第8話 殲滅のシャインウォール

 画面内の女性がこちらを見たところで、モエカが自身の顎に手を当てる。


「ところで何だ? この頭にテレビを付けたウサギは? いや、テレビからウサギの体と耳が生えているのか?」


 モエカがウサギの耳を軽く摘み上げると、画面内の女性が答えた。


「この子は夢探査機ゆめたんさくき、探査機の本体はこのブラウン管みたいな四角い箱の部分で、歩行形状がウサギに似せてプログラムされているから我々はそのまま、ウサギ歩行・テレビジョン型・ビーコン、略称でウサテレと呼んでいるわ」


 彼女が話を言い終わると、ウサギは前足を上げて挨拶をするような動作を見せた。


「ちょ、ちょっと可愛いな」


 少し頬を赤らめるモエカ。それに対して女性は「ありがとう」と言葉を返す。続けて女性は咳払いしつつ女性はモエカに訪ねる。


「えっと、貴方とは初めて合うわね。たぶん部外者サード……夢に紛れ込んでしまった人ね。貴方の名前を教えてはもらえないかしら?」

「あ、ああ、清白モエカだ」

「清白モエカ……分かったわ、ありがとう」

「……貴方の名前も教えて頂けないだろうか?」


 今度はモエカが女性に聞き返す。すると女性は「失礼したわ」と謝り、答えを返してくれた。


「改めて自己紹介すると、私の名前は杉宮すぎみやユリエ。日本人よ。詳しい場所とか諸事情で言えないけど、私は夢を研究している研究員の一人」

「夢の……研究?」


 ショウが話に食いつくと、ユリエ研究員は一つ頷いた。


「そう、夢って言うのは寝ている時に見る夢の事よ。言わば大脳の情報整理時に起こる記憶の整理から生まれる記憶同士が繋がった継ぎ接ぎの仮想的映像。心の映像とも言える物かしらね」

「えーっと……それつまり……」


 ショウ達がユリエの話に対して考え込んでいると、彼女は慌てたような素振りを見せる。


「ごめんなさい。ここで夢の定義を話しても仕方ないわね。簡単に言うと、貴方達は今眠っているのよ。そして、皆同じ夢を見ているの……ある人物の夢をここにいる皆がね」

「皆が同じ夢を……それって、シンクロニティ!?」

「「シンクロニティ?」」


 ショウの発言に、ユリエとモエカが同時に聞き返した。


「僕はこの前、貴方達と黒竜の夢を見た後、エリちゃんと夢について話したんです。話した結果、内容が似通った部分が多く、気になってあの夢について調べていた時に、このシンクロニティという単語を見つけました。意味のある偶然の一致という意味です。やっぱり、この夢って何か特別な……」

「ちょっと待って! 今、エリちゃんと話をしたって言ったの?」


 彼が話し終わる前にユリエは質問する。それに対してショウは驚きつつ返答する。


「え? は、はい言いましたけど……」

「何処で話したの? どこで、どうやって?」


 質問の意図が分からないが、彼は素直に答える。


「あの夢の後、僕は家のベッドの上で起きました。昼ちょっと前まで寝ていたと思います。起きて昼食を食べていたら妹のエリちゃんが昔のゲームをやっていたので、何となく訪ねた所、あの黒竜の夢について聞きました。こんな感じです」

「……ということは、そこは深層心理の」

「はい?」

「……何でもないわ。ごめんなさい、こちらの話よ」


 ユリエは何かを誤魔化すように笑みを作る。

 そうしていると、今度はモエカが質問した。


「杉宮さんでよろしいですか?」

「ユリエで良いわ。そっちの方が呼ばれ馴れてるから」

「それじゃあ、ユリエさん。さっき、ある人物の夢を我々全員は見ていると言いましよね? それはいったいどういう意味ですか?」


 モエカの質問にユリエは少し考え込むが、しっかりと答える。


「ここは……そこにいる……水瀬エリちゃんが見ている夢の中よ」

「「え?」」


 今度はショウとモエカが驚き、エリへと視線を集中させる。エリは黙ってウサテレへと視線を向けていた。

 ユリエは話を続ける。


「これ以上の詳しいことは、彼女のプライバシーと情報漏洩を防ぐ為に部外者サードの……ごめんなさい、一般人だと思われる貴方達には話せない」

「エリの夢の中に呼ばれた……私が……エリ、そうなのか?」

「……」


 モエカの問いにエリは何も答えず、俯いて黙りこんでしまう。しばらくの沈黙の後、ショウはユリエに尋ねた。


「答えられる範囲で構いません。貴方達は何故ここがエリちゃんの夢だと分かるんですか? どうやって、貴方達や僕達はエリちゃんの夢の中に? 貴方達はいったい何者何ですか?」

