第13話 三人称のウィールチェア

「終わったぜ! ショーンの兄貴!」

「あ、カイト君おかえり」

「なあなあ、見てたかよ! さっきめちゃめちゃ強そうなモンスター出てきて一撃じゃ倒せなかったけど、なんとか一人で倒したんだぜ!」

「そ、そっか。ごめん凄すぎて見てなかったよ」

「ええー!? マジかよ見ろし! でも、結構な数のモンスターを倒したから俺かなりレベルアップしてるんじゃないかな?」

「レベルアップ?」

「そう! こういうゲームみたいな世界って、敵を倒すと経験値が入る! ああああ! 何でこの世界はステータスが見られないんだよ! もしかしたら99レベルとかでカンストしてるかもしれねぇし! そしたら意味ねぇよ!」


 これはゲームの世界ではなく、夢の世界だからだよ。と、心の中で呟くショーンであった。


「そう言えばショーンの兄貴、ウサギと何話してたんだよ……なんか画面がウサギの顔になってるけど!?」


 ウサテレを見たカイトは驚愕する。彼が言った通り、ウサテレの画面がいつも通りの顔文字になっていたのであった。


「(・×・)」

「ま、まあ、ちょっと事故があってね……」

「事故?」

「ははは……」


 首を傾げるカイトに、ショーンは笑って誤魔化す。すると、ようやく映像が映し出された。


「おう! 待たせたなジャップボーイ!」


 画面には、頭がさらにボサボサで埃まみれになったデーブの顔がデカデカと映し出される。


「ぶははははは! 何か変なデブが……ムグッ!?」


 画面を指さして笑うカイトの口を無理矢理押さえるショーン。


「あ? 今このクソガキ、俺のことデブって……」

「い、言ってませんよ! や、やだなあブラウンさん! ははは!」


 血管を浮き上がらせかけたデーブをショーンは必死に宥める。


「……ふぅ。まあいい、それじゃあジャップボーイ。話をする前に少しばっかり条件があるんだ」


 正気に戻ったデーブから話を持ちかけらていく。


「条件ですか?」

「ああ、凄く簡単だ。俺様達に今後協力してほしいんだよ」


 思ってもいなかった言葉に、ショーンは驚き聞き直した。


「協力? 協力って貴方達にですか?」

「そうだぜ! ジャップボーイは俺様程じゃないが戦闘力はある。主に俺様達のサポートと情報提供をしてほしいのさ! そうすれば俺様達も話せる範囲で情報提供してやるってことさ!」

「交渉……ですか」


 デーブの提案にショーンは少し考え込む。

 彼の表情を見て、デーブはニヤリと口元を歪める。


「どうだ? 悪い話じゃないはずだ。俺様達もお前も、水瀬エリを助けたい。互いの情報を知りたい。今まであやふやだったが、これからはお互いの目的と利害が一致した関係となる。どうだ? パーフェクトな提案だろ!」

「……」


 何か釈然としないのだが、ショーンが突っ込める部分が今のところ見つからない。更にデーブは付け加える。


「分かる! お前の考えてることはよーく分かるぞジャップボーイ。お前は俺様達のことを得体の知れないサイエンス集団ぐらいに思って信用はしていないんだろ?」

「まあ……あながち間違えではありませんけど」

「なら、お互い割り切った関係にしようぜってことさ。これはビジネス。利害のある関係って方がまだ信用出来るだろうってこった。それともジャップボーイは、この奇想天外な夢世界を一人で乗り切ろうとするチャレンジャーなのかどうかだ。ん?」


