02-5

 次の日、起きると奇跡でも起きたかのように体が軽い。外も晴れ晴れとしていて、カーテンが光を受けて一緒に光っている。鳥たちの歌声も聞こえ、まさに絵に描いたような朝と言えよう。

 心も晴れやかだ。晴れやかだった。そう残念なことに過去形に成り下がってしまった、嘉寿の平穏な日曜。

「なんで、そう苛ついてますちゅう顔してるん?」

「おまえのために、わかりやすく三択で答えてやろう。一、日曜の朝だから。二、おまえがいるから。三、危うく親に部屋を覗かれそうになったから。さあ、選べ」

 嘉寿はベッドに腰掛けて、裕哉は嘉寿の机の椅子に位置取っている。

「難しいこと言うなぁ。えっと、一やろか?」

 真剣に考えて、答えを出しましたって言う顔をしている。だが、嘉寿はなんのためらいも、罪悪感にも囚われず、断言する。

「全部だ、馬鹿野郎」

「ヒド! ヒドないか、その問題?」

「なんで、病気療養中のオレが、日曜の朝っぱらからオタクと会うことで、人生でもっとも回避しなくてはいけないことに失敗しかけなくてはいけないんだ?」

「えー、だって親やもん、息子の部屋は気になるんとちゃう?」

「その気苦労を負わせないためにオレがどれだけ苦労してると思っていやがる。本当は今日だって、部屋の掃除をする日だったのに」

「どんだけ頑張っても、悲しいかな親は親であるならば子の心配はどんなことでもするで。だから、うちではわいはオープンにオタクや。そっちの方がなにかとやりやすいことも多なるからな。そのために、成績は文句を言わせないようにとってるんやから、取りあえずは目ぇはつぶってくれてるで」

「はっ、八方美人のおまえと一緒にしてくれるな。オレは、るみなだけを愛してるんだ。オレのはもっとなんていうかピュアなんだ」

「うっわ、自分で言ってて恥ずかないのん?」

 裕哉は真面目な顔で少し引いてるのがわかった。

 嘉寿は少し顔を赤らめる。

「すまん、無理があった」

「せやろ? でも、まあ、わいもカズとは違うと自覚してるよ。なんせ、わいはまだ結婚したい嫁に出会ってへんもん。おまえは、るみなと結婚せえへんの?」

 一瞬、誕生日のことが甦る。嬉々として、書類に署名し、結婚の準備を万端にしてしまった夜が。

「に、二次元と結婚とか、どんだけオタク道極めてんのって感じじゃねえ?」

 軽く笑って済まそうとした。だけど、自分の首を絞めながらはきつい。

「このまえ、カズの誕生日やったんな?」

「ああ、それがどうした?」

 視線はあからさまに外せないし、目を泳がせただけでこの幼なじみには気取られる。だから、変わらず裕哉の顔を見ている。

「十八才って親の許可あったら結婚できよるよな?」

「法律上はそうなっているみたいだな」

 それを聞いて、裕哉はにんまりとした、いやらしい笑みを浮かべた。ばれたか? 

「どうやったら、この部屋すら守っているオレが親の許可をもらったというんだ?」

「あれえ? あるえぇ? わいはおまえがしたはおろかしようとしている、とも言ってへんけど?」

「じゃあ、今の笑顔はなんだ?」

「カズならしたか、しようとしてるという意味やな」

 あっけらかんと言う。

「あってんじゃんかよ!」

「だって、おまえなら、それくらいの工作できるやん」

「なにを根拠に?」

「おまえの愛し方見てたら、頭に浮かぶんはそういうことをする連中のそれに見えるし、おまえは昔から手先が器用やん? 頭もよう回るし、それくらいのことはしてても驚かへんよ?」

「ふん、オレは――」

「どうでもいいねん。結婚してるのか、しようとしてるのかは。ただ、カズはオタクを嫌っとるのに、オタクでもせえへんことをしてる自覚を持ってくれたら、わいらまた仲良くなれるんちゃうかなて思っているだけやねん」

 思わず返す言葉がない。

「さて、もうそろそろ行かないとあかん」

「どこへ?」

「コミケ。まあ、同人誌の即売会やな。本当は、おまえも誘いたいんやけど、病気だから自重するわ。じゃあ、行ってくるわ」

「ああ、好きなだけ行ってこい」

 裕哉は、そういうと出ていった。もう昼頃だ。お日様も天高くなり、実にいいお出かけ日和だ。だが、その行き先が同人誌の即売会とは悲しすぎる。そう思った。

 でも、自分の異常とも思える、この愛情を裕哉なら理解してくれるだろうか? いや、充分してくれていると言えるだろう。でも、まだ学校の連中に知られるのはなんというか、怖い。

 素っ気なくしているが、自分はこの立ち位置が気に入っている。成績優秀で、親の期待に応え、友人に囲まれて送るスクールライフ。るみなのことを誤魔化すだけのいい子ちゃんではないのだ。そもそも、親の期待に応えたかったという一面がある。

 だからこそ、それを壊すことをしたくない。だけど、裕哉の友達たちとも話してみたら案外面白いかもしれない。オタクという人間は好きにはなれないが、でも裕哉を見ていたら個人で接すればそんなに酷いこともないのかもと思った。

 いやいや。嘉寿は首を振って、今のトチ狂った思いを振り払う。昨日今日と裕哉の話について行っていたか? 辟易していただろう。きっと、そんな連中に混じるともっと酷い目に遭うに決まっている。

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