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第25話 妹のロンド

 一面何もなく、セピア色に染まった場所。

 色という概念は全て一色で表現し、鉛筆で描いたように色の濃度によって立体を表した場所だった。


「……ここは」


 ショウの意識が覚醒する。

 しかし、ここは明らかに現実ではないこと、そして夢であるという認識も持てないことに気づく。


「夢……じゃないのか?」


 消去法で答えを導こうとするが、本当のところ全く分からない。そんな時、後ろから声が聞こえてくる。


"モエカさん!"


 その声は、水瀬エリだった。声のする方を向くと、そこには胴着を着たエリとモエカがいる。彼女達は動くことなく、まるでホログラフィーのように体が透けており、立体的な画像から音声が流れているようであった。


"エリ、やったな! 小学生の部優勝だ! 最年少記録と言っていたぞ!"

"えへへ"


 モエカに頭を撫でられ満面の笑みを浮かべる。

 映像が変わり今度は道場の風景に変わった。すると、胴着姿のエリと大人が大人が試合をしている様子が写される。


"凄いぞあの子……何で大人と対等に戦えてるんだよ……"

"まだ小学生なんだろ……すげぇ、何万人に一人の逸材じゃないのか?"

"……"


 野次馬の声が響く中、モエカはジッと試合を見続け黙っていた。

 映像が変わり、モエカが師範と思わしき大人にどうやら怒られている様子だった。


"清白! 昨日も言っただろ! 何故同じ失敗をする!"

"はい! すみません!"

"すみませんではない! ちゃんと集中しろ! 自分の悪い所をちゃんと見直せ! わかったな!"

"はい!"


 少し離れた所で、囁く声が聞こえてくる。


"清白さん、今日も師範に怒られてるじゃん"

"まあね。清白さん良い人だけど剣道はそんなに上手くないしね……"

"この前の試合も予選敗退でしょ……ウチにはエリちゃんっていう化け物じみた子もいるし……それとなく比較もされちゃうよね。可哀想だけど……"

"世の中世知辛いわ~……才能って残酷だね"


「……」


 囁き声を無言で聞き続けるショウ。

 場面が変わり夜の公園へと移る。そこにはベンチに座るモエカの姿があった。


「モエカさん……」


 ショウが近寄ると、モエカは静かにすすり泣いていることに気づく。


"どうして何だ……どうしてこんなに苦しいんだ……"

「モエカさん……」

"私は……私は、ただ剣道が好きなだけなのに……何で苦しいんだ……"


 ショウは歩みを止める。モエカの泣く姿に心が締め付けられる。


"才能なんていらないはずなのに……エリのことが羨ましく感じてしまう……エリのことが……妬ましく思ってしまうんだ……"

「……」

"こんなこと……考えたくないのに……胸が苦しい……涙が止まらない・……"


 必死に涙を堪えようとするモエカだが、さらにさらに涙がこぼれ落ちていくのが分かる。

 それを見ていたショウの横から、突然エリが現れる。


「エリちゃん?」

"モエカさん……ごめんなさい"


 エリはショウのことを見ず、悲しい表情でモエカを見つめた。





 場面が移り変わる。

 学校の近くの通学路にショウは現れた。

 そこにはランドセルを背負い下校するエリの姿と、それを追いかけるランドセルを背負ったカイトの姿が見えた。


"おーい! 水瀬ー!"

"……"


 カイトが手を振ると、ムスッとした表情のエリが振り向いた。


"水瀬! 一緒に帰ろうぜ!"

"……イヤ"

"はぁー!? なんでだよ! いつも誘ってるのにさ! 家近いんだから良いだろ!"

"カイトくんと、一緒に帰るなんて恥ずかしくてイヤ"


 それを聞いたカイトは、ハハーンといったニヤケ顔を見せる。


"水瀬、お前サッカークラブエースの俺と帰るのが恥ずかしいのか? 俺、女子にモテモテだからな! そんな俺と帰れるなんて光栄に思えよ!"

"は?"

"大丈夫だぜ! 友達がいない水瀬でも俺が友達になってやるから! な!"

"……調子になるな!"


 エリは振り向きざまに、長いツインテールを鞭のようにカイトの顔面に当てた。


"私は別に友達なんてほしいって思っていないし、余計なお世話! 恥ずかしいっていうのは、カイト君みたいにデリカシーがなくて声が大きい人といると恥ずかしくて歩けないってこと!"