「それは……」


 彼の質問責めにユリエが悩んでいると、ウサテレの画面の右側から例のポッチャリした白人男デーブが髪を爆発させて現れる。


「それはだなジャップボーイ! 俺様達は脳の最先端技術を進むスーパーサイエンティストチーム! プロジェクト・ドリーム・コネクション!」


 デーブは、その場で片足を軸に巨体を華麗に一回転させポーズを決める。


「通称! ドリーム・コネクターズだぜ! ハッハー!」

「ちょ、ちょっと! ブラウン! 貴方邪魔よ」


 ユリエは無理矢理画面から外に飛ばされ、文句を垂れるがデーブは無視する。


「脳味噌の小さいチルドレン達にも分かりやすく説明してやろう! この天才エンジニアの俺様! デーブ・ブラウンが開発した人の夢を覗く装置、ドリーム・コネクターによって人の夢に干渉する方法を得た! それはどういうことかというと人間の深層心理を覗くことの出きる可能性……つまり人の心の解明が現実のものとなったのさ!」

「こらブラウン! 勝手にこちらの情報を流すのは止めなさい!」


 どうやら、白衣の二人を映しているカメラをデーブが持ち去っているらしい。ウサテレの画面にはデーブの顔がドアップに映され、彼の後ろではチラチラとカメラを奪い返そうとするユリエの姿が映し出されていた。

 ゴダゴダしつつ、デーブ言葉にモエカが反応する。


「おお! なんだかよく分からないが、人の夢を見る事が出来るなんて凄そうだな!」

「凄そうじゃなくて凄いんだぜ! ビッグバストガール」

「ビッグバスト……なっ!?」


 すぐさま胸を隠し、顔を赤らめるモエカ。

 デーブはその反応に高笑いをしていると、次はショウはエリの様子を見つつ反応した。

 エリは、ジッとウサテレに映し出されている画面を見つめている。


「貴方達は、そのドリーム・コネクターっていう機械を使ってエリちゃんの夢の中を覗いているという事ですか?」

「イエスだ! 俺様は仕事で開発そして管理を任されているが、こっちのミス・ユリエは人類の発展と研究の為にな! リトルジャップガールは、いわゆる被験体ってわけさ!」

「いったいどうやってそんなことをやっているんです? どういう理屈で? 貴方達は何処に居るんですか? まさか、僕達の家に夜な夜な忍び込んで……」

「家? 何を言ってるんだ? 直接……」

「そこまでよブラウン!」


 ようやくカメラを奪い返したらしく、画面が揺れ動きつつデーブが離れていく。


「ブラウン! 貴方、分かっているの!? これは遊びじゃないのよ!」

「ミス・ユリエ、別に良いじゃねぇか。相手は夢に紛れ込んで来た、ただのクソガキ共だろ! 変に情報を隠したって、変に勘ぐられて邪魔されるのが目に見えてる」

「それにしたって話し過ぎよ。我々は、支援を受けてる身であることを改めて認識しなさい。たとえ、無害そうな部外者サードだとしても、この場にいる本人ファーストに、何らかの影響を与える可能性もあるのよ。事実、さっきの南方ダイチみたいな部外者サードの件もあるし……それに、もしかしたらこの子達も重要な夢物質セカンドの可能性も……」

