第30話 少女と少年のピリオド

 右手に刻まれた[未来]の字が光り、ショウの手から物体が飛び出してくる。


「これって……ウサテレ?」


 エリは、ショウの右手から出てきたウサテレに驚く。すると、ウサテレの映像が映し出され何やら話し声が聞こえ、目の前にリーゼントのコウタロウが現れる。


「オ、オイ! 何であまり関わりのない俺が! ってか何で一番初めが俺なんだよ!?」


 ナオミに背中を押され、無理矢理ウサテレが映る席に座らされたように見える。


「コウタロウさん?」


 エリは驚いたように声を上げるが、画面の向こう側は反応しない。どうやら録画データを再生しているだけのように思える。

 そうこうしていると、コウタロウに対してモエカの良く通った声が響く。


「さっきジャンケンで勝った人からって決めただろ!」

「ああ!? 別に俺は話すことなんてねぇよ! 俺みたいな奴に何か言われても水瀬が困るだけだろうが!」

「そんな訳あるか! 良いからウジウジ言っていないで話せ! 先輩命令だ!」


 モエカの一喝にコウタロウは舌打ちしつつ、彼は画面に真っ直ぐ目をやった。


「……よう。久しぶりだな。俺のこと覚えてるか? いや……どうせ分からないよな」

「……そんなことないよ」


 返事が返ってこないが、エリはコウタロウの言葉に返事した。

 コウタロウは続けた。


「まあ、俺は昔チビのお前にやられた。いろいろと俺のプライドがズタボロになったよ」

「……ごめんなさい」

「だがな……お前にやられて気づいたんだ。俺は弱かった。俺は取り巻きを担いで偉そうにふんぞり返っていただけのアホだったんだよ」

「え……」

「地に落っこちるだけ落っこちて分かった。お前の強さを」


 コウタロウは、画面越し指をさす。


「それはテメェが貫こうとした正義だ! お前の中にある一本筋の通った正義の心だ!」

「私の……正義……」

「俺はあれから筋トレ中だ。無論テメェを倒す為にだよ。だが、今のテメェじゃない。ちゃんと成長して大人になって、負けても小学生に負けたなんて汚名の付かない年になってから、改めてサシで勝負しろ!」


 コウタロウは睨みつける。


「だから起きろ! あんな殺人犯に負けたぐらいで落ち込んでるんじゃねぇぞゴラァ!」


 その時に一筋の光が黒い世界に差し込んだ。

 その光はとても暖かく、まるで朝日のように感じられた。


「フフフ……次は私ね」

「ああ……ほら、席を譲るぞ」

「フフ、ありがとう神楽くん。とっても良いスピーチだったわ」

「ッチ! うっせぇな!」


 コウタロウと入れ替わるように、今度はナオミが画面に映し出される。


「ウフフ……エリちゃん、見えているかしら。久しぶりね。私が中学校に上がってから、あまり会わなくなっちゃったわね」

「ナオミ……お姉ちゃん」

「最近見ないなって思っていたら……まさかこんなことになっていたなんて……正直最初は驚いたわ。夢の出来事も、そこの水瀬くんと会わなかったらきっと信じてなかったかも」

「お姉ちゃん……」

「それに……花火の事件以降、公園に来てくれなくなっちゃったよね。凄く寂しかったんだよ?」

「……」

「あのね……もし、エリちゃんは昔の花火のことを引きずっているならそれは勘違いだよ」

「……え」


 ナオミは、とても優しい笑顔を画面越しに見せた。


「私はエリちゃんにとても感謝してる。エリちゃんが花火をやろうって提案してくれなかったら、私は何も行動に移せなかった……もしかしたら、関口くんにも最後は会わないで、さよならしてたかもしれない」