"とか言って、なんだかんだいつも一緒に帰るだから水瀬は優しいよなあ、わかったぞ! テレビとか言ってるツンデレってやつだろ? 素直になれないやつ! ブハハハハ!"

"……カイトくん殺す"


 エリが身構えつつ、仲良く下校していく二人。

 その先の道路に一匹の若い猫が現れる。その猫は餌をくわえているのだが、餌が大きくくわえてもすぐ落としてしまっていた。

 遠くから一台の乗用車が走ってくる。車は猫に気づいている様子はなく。猫も大物の餌に夢中だった。

 その様子に気づいた少年達は、目を丸くする。


"あれ・……ちょっと、やべぇよな"

"私、行ってくる!"

"え、あ! おい!"


 驚くカイトに対して、エリは考える間もなく走り出した。小学生の足では、猫の所にたどりつく間に車が着てしまう瀬戸際だった。しかし、何とかたどりついたエリは猫を抱え車のを横切ろうとする。


"……間に合わない!"


 エリは猫を抱えながらも感じ取った。

 この距離感では、自分が車と衝突してしまうことに……

 運転手も気づいたらしく急ブレーキをかけ減速させるが、それでも間に合わない。彼女は猫を抱えながら、なんとか衝撃を和らげられないかと、半分防衛本能のように身を屈めた。


"水瀬!"


 追いかけきたカイトは、エリの背中を押した。


"え!?"


 押されたエリはそのままコンクリートの上に倒れ込む。

 抱えた猫は無事らしく、驚いた様子で逃げていってしまう。エリが後ろを振り向くがそこには何もなかった。


「……」


 しかし、ショウは一部始終を目の当たりにしていた。

 もっと先に転がった傷だらけで倒れ込むカイトの姿を……


 すぐさま情景が移り変わり、今度は小学校の教室となる。放課後のようで教室はガランとしていた。しかし、一人だけ教室の窓から校庭を眺める人影あった。


「カイト君!?」


 そこには、車椅子に乗ったカイトの姿があった。

 彼はぼーっと窓の外を見つめ、校舎でサッカーをして遊ぶ子供達を眺めている。

 ふと、彼は誰にも聞こえないように呟いた。


"俺……このまま、本当に……走れなくなったのかな"


 その言葉を聞き、ショウは息が詰まる。

 彼の見たこともない生気を失った寂しい声音に、ショウはやるせない気持ちでいっぱいになっていく。

 そして、またしてもショウの隣にエリが現れる。


"ごめんね……カイトくん……私の……私のせいで"


 彼女は顔を伏せ、今にも崩れそうな言葉を放った。



○○



 場面は、ショウのよく知る小さな公園へと変わる。

 公園のベンチには、少し慎重の低くなったエリとゴシックワンピースを着たナオミが座っていた。


"ナオミお姉ちゃん?その手紙どうしたの?"


 足をぶらつかせながら、エリは手紙を握って俯いているナオミに問いかける。


"えーっと……"


 ナオミがモジモジしていると、エリはぶっきら棒に聞く。


"それって、関口お兄へのラブレター?"


 その問いにナオミは、手紙に顔を埋め悶え始める。

 エリは冗談で言ったつもりらしく、ナオミの素直な反応に驚愕の表情を浮かべた。


"本当にそうだったの!? ナオミお姉ちゃんは関口お兄のこと好きだったの!? 関口お兄引っ越しちゃうけど、もしかして告白するの!? 付き合っちゃうの!?"

"……付き合うなんて出来ないよ"


 顔を真っ赤にするナオミは俯き呟く。


"でも……思いだけは伝えたくて……最後だから"


 今にも消えそうなか細い声でえ、手紙を見つめていた。その反応にエリは考え込む。


"最後だからかー……うーん"


 しばらく悩んだ後に、何かを思いついたようにエリは飛び跳ねる。


"じゃあさ、皆で内緒に花火しようよ!"

"花火?"


 聞き返すナオミに、エリは頷く。


"夜にここで皆集合して、花火をするんだよ! 綺麗でムード出るよ! もちろんお父さんお母さん達には内緒で三人だけの花火大会!"

"親が来ないの? でも……危ないような……"

"大丈夫! ちょっとだけやるだけだから! 少し遊んだ後に関口お兄に告白しちゃうんだよ! 絶対良い思い出になるよ!"

