。

「なあ、ゆう」

 途中まで肩を並べて歩く。もう何日目かにして定着している。

「なんや?」

「昨日のオンリーイベントってなんだ?」

「ああ。興味あるん? 返事ないから興味ないんかと思っとたわ」

 ちょっとすねたような、でも素っ気ない声。

「いや、興味の有無以前に理解できなかったから、答えようがなかった」

「要は、るみなの七転抜刀だけの即売会や」

「そくばいかい?」

「そう、同人誌やキャラグッズを売っとんねん。後はコスプレしたりやんな。あ、一応十八禁も混じってるけど、目ぇつぶってな?」

 よく考えれば、裕哉の誕生日はまだ先だ。なので十七才。嘉寿との間には大きな隔たりがある。

 それに対し、潔癖というか免疫がない嘉寿は嫌悪を顔一杯で表わす。

「おまえ、自分の好きなキャラが、その、えっちぃことしてて平気なのか?」

「え? その顔がまたぐっとくるんやないか」

「信じられん……オレは自分の嫁がそういう目にあっているのを直視できない」

「大丈夫やて、すぐ慣れるて。それよりも、そんなんやったら、コスプレの方が問題かもな」

「なんでだ? あんなのは、るみなのかっこうを真似ただけの人間だろう。本人じゃないのは一目瞭然だろ?」

 裕哉は、ちょっと驚いた顔をして、次に苦笑した。

「なんや、カズはほんまにるみなのことを愛してんなぁ。そして、相変わらずずれとる」

「当たり前だ」

「ほー。あれだけオタクが嫌いだと言っていたおまえも立派になったもんや。お父さん、嬉しくて泣けてくるわ」

「うるせえ」

「なんや、事実やんかぁ」

「言うな。オレはるみな専門のオタクなんだ」

 もうそろそろ認めざるを得まい。そして、裕哉との間で認めておけば、るみな語りが開き直ってできる。

「お、成長したやん、自分?」

 嬉しそうに、肩をばしんばしん叩いてくる。

「変な仲間意識を持つな。そういうところが嫌いなんだ」

「別に? だってわいら同志の前に、幼なじみやんか。その幼なじみが自分と同じ趣味を持ってるとわかったら自然と口元が緩むのも仕方ないないと思わへん?」

 今日の朝の旅路は特別短く感じた。いつも無言で過ぎている時間を話していたからだろう。あっという間に二人の分かれ道がやってきて、言いたいことの半分くらいしか言えずに、それぞれの日常に向かって時間が流れいく。

 空を見上げた。曇り空が、憂鬱そうに広がっている。雲が今にも落っこちてきそうだった。今にもぽろぽろと雫を落としてきそうに見えるが、降水確率は二十パーセントだ。今日はこんな空模様が続くのであろう。

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