名探偵リアルコナン

@kkb

第1話 プロローグ(1) タイムマシンの研究

「父は私たち子供にとっては、アーサー王の円卓の騎士物語に出てくる騎士道精神の権化でした」 ジーン・アネット・ドイル



 主要登場人物

 

 アーサー・コナン・ドイル 

開業医。ポーツマス・アソシェーション・フットボールクラブ、ポーツマス・クリケット・クラブ、サウスシー・ボウリング・クラブのメンバー。母方のコナン家は騎士の血を引く。タイムマシンで二十一世紀の日本に移動。都合上アーサー・エドワード・ホワイトを名乗る。


 トーマス・ヘンリー・ハクスリー 

生物学者。ダーウィンの犬と呼ばれる進化論支持者で、時間移動による進化論の証明を企てる。


 ハーバード・ジョージ・ウェルズ 

ハクスリーの教え子。後のSF作家。タイムマシンの実験台にされる。


 アーサー・エドワード・ホワイト 

ロンドンで出版社を経営する。ハクスリーの依頼でタイムマシンの探検家候補を探す。


 山下美鈴 

二年前、自宅の物置で死体となって発見される。現場は内側から施錠されていた。当時河西高校二年生。


 山下孝夫 

美鈴の父。事件の第一発見者。


 ウィリアム・アルバート・ランス

ドイルの友人で地方タレント。以前に北西高校と河西高校の二校で英語助手を勤める。


 斉藤昌喜 

北西高校推理小説研究会部員。ニックネームはアントニー・ギリンガムだがワトソン役。


 高井杏子 

同部員。昌喜のひとつ上の先輩


 柳沢智則 

北西高校英会話クラブ部長


 森脇悟   

北西高校推理小説研究会元部長


 桜田真弓 

地方紙記者


 速水誠   

昌喜の友人


 鳥居鉄雄

龍星会組員


 河上義男 

ホームレス。元プロボクサー。



 シャーロック・ホームズといえば、世界中にその名を知られた名探偵であることはいうまでもないが、その作者アーサー・コナン・ドイルも有名で、ビクトリア朝の大英帝国を代表する著名人の一人であることは、誰もが認めるはずである。


 鋭い観察眼の持ち主で、冷静沈着なホームズの作者なので、作者のドイルも似たようなタイプだと想像しがちであるが、ドイル本人は血気盛んで向こう見ずな人間だった。


 ホームズ同様六フィートを越える長身だが、スリムな体型のホームズに対し、作者のほうは筋肉隆々。体重は百キロを越えていて、胸囲は四十三インチあった。クリケット、サッカー、ラグビー、ホッケー、ボクシング、水泳、スキー、ボディビル、モーターサイクル、自動車レース、ライフル、フェンシング、 登山、ビリヤードとスポーツ万能。医学部に在籍したエジンバラ大学では、ラグビー部フォワードをつとめ、力は雄牛のように強かったという。   


 チャレンジ精神旺盛で、当時始まったばかりのモーターサイクルや自動車レースなどに積極的に参加した。一八九五年には、当時スキー未開の地だったスイスでスキーを行い、アルペンスキーの開拓者のひとりとなった。

 近代ボディビルの父、鉄人ユージン・サンドゥの指導を受け、共著も記す。その関係で、第一回世界ボディビルコンテストの特別審査員をつとめた。


 クリケットに関しては特に優れていて、ボウラー(投手)としてはハットトリック(三球で三人をアウト)を達成したり、バッツマン(打者)としても当時の一流投手に対して、最後までアウトにならなかった(not out)などの記録を残す。

 特に一九〇〇年八月、クリケット史に残る伝説的プレーヤー、クリケットの巨人ことW・G・グレースを三球でアウトにして、奪ウィケットという偉業を達成している。いかに才能があろうとも、これはアマチュアにとっては奇跡に近いことで、グレースとの一戦を勝利で飾ったことは、彼のスポーツ人生におけるクライマックスといえる。


 ホームズは護身術としてボクシングを習得していたが、ドイルもボクシングが無性に好きで、マイグラブを所有し、機会があれば誰にでも挑戦したという。実力もアマチュアとしては相当なもので、船医として乗り込んだ汽船では、船員達とボクシングを楽しんだ。数編のボクシング小説を執筆したのもうなずける。