"良い思いで……関口くんと……"


 ナオミは真剣に悩み出した。

 しかし、ショウはこの後の結果を知っている。

 この後、決して良い思い出にはならない結果となってしまったことを……



 そして突然場面が変わり、ショウの通っていた小学校の廊下が映し出された。


「ここは……小学校か」


 彼は辺りを見回していると、一人の女の子が歩いてくる。

 黒髪にショートヘアで大きめのメガネをかけている。服は泥だらけで塗れた教科書やノートを抱えながら猫背気味で通り過ぎていく。

 見知らぬ少女の面影に、ショウは目を見開く。


「……ナオちゃん!?」


 普段着ているゴシック服とは違い、私服を着たカツラもカラーコンタクトも付けていない彼女に、ショウは気づく。

 彼が振り返ると、ナオミと思われる少女は立ち止まる。ショウの掛け声で止まった訳ではなく、彼女の先にはエリが立っていた。


"ナオミお姉ちゃん!? どうしたの!? まさかまた……"

"……"

"先生に言おうよ。それか私に言ってくれれば、ソイツ等を吊し上げにして……"

"止めてエリちゃん。大丈夫だから……"


 ナオミは教科書を抱きしめながら、普段より目を細める。


"エリちゃん……学校では話しかけないでって言ってるでしょ? イジメられちゃうよ?"

"大丈夫! 私は強いから! えっと……その……"


 今度はエリが俯く。


"その……ごめんなさい……関口お兄のこと……私があんなこと言わなければ"


 そのエリの言葉にナオミは近づき、優しく頬を撫でた。


"大丈夫……皆の運が悪かっただけだから……"

"で、でも!"

"いいの……皆無事で良かった。それで終わり"


 そう言ってナオミはエリを通り過ぎていく。

 二人の間は離れていき、沈黙が辺りに漂った。

 ナオミが消え、エリは再び俯きそして呟いた。


"ごめんなさい……ごめんなさいナオミお姉ちゃん……"


 小学校の廊下に彼女の声が静かに響いた。



○○○



 場所が移り変わり、今度は真夜中の住宅街となった。

 そこには月に照らされた黒いツインテールのエリ。そしてママチャリに乗り特攻服を身にまとった中学生の集団が居た。


"ああん? なんだクソガキ? ヤンノカアンコラアン?"


 暴走族集団の中から見覚えのあるリーゼントが姿を現す。


"俺を誰だか分かってるのか嬢ちゃん? 俺の名は――"


 突然リーゼントをプロペラのように高速で回し始める。


"元神楽特攻隊隊長!!"


 今度は右足を軸に回転し始め、ヌンチャクの如くバットとリーゼントを振り回すし、背中に書かれた神楽という文字を見せつける。


"神楽コウタロウ!! 15歳男子!!"


 最後に宙返りを決め――


"夜露死苦ヨロシクッ!!"


 エリの目の前でしゃがみ込み眼前でメンチを切る。

 彼女はそんな変質者に臆することなく睨みつけた。


"夜に騒ぐのは止めなさい! 近所の人達が迷惑してます!"

"ああ!? おい、嬢ちゃん? もしかして俺達のことを注意しにきたのか?"


 コウタロウが聞き返すと、取り巻き達が笑い始める。


"偉いな嬢ちゃん、正義の味方のつもりか? だがな、世の中っていうのは正義が必ず通るとは限らないんだよ"


 すると、コウタロウの顔が一気に強ばり鬼の形相を向ける。


"俺が生意気なテメェに叩き込んでやるよ!!"


 次の瞬間、暴走族達が一斉に宙を舞い地面に倒れ伏す。


"そ、そん……な……この俺……が"


 倒れ伏すコウタロウ。月をバックに目を光らせるエリ。



 場面が変わり、河川敷の下へ映像となる。

 暴走族達が集まり、何やら話し合いをしていた。


"コウタロウさん……俺、ここを抜けます"

"ああ? 急に何言っているのだテメェ"

"もう・……耐えられないっすわ。俺達小学生に負けたっていろいろな所に広まっているんすよ"

"ああん? んなこと関係ねぇだろうが! 一回負けたぐらいで女々しいこと……"


 コウタロウが喝を入れるも、暴走族一同の空気は言いしれぬ堕落感に包まれていた。


"第一、無免だから危ないって理由でママチャリに乗る暴走族とかマジで黒歴史ものだと薄々気づいていたんすよね~。マジ、彼女出来てもただの赤っ恥ものっすわ"

"ああ!? オイコラテメェ今なんつったゴラァ!! 俺達このママチャリ一つで天下取ったんだろうがゴラァ!! テメェにプライドってもんが……"

"あの俺達をやった女の子、どうやら剣道に通ってるみたいなんすっわ。噂によると可愛い子が多いって聞いたんで、俺高校生に上がったらそっちの方向で青春を謳歌するっす! それじゃあコウタロウさん、今までありやしたー!"