 ショーンはしばらく考えるが、反論するところが特に無いので頷くことにした。

 それを確認したデーブは、画面の中でガッツポーズを見せる。


「ウェーイ! 見たかよミス・ユリエ! これが俺様のネトゲーでつちかった巧妙な話術よ! ジャップボーイとの連携が取れるようになったのは俺様の功績だぜ!」

「はいはい分かったわ。ちゃんと私から補足を付け加えるわね」


 喜ぶデーブを押しのけ、今度は呆れ顔のユリエが現れる。そして画面越しにショーン達へ語りかけてくる。


「水瀬君。まずは協力関係を結んでくれてありがとう。今まで貴方には不信感を抱かせていたかもしれないわね。今更になるけど謝るわ。ごめんなさい」

「い、いえ、不信感という程のものでは……」

「いいえ、私が答えを急ぎすぎていたところがあるのよ。水瀬君の配慮していなかったのは事実」


 頭を深く下げるユリエに、ショーンは戸惑う。更に彼女は続ける。


「今まで私が一方的に聞いて、貴方からの質問には答えないってパターンが多かったわね。私達の所有する機密情報に触れる内容が多かったからなのだけど……だからこれからは、貴方自身も答えたくないことを聞かれたら無理して答えなくていいからね? それだけは言っておく」

「……また急に優しくなりましたね。どういう風の吹き回しですか?」

「答えたくないというのも、答えの一つとして解釈している節はある。でも、一番は今までの自分の行いを反省しているのよ。エリちゃんの病気を解明したいという思いは本当だから。それは信じてほしい」


 テレビ越しにいるユリエの真剣な表情に、ショーンはまたしても溜め息が漏れた。


「……わかりました。改めて言いますけど僕も貴方達に協力しますし情報提供もします。その代わり僕の質問にもある程度は答えて下さいね」

「ええ、分かったわ。もう黙っていたりしない。機密に触れる時は話せないとちゃんと言うわね」


 それも困るのだけれどなとショーンが漏らすと、今まで口を塞がれていたカイトが彼の腕を振り払う。


「ってことはさ! このウサギも俺達の仲間になるってことか?」

「おうよジャップキッズ! せいぜいチビらない程度にな! 俺様の足だけは引っ張るなよ! ハッハッハ!」

「うるせえよ! お前だって、さっき俺の最強チート魔法に巻き込まれそうになってたんだぞ! パソコンばっかりやってないで、ちゃんと運動しろよこのデブ……ムグッ!?」


 カイトの言葉を遮るように、ショーンは彼の口をまた押さえた。


「……今、このクソキッズ……俺様のことをデブって……」

「い、言ってません言ってませんよブラウンさん! そんなことより、さっきの続きを話して下さい。ファーストとかセカンドの意味を教えて下さいよ!」

「そ、そうよね! さあ、早く話しましょブラウン!」


 ショーンとユリエに急かされたデーブは、渋々話し始めた。





「ファースト、セカンド、サード。この三つの意味は、俺様達が簡易的に夢の構成要素を指し示した略称の言葉だ。略さず言ったらFirst personファース・パーソンSecond personセカンド・パーソンThird personサード・パーソンって意味だ」

「英語か! 俺、全然わかんねぇや!」

「えっと……一人称とかって意味でしたっけ?」


 子供等の反応に、オーケーオーケーと余裕を見せるデーブ。


「意味はあってるぜ。一人称、二人称、三人称って意味さ。これは夢を見ている本人から見た夢の構成を表しているのさ……つまり現状で説明するならば、水瀬エリが見ている夢の物質区分を表しているんだよ」

「エリちゃんの夢の構成要素か……」

「それじゃあ、一から順に説明していくぜ」


 まず、デーブは指を一本立てる。


First personファース・パーソン、一人称だ。これは言葉の意味通り、夢を見ている本人自身の意味を指す。俺様達の研究結果によると大概の場合、夢を見ている本人自身は俺様達からでも見えるように可視化されるんだ。今回も水瀬エリが俺様達からも観測できているからな」