 医学生時代には学費稼ぎのため、捕鯨船ホープ号の船医として、半年程度北極海の航海に出たところ、銛打ちとして大活躍。船長は、船医と銛打ちの二人分の給料を支払うから、次からも来てくれと頼んだが、ドイルは学業を理由に断った。北極海の寒さや、アザラシ狩りで海に落ちて死にそうになったことも、断った原因かもしれない。

 大学卒業後のアフリカ航路も、ワニ狩りをしたり、サメに食べられそうになったり(発作的に自ら飛びこんだ)、マラリアに感染もした。あげくのはてには燃料倉庫の火事で船が沈没しそうになるなど、北極海に劣らず大変だった。


 イギリスに戻ると知人の経営する医院で働くが、すぐに追い出される。それからポーツマスのサウスシーで診療所を開業するも、先の知人が資金を貸すと約束していたのに裏切られる。患者が少なく時間をもてあましていたのと、地元に顔を売るために、ボウリングやクリケットのチームに所属し、フットボール(サッカー)クラブ設立に携わった。チーム誕生後は、ゴールキーパーやデフェンダーとして活躍した。本人によると、フィールダーとしては敏捷性に欠けたが、遠くまで正確なキックをうてたという。


 活発なスポーツ活動とはうらはらに、患者の入りはおもわしくなく、生活のために自作小説を出版社に持ち込むようになった。それで出版されたものもあるが、あまり売れず、眼科専門医になろうとウィーンに渡り眼球の研究。その後ロンドンで眼科医として開業したものの、やはり患者が訪れず、小説の執筆を続けた。

 そして、シャーロック・ホームズシリーズが大ヒット。医業を廃し、作家活動に専念することができた。だが、本来書きたかった歴史・冒険小説に割くべき時間がなくなり、ついには超人気者となったホームズを抹殺しようと、ライヘンバッハの滝から転落させる次第なのは、ご存じの通り。


 そのホームズが初めて世に出たのが、一八八七年のクリスマス。それから八ヶ月後の一八八八年八月下旬。ドイル、二十九歳の夏の日の夕方。


 自らが創立したフットボールチームの練習中にもかかわらず、彼の頭の中は、先日出版関係者から聞かされた奇妙な話で一杯で、プレーに集中できなかった。


 それは、ロンドンにある中堅出版社での打ち合わせ中での出来事だった。

 小柄で痩せた身体にネズミを思わせる長い顔をした社長のホワイトは、以前に送った原稿を丁重に突き返しながら、

「歴史物としてはなかなか良い出来ですが、どうも今の読者に受けるには、もう少し娯楽性が必要ですな。たとえば歴史物語の主人公が、我々現代人であるなんて話はどうですか」と提案してきた。

「歴史考証には力をいれたつもりです。それを非現実敵な設定で台無しにするのは、どうも虫が好きません」

 とドイルが拒むと、ホワイトは、

「それが必ずしも非現実的とは言えないのですな。最新の研究によると、といってもまだ極秘事項ですが、実際に起こりうるらしいのです」

 と意味ありげに言う。

 そして、デスクの引きだしから一冊の薄い雑誌を取りだした。タイトルはサイエンス・スクールズ・ジャーナル。


「科学系の学芸誌というより、学生の同人誌ですが、その最新号の中に……」

 ホワイトは頁をめくった。

「これだ。クロニック・アルゴノーツ(邦題『時の探検家たち』)。短い話なので、この場で読んでみてください。詳しいことはその後で説明します」

 ドイルは雑誌を受け取り、相手の意図がわからぬまま、言われたとおり、短編小説に目を通した。


 読み終わると、

「時間旅行をテーマにした怪奇小説のようですが、これが何か?」

 と相手に聞いた。

 ドイルのファーストネームのアーサーは、イングランドの伝説のアーサー王にちなんだものだが、奇しくも彼とファーストネームが同じアーサー・エドワード・ホワイトは、真剣な表情になると、

「実は、この雑誌を作った学生達のいるロイヤルカレッジオブサイエンスに関して奇妙な噂があるんです。トーマス・ハクスリー卿のことは、当然ご存じですな」と切り出した。


 ハクスリーはダーウィンの番犬と称される熱烈な進化論支持者で、ダーウィン本人が議論を好まない性格なので、主に彼が反対者達との激しい論争を引き受けていた。

「ええ、もちろん。そのハクスリー教授が何か?」

「このところの進化論論争は終わる気配もありません。それで、ハクスリー卿を中心にした進化論賛同派の学者達は、それを証明する決定的な証拠を手に入れるため、ロイヤルカレッジオブサイエンスに集まり、ある機械を作り出した。

