第23話 喧嘩上等ペアレント

「やってやんぞオラアァァァァァ!!」


 コウタロウの雄叫びが赤い空に響き渡る。

 彼は目にも留まらぬ早さで敵を一掃していく。木刀を敵の後頭部へと叩き込み、蹴りや膝を叩き込み、拳も叩き込み、時にはリーゼントで敵を突き刺し、多くの陰達を蹴散らしていった。

 コウタロウの目にも止まらぬ速さで姿が見えなくなり、攻撃を行う為に足を止めると相手から視認出来るようになる。そんなことを繰り返しまるで瞬間移動を繰り返すように彼は上野公園の広間を飛び回った。

 彼の常軌を逸した移動速度に陰達は対応出来ず、為す術なく葬られ黒い粒子と共に消えていった。


「……」


 ショウの瞳にはその様子がただ呆然と映し出され、数分たった後にコウタロウが目の前に現れた。


「ぜぇ……ぜぇ……終わったぞオラァ……」


 息を切らせて語りかけるコウタロウに、ショウは反応を返さない。


「……まだ腑抜けてんのかよテメェはよ……」

「……」

「フン……なら一生そこで腑抜けてろ。俺はこの夢から一刻も早く出る方法を探すからな」

「……僕のことは」

「ああん?」

「僕のことは……放っておいてください。もう何も……信じられない」

「……ッチ」


 コウタロウは唾を吐き捨て、その場から離れていく。ショウはそのまま何も返さず俯くままだった。


「水瀬ショウ……って言ったな」


 彼は去り際に、足を止めショウに顔を向けないまま語りかける。


「お前が本当に水瀬エリの兄貴かどうかは知らねぇけど、こんな所で立ち止まってても何にもならねぇだろ」

「……」

「本当に水瀬エリの兄貴だって言うんなら、答えは自ずと見えてくるはずだ」

「……」

「……じゃあな」


 そう言ってコウタロウは、今度こそ去っていった。




 コウタロウが去ってからしばらくして、黒い影が辺りからジワジワと伸びてくる。ショウは未だに体をただぼーっとその様子を見続けていた。

 ショウは公園の広間の端、草むらの近くにいるのもあってか黒い陰達に見つからないまま時間が過ぎていく。

 彼は今までのことを考えていた。

 未だに覚えている。自分が夢を見ているのだと気づき、エリとウサテレと共に黒い竜の南方と戦ったことを……

 モエカやカイトにナオミと共に夢の中を探索し、エリを探したりまた南方と戦ったりと……

 内心、彼にとってそれは不安ながらも楽しい夢でもあった。どんなに危険で怖いことでもこれは夢であるという一線が引けていたのだ。だからこそ、どんなことがあっても恐れは薄まっていき彼の探求心は体を動かせていた。

 だが、徐々に夢が夢でなくなり……現実が現実でなくなっていくような……歪みのようなものがショウの中に生まれ始めてきた。

 真実に近づくに連れ、徐々に自分の見ていた視界が歪んでいったのだ。

 恐れが深まっていったのだ。


「あ……」


 ショウの目の前に一体の黒い影が立っており、ジッと見下ろしていた。ゆっくりと鉄パイプを振り上げ、頭にめがけて振り下ろされていく。

 ショウにそれが非常にゆっくり見え、酷く冷静になっている自分がいた。避けなくてはという思考、当たったら死ぬかもしれないという思考、死んだらどうなるのかという思考。

 沢山の思考が駆け巡る。しかし、体が動かなかった。

 無気力と歪んだ好奇心が、彼の心を引き吊り込んでいたのだ。

 ショウの瞳へ、ゆっくり陰が近づいていく。


「させるかよオオオオオオオ!!」


 鉄パイプが当たる直前、ショウの後ろ襟を引っ張り凄まじい勢いで転がった。ショウとその人物は砂埃にまみれ咳き込む。


「……神楽さん?」

「ったく……まだあんな所に居たのかよ……」


 ゆっくりコウタロウは立ち上がり砂を払う。ショウは目を丸くし、彼を見上げる。


「何で……助けに?」

「……お前が死んだら寝覚めが悪いと思ったからだよ! 深い意味なんかねぇ! それと……」


 コウタロウはショウに手を差し伸べる。


「困ってる奴を見捨てるのは、たぶんお前の妹の正義に反するからだ」


 その言葉に、ショウの視界は真っ直ぐコウタロウを向いた。公園でエリが言っていたことを思い出す。


"皆を守る正義の味方"


 そして、タブレットに送られたボイスコメントを思い出す。


"「……お兄……逃げて」"