「まとめると、ファーストって意味は本人ってこと。今回の本人ファーストはエリちゃんのことを指しているということですね」

「ああ、そうだ! そして、この世界の最重要要素でもある。コイツが傷つきでもしたら現実世界の本人に何が起こるか分からない」

「え!? ほ、本当ですか!? やっぱりこんな所で立ち話をしている場合じゃ……」

「大丈夫だ。それも計画した上でこの場でお前と話しているんだぜ。安心して情報を聞いてな」

「い、いやでも、エリちゃんは今さらわれて……」

「だから大丈夫! 本人ファーストの様態はこっちで管理できているんだ。それとも、この話はここで終わりにしておくか?」

「……」


 ショーンは押し黙る。それを見たデーブは頷き、次に二本目の指を立てた。


「次はSecond personセカンド・パーソン、二人称だ。これは本人が作り出した夢の物質を指し示す言葉として使ってる」

「どういう意味だよおっさん」


 口をポカンと開いたカイトに、デーブは反応する。


「おっさんじゃねぇ! デーブ様だ! いいか、この夢の中に作り出された物質全てだ。そこらへんに生えてる草や木、転がってる石っころ、そこら辺にいたモンスターやその他生き物。本人ファーストが作り出した夢の物質のことだ」


 先ほどのゴブリンや城、城下町、はたまた前の夢の密林や恐竜達も、元を辿ればエリが作り出した夢の物体である。それを改めて感じ取ったショーンは頷く。


「前にここがエリちゃんの夢の世界だって言っていましたね。つまりこの世界そのものが貴方達の言うセカンド……夢物質であるってことで良いでしょうか?」

「おう! そういうことさ! かなり大雑把な括りにしてあるけどな。何分この夢物質セカンドはほとんど解明できていないんだ。だからこれに関しては全て憶測とかでしか説明できない。だから今回は割愛するぞ」


 そして、デーブが三本目の指を立てる。


「それじゃあこれが最後の要素Third personサード・パーソン、三人称。俺様達のことだ」

「僕達?」

「俺達?」


 少年達は首を傾げる。


「ああ、ドリーム・コネクターの研究を進めている中で俺様達、主に俺様が見つけた要素の一つだ。なんと夢の中に他人の意識が入り込むことを発見したのさ!」

「……それって!」


 ショーンが話そうとした時、先ほどからデーブの隣で黙っていたユリエが前に出てくる。


「ここからは私が話して良いかしら? 水瀬君が前に言っていたわよね? 確か……シンクロニティだったかしら?」

「は、はい! 他の人と同じ夢を見た現象のことです! 何か大きな意味があるって奴です」

「大きな意味……本当にそうかどうか分からないけど、この部外者サードの出没現象は、他数人の被害者の実験でも確認しているわ。そして、夢の中に部外者サードが登場する条件としてある共通点があることが分かっているの」

「条件……ですか?」


 彼の返事にユリエは頷く。


「精神的な疲労や負荷に対して、他者の力を無意識に借りたいと願うことによって、願われた者の意識がそのまま夢の中で具現化するのよ」

「えっと……ようするに、辛くて助けに来てほしいと願った時、夢の中に願われた本人が呼び出されるってことですか?」


 それを横で聞いていたデーブは笑い出す。


「ああ、そうなんだ! もはやオカルトじみている話なんだが、これが何十回かの実験において高確率で発生した事象なんだぜ。被験者の夢に出てきた部外者サード本人にインタビューしてみたら、多少曖昧ながらも同じ夢を見たって意見が多数結果として出ているんだ。確定していないが、俺様達の予想ではこの現象事態人間の第六感に関連する言わば本能の一部ではないかって推測しているんだぜ」


 説明を変わるように、次はユリエが話を繋ぐ。


「ええそうね、このドリーム・コネクターって技術で、今まで表に出てこなかった人間の隠された能力の片鱗と可能性を発見することが出来たのはかなり凄いことよ。だからこの弱小研究チームが学会から注目され初め、資金提供されている大きな要因ね。この技術の前任者は本当に凄いわ……」

「……そのドリーム・コネクターっていうのは、貴方達が作ったんですよね?」

「ええ……まあ、大本の技術はこの研究施設の前の人、キャメル・マヒルダ博士が残していった物よ。それを応用して作り直したのが夢と電子を繋ぐこのドリーム・コネクターってわけ」


 ユリエの説明に、デーブが異議を申し立てる。


「ちょっと待ってくれよミス・ユリエ! マヒルダ博士の技術なんて、あのオンボロパソコンに入っていたほんのちょびっとの破損データだぜ! それをここまで実用的に発展させたのは、この天才エンジニアであり、FPSランカーで最高にクールなデーブ様なんだぜ! そんな他人のパクリをしたみたいな言い方はしゃくに障るぜ!」