 その機械を使えば、数十万年前の古代のみならず、果てしない未来へも一瞬で移動できる。そこで過去や未来の生物を調査し、標本、写真などの証拠を持ち帰り、進化論を不動の定説にしようと企てている。この小説の作者ハーバード・G・ウェルズも、彼の教え子のひとり。機械の存在を知ったウェルズは、そのままを小説にできず、怪奇小説の体裁をとったらしいと。あくまで噂ですけどね」

「それが本当だとしたら、大変な発明ですね」

 いかにハクスリーが影響力を持っていようと、ドイルはホワイトの話を完全には信じることができない。


 ドイルの気持ちを察したのか、ホワイトは片目をつり上げ、口元に笑みを浮かべると、

「そこでドイル先生、それを調査して詳細を文章にするつもりはないでしょうか? 諸事情でそのまま発表できなければ、空想物語ということでもかまいません。噂が事実であろうとなかろうと、読者の興味を惹くことに違いはありませんからね。なにしろ、あのハクスリー卿のことですよ。何かあると私は思っています。もちろん、原稿料はそれなりに高額になると思ってください」


 診療所を開いた頃に比べて多少ましになったとはいえ、ドイルは経済的に困窮していた。そうした経済的理由よりも、依頼の内容自体が、持って生まれた冒険心をくすぐる。だが、事は慎重に進めたい。


「何故、それを私に?」

「別に足下をみてるわけじゃありません。先生はまだ若く、体力もある。それに向こう見ずな勇気。アフリカや北極での冒険談聞きましたよ。もちろんドクターとしての知識が役に立つのは言うまでもありません」

「少し考えさせてください。まだ現実のこととして受け止められない」

 それがドイルの返事だった。

 


「おい、キーパー。ボールが行ったぞ」

 味方選手の声が聞こえた。

 しまった! フットボールのゲーム中だった!


 敵ストライカーはミドルシュートを放ったが、ドイルは考え事に夢中で迫りくるボールを見逃していた。幸運にもボールはゴールポストに当たり、ゴールラインの外に出た。


「おい、キーパー。ゴールは休むところじゃないぞ」

 と、味方デフェンダーが怒鳴るので、惜しくもシュートを失敗した敵ストライカーがなだめた。

「そう怒るなよ。このドクターは、クリケットやボウリングでお疲れなんだ。本業の医者の仕事が暇だからできる芸当だな。まあ、この先生、ボクシングも強いから、君が本気で怒って喧嘩になっても、すぐにノックダウンされるけど」

 ドイルのミスにかっとなったデフェンダーも、巨漢キーパーの腕力の強さと、荷物の中に専用のボクシンググラブが入っていることを思い出し、

「ああ。でも殴られて怪我しても、この場ですぐに治してくださるから問題ない」

 と、笑顔を浮かべた。ドイルはバツの悪さを、

「怪我させた相手から診察料もらうわけにはいかないよ。だから、診療所の経営にはプラスにならない」

 と、ボールを地面に置きながらジョークでごまかした。


 得意のゴールキックを放つ。

 正確に遠くに蹴ることには自信があった。大きな放物線を描いて敵陣に飛んでいくボールを眺めながらも、彼の心には昨年のクリスマスにようやく出版にこぎつけた自著のことが浮かんでくるのだった。


 ――緋色の研究――


 ディケンズやポーの犯罪小説の形式を取り入れ、シャーロック・ホームズなる私立探偵の主人公が難事件を解決する物語だが、大して評判にならなかった。熱い血のたぎる騎士道物語にくらべ、知的な推理に主眼をおいた犯罪小説は、今の読者にとって退屈なのだろう。このジャンルは発展の余地があると睨んだのだが、やはり歴史小説や空想科学小説には遠く及ばないようだ。


 生活の足しにと始めた文筆家業も、何作か出版したもののあてにはできない。診療所のほうは、開院当初よりましにはなったものの、生活はきびしい。ホワイトの話は怪しくて信憑性がないが、確実に高報酬を得られるとなれば、引き受けたほうがいい。