 ショウは、何か心の中に暖かいものを感じ取った。


「エリちゃん……」


 エリの意志が、ショウを支え助けてくれている。そう、感じたのだ。


「……神楽さん。その……助けてくれて、ありがとうございます」

「気にすんな。それと、俺のことはコウタロウで良い」


 互いに手を取り合い、ショウは立ち上がる。

 周囲を見回すと、黒い陰達が彼等にジワリジワリと近づいて来ていた。


「それじゃあ、のんきに話してる暇はねぇみたいだ。またコイツ等の相手をするのもメンドクせぇ……逃げるぞ!」

「……はい!」


 二人は頷き、その場から立ち去った。





 黒い陰達から隠れるように、二人は突き進んでいく。時に前へ躍り出てきた黒い影を薙ぎ払い、行く宛もなく彼等はさまよう。


「……コウタロウさん」

「ああん? んだよ?」


 二人は草陰に隠れつつ、ショウはコウタロウにふと訪ねた。


「エリちゃんを昔から知ってるって言ってましたけど、通り魔事件よりも前から知っていたんですか?」

「……・」


 ショウの質問に押し黙るコウタロウ。今までの鋭い眼光を光らせる訳ではなく、明らかに額が汗ばみバツの悪そうな表情を浮かべる。


「……」

「あ、あの……」

「……」

「話しにくければ話さなくて……」

「負けたんだよ……」

「え?」

「負けたんだよ。あのチビに、喧嘩で……」

「……」


 その言葉で何となく全てを察してしまった。


「聞きたいか? 俺の転落人生を……」

「いえ、遠慮して……」

「あれは、俺がまだお前ぐらいの中坊だった頃……」

「あ、話すんだ……」


 コウタロウは勝手に語り出した。

 彼の暴走族発足の時や、武勇伝などどうでもいい内容も含まれている為割愛し、話の本筋から会話を始めることとする。


「そんな関東最強になった俺達、ママチャリ中学生暴走族集団神楽特攻隊は終焉を迎えることとなった」

「はぁ……」

「あれは、綺麗な満月の夜。ママチャリで俺達の島(町)をブイブイ言わせていた時だ。月光を背にした胴着姿の水瀬エリがいたんだ」


 そこまで聞いて、結果は何となく予想が付く。


「アイツは近所迷惑だから夜に騒ぐなと、わざわざ注意してきたんだ。当時俺は中坊だったとはいえ、小坊のチビを完全に舐めきっていた。しゃしゃり出てきた水瀬エリに世間の荒波を教えてやろうとしたんだ……」

「……逆に教えられたんですね?」

「……」


 あまりの情けない話に、返す言葉のでない。

 コウタロウは遠い目をして立ち上がる。


「それから小学生に負けるチンピラの汚名を付けられた俺は、周りから笑い物になったさ。もちろん神楽特攻組は解散。仲間のほとんどは、水瀬エリの通っている道場に入門し、俺に着いてくる奴なんて誰もいなくなった。だが、俺は気づいたんだ……」

「気づいた?」

「ああ……それは真の強さって奴だ」


 コウタロウは自身の右手の手の平を見つめる。


「俺は負けた後、考えたんだ。何で負けたのかをな」


 彼は右手を握る。


「アイツは……小学生とは思えない目をしていた。力に奢らない正義の目だ」

「正義の……目、ですか」

「ああ……アイツの目から俺の本能はビンビンに感じ取りやがったんだ。負けた後、今まで俺は井の中の蛙だったことを思い知り、己を鍛える為に筋トレを始めたんだ」

「そ、そうだったんですか……すみません。うちの妹が……」

「うるせぇ! 謝るんじゃねぇ! 寧ろ俺はアイツに感謝してんだぞゴラァ!」


 唾を吐き捨て、鋭い眼光をショウに向ける。


「俺が真の強さを手に入れる為の切っ掛けをアイツはくれたんだ! だから俺は感謝してるし、水瀬エリがあんな事件のクソ野郎に負けたのが悔しくてならねぇんだよ!」


 そういうと、コウタロウは草むらから出る。


「オラ! 奴らの気配もなくなったし行くぞ!」


 そう言って彼は歩き出す。

 ショウも、コウタロウのことや知らなかったエリの姿をしれて、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。



♣♣



 コウタロウを先頭に、彼等が身を隠しながら夢から出口を探す。公園の外には見えない壁が張られており外へ出ることが出来なかった。コウタロウが上野公園の地理を把握しているようで一通り巡っていくが、それらしい所が見当たらない。


「クソ! 出口が見当たらねぇじゃねぇか!」

「……」


 ショウは光の扉のことをコウタロウには言わなかった。見つかった所で、カイトの時の同様扉をくぐれない可能性がある。今のショウは光の扉ではなく、コウタロウが夢から覚める方法がないかを模索していた。