「はいはい分かったわよ。でも、全てが私達の技術ではないのは確か。これを人類の平和の為にと作ったマヒルダ博士の意志を私は受け継ぎたいと思っているわ。それが科学者として、責任者としての私の意志よ」


 つい、二人で話し込んでしまったことに気づいたユリエは、無言で見つめていた少年達に気づき、慌てて体制を元に戻す。


「ごめんなさい、話が脱線したわね。とにかく、部外者サードって物質もまだ完璧には解明されていないの。だから貴方達から少しで情報がほしい訳なのよ。これで、一通りファーストからサードまでの話は終わったかしら?」

「はいはい! 質問!」


 ユリエが話し終わると、突然カイトが手を上げる。


「何かしら、カイト君?」

「話の内容、さっぱり分かんないんだけどさ。要するに俺やショーンの兄貴は、助けを求めてる水瀬に呼ばれてこの世界に転生してきたってことなんだよな?」

「転生? ……えっと、言葉はたぶん違うと思うけど強ち間違ってはいないわ。ええ、たぶん今までのパターン通りだとその通りよ」


 そう聞くと、カイトの目がどことなく輝く。


「そっか……水瀬が助けてほしいって思ってるのか~なら仕方ねぇな!」


 嬉しそうに大きな鼻息を飛ばし、くるりと彼は魔王城に体を向ける。


「よっしゃ! それじゃあ、とっとと王女様を救いに行こうぜ野郎共!」

「な、なんか嬉しそうねカイト君……いきなりどうしたの?」


 戸惑うユリエに、ショーンは微笑ましそう彼のことを遠い目で見つめる。


「カイト君は、どうやら現実世界でエリちゃんのことが気になっているみたいでして……」

「あら、そうだったの! それじゃあ頑張んないとねカイト君! 応援してるわ!」

「は、はぁ!? な、なな、何言ってんだよお前等! べ、別にあんな奴気になってねぇし!」


 顔を赤くして怒鳴り散らすカイトは、再び魔王城へ向き直る。


「ア、アイツは……俺の大切な唯一の親友なんだ……だから……」

「……カイト君?」

「何でもねぇ! さっさと着いて来ねえと置いていくからな!」


 そのままズンズンと歩いていくカイト。ショーンとウサテレは顔を見合わせ、彼の後を追っていく。

 そんな中で、デーブがニヤツきながら口笛を鳴らす。


「ったく、キッズの癖していっちょ前に発情しやがって! 最近のクソガキはマセてやがるぜ! ハッハー!」

「うるせえよ! 童貞デブ!」

「はぁああああ!? 今聞こえたぞ! デブって! しかも童貞って! 許さねえぞゴラァ! 俺様の繊細な部分に触れちまったテメェは即消滅デストロイだゴラァ! マジでブッ殺してやらあ!!」


 騒ぎながらも彼等一行は、魔王城へと歩みを進めるのであった。



♠♠



「ようやく、ここまで着いたね」


 時間が飛んで、現在魔王城の最上階にある魔王の玉座のある部屋の前に二人と一羽が居る。

 ここまでの道のり、幾多もの過酷な試練を皆の力を合わせ(主にカイトの能力を使い、後ろでショーン達は傍観していた)ようやく魔王サウスの居る玉座の間へとたどり着いたのだ。


「準備は良いかクソキッズ? ションベンは出してきたか? 好きな子の前で漏らすんじゃねぞ? 漏らしたら爆笑してやるぜ」

「うるせ! 漏らさねぇよ! お前こそ人の心配してないで糖……」


 カイトがデーブに何かを言い続けようとした時、ユリエが言葉を遮った。


「さ、さあ! 皆早く入りましょ! エリちゃんが心配よ!」

「おう、そうだな! 待ってろ水瀬!」

「じゃ、じゃあ開けるよ!」


 皆の支度が調った所で、ショーンは両開きの扉をゆっくり開いた。

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