「……」

「結果は、ああなってしまって……関口くんには怪我をさせてしまったけど……あれは全部私のせい……エリちゃんは何も悪くないんだよ」

「嘘……だってあれは私が……」

「エリちゃん!」


 エリが頭を抱えようとした時、ナオミは大きな声を出した。


「私は、まだエリちゃんのこと大切な友達だと思ってる!」

「嘘! ……そんな……だって、あんなヒドいことを……」

「嘘じゃないよ。私にとって自分を偽らず、気兼ねなく話せる最高の友達なんだよ。関口くんぐらい掛け替えのない存在なんだからね!」

「うそ……そんな……お姉ちゃん」

「だから……早く起きて。また公園で待ってる。ずっと……エリちゃんが起きるまで……ずっとね」


 また一つ、一筋の光が黒い世界に差し込んだ。

 徐々に世界は暖かい光に照らされていく。


「それじゃあ、次はカイトくんね? 席を退かすわね」

「サンキュー! ナオミ姉ちゃん!」

「頑張ってね。カイトくん」

「まかせとけって……おっす! 水瀬! 聞こえてるか? 俺だよカイトだよ!」


 今度はナオミから車椅子に乗ったカイトが入れ替わりで現れる。


「ったく、ズル休みしてると思ったらまさかずっと寝てたのかよ。張り合いのある相手が居なくて、学校がつまらないんだから早く起きて来いよ~」

「カイトくん……」

「あ! お前の寝顔を見たけどブッサイクだったな~、寝相も悪いし最悪だったよ。夢の中でお姫様になるぐらいだったら、もっとおしとやかに寝ろよな! はははははは!」

「カイトくん、やっぱり殺す!」


 カイトが笑って見せた後、急に真面目な顔に戻る。


「あのさ、水瀬……お前もしかして、俺の足のこと……自分のせいだって思ってんのか」

「……」

「確かにサッカーが出来なくなったのは辛いし、一生歩けないかもって思ったら正直泣きたくなったこともある」

「……ごめんなさい」

「でもな! 俺は諦めないぞ! 毎日リハビリを頑張ってるんだからな! 絶対立てるようになってやるよ!」

「カイトくん……」

「それよりも、あの時お前の命が救えて、俺は本当に良かったって思ってるんだ! あの時お前を庇わなかったらって思うと……そっちの方が一生後悔してたと思う!」

「え……」


 すると、カイトの顔は急に赤くなり声が上擦っていった。


「お、俺はな! そ、そそ、その! お前のことが好きなんだよ!」

「……え!?」

「そ、そのだな……好きな女の子を守れなかったら、俺……絶対後悔してた! だから……だから!」

「カ、カイト……くん?」


 口を押さえるエリに、カイトは目を閉じて叫んだ。


「早く起きろよエリ! お前が元気にならないと俺……寂しいんだよ!」


 更に一つ、一筋の光が黒い世界に差し込んだ。

 世界は優しい光に照らされていった。


「よく言ったぞカイト! 聞いている私もドキドキしてしまった」

「う、うっせえ! 良いからモエカ姉ちゃんの番だろ!」

「ああ……それでは、最後が私だな」


 カイトと入れ替わり、ゆっくりとモエカが画面の前に出てきた。


「モエカ……さん……」

「……エリ、先に私は君に謝りたい」

「……」

「正直に言う……私はお前に嫉妬していた。自分の弱さを棚に上げて、お前の才能を妬んでいた。最低だろ?」

「……違う。モエカさんは……私のせいで」

「何となく、私の言動が態度に出ていたのかもしれない。何となくだが君が私に気を使っていると感じていた……たぶん、やっぱりそうなんだよな?」

「……」

「エリ! 本当にすまなかった! 私の……私の心の弱さが君に迷惑をかけていたと思う!許してほしい!」


 モエカは必死に頭を下げる。


「こんな頼りない先輩で……こんな格好悪い若輩者の先輩で本当にすまなかった! エリ……君を……私は……苦しめていた」

「モエカさんのせいじゃない! 私の……私のせいだから!」

「もしも……もしも、エリが私のことを許してくれるのなら……」


 モエカは顔を上げた。グシャグシャになった顔を拭い、笑顔を作る。


「また一緒に……剣道をしてほしい」

「え……」

「おこがましいのは分かっている。それでも……君と練習する剣道は楽しかった。沢山の発見があった。私にとって掛け替えのないものだった」

「モエカさん……私も……私もモエカさんと……」

「私は剣道が好きだ! そして……エリのことも比べものにならないぐらい大好きだ! このことをちゃんと面と向かって言いたい! エリ、頼む! 起きてくれ!」


 一筋の光が黒かった世界に差し込んだ。

 世界は暖かい光に照らされ、真っ白な世界へと変わった。





 世界は崩壊を始める。

 夢の構成物質達は白い小さな粒子となって剥がれていき、タンポポの綿毛のように上へ上へと舞っていく。立ち尽くすエリにショウを近づいていった。


「エリちゃん。そろそろ時間だ」

「……」

「皆が待ってるよ。大丈夫、皆がエリちゃんのことを待ってる。だから寂しくなんか……」

「お兄が……いないじゃん」


 エリは、ショウに抱きつく。


「お父さんも、お母さんも、もう居ない。お兄だって消えちゃう……」


 肩を振るわせるエリ。

 ショウは、彼女の肩を掴んだ。


「エリちゃん……君は強いよ。だから、僕達がいなくてもこれからの未来……君なら乗り越えて行ける」

「無理だよ! 出来ないよ!」


 エリが顔を埋める。


「やっぱりヤダ……起きたくないよ。離れたくない……ずっと夢を見ていたい……ずっと、皆がいる夢を……」

「ダメだ!」


 ショウは、彼女を強く抱きしめ返す。


「エリちゃん! ダメだ! お父さんもお母さんも、君の将来のことを願っている!」

「お兄だって消えちゃうんだよ! それで良いの?」

「僕だって……そんなの嫌だよ!」


 少年は、少女の目を見る。


「消えたくなんてない! 僕だって皆と一緒にいたい! 君と一緒に平和に暮らしたいよ! でも……出来ないんだ……」

「お兄……」


 少年の徐々に消えていく体をエリは、離さないように抱きしめた。


「行かないで……」


 温もりが徐々に消え、二人は光に包まれていく。


「……僕は信じない」


 最後にショウは言った。


「こんな結末……僕は信じない」

「……お兄」

「この真実を……僕は疑い続ける。疑って……疑って……絶対に君に、君の元へ行くよ」

「嘘……そんなこと、出来るわけない……」

「嘘なものか……絶対会いに行く……約束だ」


 光が辺りを覆い尽くし、何も見えなくなる。


「お兄いいいいい!!」


 エリは叫んだ。

 兄を探し求める為に、ずっと……



・・・・・・


・・・


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