 俺も俺もと、暴走族達は一斉にコウタロウから離れて行く。


"オ、オイ!! 何言ってんだオイ!! チクショウ! なんだって……なんだってこんなことに……"


 気づけば河川敷の下にはコウタロウ一人と虚しく倒れるママチャリが一台だけ残っていた。


"……"


 その光景を物陰に隠れて見つめるエリの姿があった。



 さらに場面が移り変わり、今度は病室に変わる。

 そこには、ベッドの上に寝込みパジャマ姿に白い普通の包帯を目に巻いたエリの姿が現れる。


「エリ……ちゃん?」


 その姿にショウは愕然としていると、病室にフルーツの入ったバスケットを持ったコウタロウが現れる。


"……"

"……"


 互いに無言が続き、奇妙な空間が築かれる。

 しばらくした後に、コウタロウから口を開いた。


"水瀬……エリだな?"

"……"

"俺の名前は神楽コウタロウだ……昔、お前と実は会ったことがあるんだが、まあ声を聞いたところで分からないだろうな"

"……"


 コウタロウが話しかけても、エリは人形のように反応を示さない。

 それでも、コウタロウは話しかけ続ける。


"お前……確か目の手術をしたんだろ? 網膜だったか? 確か手術は成功したんだったよな?"

"……"

" ……まあいい。病み上がりだろうし、これ以上深くは聞かねぇよ。そうだ、コイツは置いておくぜ"


 そう言ってコウタロウはバスケットをエリの近くの机に置く。


"これ、看護婦に頼んで食べさせてもらえよ。じゃあな、また時々だが来てやるよ。だからまあ……とっとと良くなれよ"


 コウタロウは背を向け、病室から去っていく。ショウとエリ、二人きりとなりまたしても病室に静けさが戻ってくる。しかし、寝込んで何も話さなかったエリが突然言葉を発し始める。


"ありがとう……コウタロウさん……"

「エリちゃん……」


 ショウが見ると、エリは弱々しくシーツを握りしめていた。


"声を聞いた時から……誰だか分かったよ……ありがとう……そして、ごめんなさい……コウタロウさん"


 今にも泣き出しそうな声音でゆっくり呟き続ける。


 そして、映像が徐々に消えていく。

 ショウの視界は黒く塗りつぶされていく。



○○○○



 闇の中、ショウの目の前にぼんやりとたたずみ俯いたエリが立っていた。彼女は大粒の涙を流し嗚咽を漏らしていた。


「エリちゃん……」


 ここが何処なのかも分からないまま、ただ目の前で泣いている妹の心配するショウ。彼が手を差し伸べようとした時、エリは口を開いた。


"私のせいだ"

「え?」

"私のせいで、みんな不幸になったんだ"


 誰に言っているのか分からない。ショウに言っているのか、それとも独り言なのかも分からない。


"モエカさんも、カイトくんも、ナオミお姉ちゃんも、コウタロウさんも、関口お兄も……みんな、私のせいで不幸になったんだ"

「それは……」

"お父さんも、お母さんも……死んじゃった。私のせいで死んじゃったんだ"

「……それは違うよ」

"私は、関口お兄みたいに誰かを守れる強い人に……正義の味方になりたかった。でも……私には無理だった。私はみんなを不幸にしていく……私のせいでみんな……みんな"

「違う! 違うよ! エリちゃんのせいじゃない! 絶対に違う!」


 ショウは否定した。

 これはエリのせいではないと否定した。

 だが、その答えは彼女に届いていなかった。


"私は……いなくなっちゃえばいいんだ"

「そんな……そんなことない!」

"いなくなれば……もう、不幸になる人はいないんだ"


 エリはさらに俯く。


"私は……この世にいらないんだ"


 そのまま彼女の体は黒い闇に包まれていく。

 その闇は帯状になっており、まるで黒い包帯のように見えた。


「エリちゃん!!」


 ショウはとっさに彼女へと手を伸ばす。



 しかし、その手は彼女に届くことはなかった。



・・・・・・


・・・


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