「ハッハッハ! ひでぇなミス・ユリエ! まあ、俺も正直そうだと思ってるよ。そう考えれば理屈も噛み合うしな!」

「笑っている場合ではないわ。本当にそうかどうかは、これから……」





 画面内の二人は言い争いを始めており、ウサギの体についたテレビを子供達は黙って見ていた。


「おーい……ダメだ聞いていないみたいだ。何やら、あちらも大変みたいだな」

「まだ、いろいろ聞きたいことが沢山あったんですけどね……どうして僕達がエリちゃんの夢に集められているのかとか、この黒い包帯のこととか……」


 自身の右手に巻かれた黒い包帯を眺めるショウ。そして、そこに浮かび上がる[剛腕]という漢字。その能力。

 全てが謎のままである。


「お兄……モエカさん」


 ショウとモエカが話し合っていると、エリが声を掛けた。

 二人が振り向くと、エリの後ろ姿がすぐそこにある。


「どうしたエリ?」

「あのキモイ奴がいない」


 キモイ奴と言われ、何のことだか分からず硬直してしまう。だが、気持ち悪いことで思い当たるのは、最近事象だとあの黒い皮膚の人面恐竜しか――


「あの黒い恐竜の死体がない!?」


 ショウは驚き辺りを伺っても、どこにもあの大きな図体の恐竜が見当たらなかった。


「どこに行ったんだ? もしかして、倒されて消えたのか? ゲームみたいに?」

「……何か嫌な予感がする」


 モエカの顔は険しくなり、体を強ばらせる。

 その時だった。


「うわっ!?」


 ショウの小さな叫びと共、熱を帯びた光の壁が周囲を一気に遠くから押し寄せてくる。


「皆! 危ない!!」


 動けたのはモエカ一人だった。

 彼女は一番近くに居たエリを片腕で抱え、もう片腕でショウを庇う。ウサテレを二人抱えたまま何とか手で掴み上げ、岩の陰に隠れようとする。

 だが、それで難を逃れることは出来なかった。

 光の壁が物質に当たると、とてつもない力で押し壊せていく。木々は吹き飛び、草木消滅し、土をもえぐり粒子となって飛び散っていった。

 光は徐々にモエカ達へと押し寄せ、やがて――



「「うわああああああああああああああああ!!」」



 彼らを吹き飛ばした。



◇◇



「……ここは」


 ショウが起きあがると、空は黒い雲に覆われ、赤い光が地上から照らしていた。

 辺りを見渡すと草木がなくなり、代わりに黒いヒビ割れた大地と赤く脈打つ溶岩が吹き上がっていた。


「これは……いったい……」


 さらに周囲を見渡すと、近くにエリとウサテレの姿があった。


「二人とも!」

「うっ……うーん……」

「(・×・)」


 エリは、意識を取り戻し起きあがる。

 ウサテレからは、ブラウン管の角が欠けており応答がないものの、画面には時々ノイズとウサギの顔を模した顔文字が浮かび上がっていた。


「……お兄、モエカさんは?」

「分からない。いったい何処に……」


 兄妹二人で辺りを隈無くまなく見回すと、離れた所に誰かが横たわっていた。誰だかはすぐに分かった。


「「モエカさん!」」


 兄妹は、すぐに駆け出す。

 ウサテレを置き去りにしたことに気づき、エリは一度立ち止まって回収しに戻りショウの後を追った。


「モエカさん!」


 一足先にたどり着いたショウは、モエカを見下ろす。

 顔を含めた人身には火傷と木や石の破片で出来たであろう傷が、見るに堪えない程出来ていた。


「……ショウ、か?」


 何とか声を出す。

 だが、すぐに咳き込んでしまい長くは話せない。


「モエカさん! ど、どうすれば……とにかく応急手当を!」

「いや、いい……切り傷が多い程度だ。問題はない!」


 そう言うと、彼女はボロ雑巾のような体を無理矢理動かし、気力を振り絞って立ち上がる。


「そ、そんな!? 無理しちゃダメです! 僕がモエカさんを運びますから、動いては……」

「大丈夫、これぐらいで!」


 彼女の左腕に巻かれた黒い包帯が光り[剣心]の漢字を浮き上がらせる。すると日本刀が光と共に生み出さされ、モエカは松葉杖のように地面に突き刺してゆっくりと立ち上がった。


「モエカさん!」


 エリもウサテレを抱えて、ショウに追いつく。


「モエカさん酷い怪我……」

「エリ……心配するな」


 心配するエリの頭ゆっくり撫でるモエカ。

 痛みを堪え、息は荒いが何とか立ち上がることが出来る。


「僕の肩を貸します。ゆっくりで良いので僕にもたれ掛かって下さい。一緒にこの夢から抜ける扉を探しましょう」

「そんな……気を使うな」

「僕達はパートナー。忘れたんですか?」

「ショウ……ありがとう」


 モエカは口元が緩み、ショウの肩に腕を回す。ゆっくり前に進みつつ、不安そうにエリがショウに訪ねる。


「お兄……どうしてこんな状態に?」

「……分からない。さっきに光のせいでこうなった……あの光はいったい」


 二人は不安を抱えつつ前に進む。

 とにかく、この夢を終わらせなければと周りを見回していく。

 その時だった――



『オオ、以外トシブトイ奴ラダ。マダ、ウゴケルノカ!』



 耳障りな聞き覚えのある声が、二人の後ろから響いた。

 彼らがゆっくりと振り向くと、大きな人型のシルエットが見えた。

 10メートル程の高さの巨人が徐々に姿を現す。姿をあらわにした時、皆言葉を失った。

 胸の部分にはティラノサウルスの頭。

 右手にはトリケラトプスの頭。

 左にはブラキオサウルスの長い頭。

 頭、頭、頭……全てのパーツが、恐竜の頭によって構成され、それぞれの頭はまるで生きているかのように何かを探し求めて忙しなく動かしたり、瞬きしたりと蠢いていた。二足歩行の滑稽でいておぞましい巨人の頭には、案の定例の男の大きな頭が乗っかっていた。


『マァ、殺サナイ程度ノ爆発デ抑エタンダ。何デカ分カルカ?』


 小馬鹿にした顔で、表情を歪める男はそのまま体を威張るように仰け反らせる。


『コレカラ、オ前等ヲタップリト遊ビ殺スカラダヨ! フヒヒャッヒャヒャ!』


 男の高笑いと共に、恐竜の頭達が一斉に咆哮を上げた。さらに、胸部についたティラノサウルスの頭からは光の柱のような熱線が吐き出された。見るからにショウ達を襲った光その物だった。


「そんな……こんな所で」


 ショウは、体に力を込める。

 ここからが、本当の悪魔だと悟ったからだ。

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