「ああん?」

「痛ッ!」


 先頭を歩いていたコウタロウが急に止まり、ショウは彼の背に頭をぶつける。鼻を押さえて前を確認するショウだが、そこは特に特徴もない公園の一角だった。


「どうしたんですか?」

「……ここは」

「え? ここがどうかしたんですか?」

「……ここが、事件があった場所だ」

「え……それって……」


 コウタロウの言葉にショウが驚いている最中だった――



『アーッハッハッハッハ! ソウ! 俺ガ、オ前ニ捕マッタ所ダヨ!』



 高笑いが公園に響き渡った。


「この声は!?」

「ッチ!!」


 二人が身構えると、地面から球体状の黒いモヤが一つ現れる。バスケットボール程の大きさのそれは、真ん中に赤く光る点を生み出しユラユラと揺らめいた。


「な、何だコイツ!?」


 コウタロウが黒いモヤに木刀を構えると、黒いモヤはフルフルと振るえる。


『悲シイナァ……俺ノコトヲ忘レチャウナンエテ泣イチャイソウ』

「ああ? 猫が吐いた毛玉みてぇな知り合いはいねぇぞ」

「南方……」


 メンチを切っていたコウタロウだが、ショウの言葉にハッと気づく。


「おい水瀬……今お前なんて……」

「南方ダイチですよ……上野公園通り魔事件の犯人……」

「アーッヒャッヒャー! 大正解ダ! サスガ水瀬ショウ君! 俺トハ通ズルモノガアルナ!」


 黒いモヤの南方は更に空へと浮かび上がる。


『前置キハコレクライニシテ、ソレジャアサッソク死ンデ貰オウカ!』

「テメェ! まさかあの時、俺が取り押さえたクソ野郎か!?」

『……アア、何カト思ッタラアノ時俺ノ邪魔ヲシタリーゼントノガキカ……』

「テメェに付けられた腹の傷! 忘れたなんて言わせねぇぞゴラァ!」

『アー、忘レナイ忘レナイ。萎ビタフランスパンミタイナダサイ髪型、忘レラレル訳ガナイダロ? ブハッハッハッハッハ!!』

「テメェ……俺のソウルをよくも……」


 顔から湯気が出るのではないかと思わせる程真っ赤にするコウタロウ。それを後目に、ショウは南方を指さす。


「南方! さっきは、よくも……もう、僕は能力が使えるようになった。現実世界の時みたいにやられたりしないぞ!」

『イヤ~参ッタナ~マタ負ケチャウヨ~。ショウ君ハ強イカラ勝テナイヨ~』


 表情は見えないが半笑いのオドケた声音を出す。その声にコウタロウが反応する。


「ふざけんてんじゃねぇぞオラァ! 捻り潰してやるからとっとと降りてこい!」

『マアマア、ソウ焦ルナヨ。今回モ、ショウ君ノ対策ヲシタ敵ヲ用意シテ来タンダカラサ』

「何がこようとも、僕は貴方に負けたりなんかしない!」

『ハタシテ、ソウカナ?』


 今までにない程落ち着いた反応を見せる南方に、更に緊張を高めるショウ。すると、南方の浮かんでいる下から二体の黒い人型の陰が現れる。


「ああ? 何だ? さっきまでの黒い雑魚じゃねぇか?」

『コイツ等ガ君達ノ遊ビ相手サ』

「はぁ? テメェ俺達を舐めて……」


 コウタロウが話している途中、黒い影はウジのように体を細かく蠢かし、徐々に形と色が付き始める。徐々に徐々に形が形成され、二人の人物に姿を変化させていく。


「……え」


 形を変えていく影を見て、ショウは凍り付く。

 黒い影だった物達は、形成が整うと同時に口を開いた。


「なんだ……ここは……ショウ!? ショウじゃないか!?」

「……ショウ!? それにアナタ!? ここはいったい何処……エリは!? エリは何処!?」


 陰達は、自分達を確認しながらも近くに居たショウの安否を気遣う。そして……彼等の手には、工具用の斧とノコギリが握り迫られていた。

 その容姿や様子を見たショウとコウタロウは困惑する。


「お、おい……コイツ等もしかして……」

「……父さん? ……母さん? そんな……何で……」


 浮かんでいた南方は空中で二つに分裂し、ショウの両親二人に向かって落ちる。すると彼等に吸収されるように溶けて消えていった。


「な、何だ!? 腕が勝手に!?」


 すると、斧を持っていたショウの父が持っていた斧を振り上げショウに駆け向かっていく。


「と、父さん!?」

「や、止めろおお!? ショウ!! 避けるんだ!!」


 父の叫びをとっさに聞き入れショウは飛び退く。父は息子の居た地面に突き立てる程の力で斧を振りかざす。


「アナタ!? 何てこと……いや、なに!? う、腕が勝手に!?」


 口を押さえる母だったが突然彼女も持っていたノコギリを振りかざし、コウタロウめがけて振り下ろしに行く。


「い、いやああああああああああ!?」

「な!? く、クソが!!」


 不意な動きに動揺しながらも、ノコギリを木刀で受け止めるコウタロウ。母を恐怖で涙ぐみながら首を横に振る。


「ち、違うの……これは……腕が勝手に……」

「父さん! 母さん!」

「ショウ! 逃げなさい! 父さんと母さんから早く!!」


 皆が混乱する中、再び南方の声が響きわたる。


『ヒャーッハッハッハッハ!! サア、ショウ君! 今回ハドウスルヨ! イツモノパワーデコイツ等ヲ捻リ潰シテ見セロヨ! フヒャーッハー!』

「南方……お前……」


 ショウは、今までにない程の怒りが込み上げ始めた。

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