 練習が終わり、診療所兼自宅に戻ると、ホワイトに仕事の依頼を受ける旨の手紙を書いた。


 九月に入ると返事の手紙が来た。それには具体的な内容が書いてあった。小説の作者ウェルズと面会する約束をとりつけたので、指定の日時にサウスケンジントンにあるロイヤルカレッジオブサイエンスを訪れること。そこでハクスリー教授を紹介してもらえる手はずになっている。機械を見つけられるかどうかは、ドイルの腕次第だということ。


 しかし、機械を見つけた後はどうするのか。彼自身が実験台になって、それが本当に作動するか調べるのか。未来や過去に行くことは、アフリカや北極海より危険だ。ホワイトはそこまで要求していない。問題は彼自身の冒険心を抑えることができるかどうかだ。


 妻ルイーズには本当のことが言えなかった。そのため訪問日の前日の夕食時になって始めて、彼女にロンドン行きを告げた。

「急で悪いんだが、明日ロンドンに向かう。出版関係者に会う必要ができた」

「診療所はまたお休みですか」

 彼女は、夫が出版社に行くたびに診療所を閉めるので、もう慣れっこになっていた。

「数少ない患者さんには悪いと思う。しかし今度の仕事は高報酬が期待できるんだ」

「それはうれしいです。もし、本当でしたら……」


 翌朝、旅行鞄片手にエルムグローブ沿いの自宅を出た。最寄りの駅から鉄道でロンドンへ向かう。ロンドン駅から地下鉄を利用しサウス・ケンジントン駅で降りる。目的地はそこから近くだ。

 現在のインペリアル・カレッジの前身であるロイヤルカレッジオブサイエンスに着くと、ほとんど待たされることなくH・G・ウェルズに出会えた。

 まだ二十二、三の若者だったが、後にSFの父と呼ばれる想像力はかいまみれた。

 後にこの二人は、ピーターパンの作者ジェームズ・バリーが創設したアマチュアクリケットチーム「ALLAHAKBARRIES」で、ブラウン神父シリーズの作者G・K・チェスタトン、泥棒紳士ラッフルズの作者ホーナング、名探偵アントニー・ギリンガムの活躍する「赤い館の秘密」の作者ミルンらとともに、一緒にプレーすることになるのだが、まだ先のお話。


 ウェルズと最近の空想科学小説の傾向について立ち話をしていると、高齢の紳士が近づいてきた。ウェルズの師トーマス・ヘンリー・ハクスリー卿である。

 爵位を受けるほどの高名な生物学者で、進化論を人間とサルの骨格などから立証しようとした。好戦的で論争好きで有名。ドイル本人も、学生時代に彼の思想である不可知論――神の存在を人間が認識することはできないとするため、神を否定も肯定もしない――から大きな影響を受けていた。


 ウェルズの紹介で挨拶を終えると、還暦をすぎた高名な学者は、二人をある部屋に連れていこうとする。ドアには立ち入り禁止とあるが、教授は臆することなく開けた。

 その部屋はある一点を除けば、棚にフラスコやビーカーが並んでいるだけの、なんの変哲もない実験室だった。


「ここに来られた目的はあれじゃろう」

 教授の視点の先、部屋の隅には謎の装置があった。

 四フィート四方ほどの正方形の金属板を四本の支柱が取り囲み、支柱の先には丸いランプのようなものがついている。すぐ横には操作盤と思われる機械があり、ケーブルで金属板につながっている。

「タイムマシンと呼んでおるが、時間移動装置のことじゃ。正確には時空移動装置と呼ぶべきだな。なかなか革新的なマシンじゃが、どうも使い勝手が悪くてな」


 何故、教授は彼の真の目的まで知っているのか。ホワイトは、ウェルズに空想科学小説の話をしに行くとだけ連絡したはずなのに。

「我が国の科学技術の輝かしい成果として、いずれ一般にも公表するつもりだが、わざわざお越しいただいたドクター・ドイルには、先にお目にかけても悪くはないと思ってな。残念なことに、まだ完全なものとはいいがたいが」

 教授は、秘密を知られることを拒むどころか、むしろ積極的に研究の成果を明かそうとしているようだ。

「やはり、ホワイト氏の言っていた噂は本当でしたか。この装置、素人目にも大変素晴らしいものに見えますが、完全でないとおっしゃいますのは?」

「動作実験は成功だった。問題は移動先の指定だが、今のところ少々やっかいでな」


 ドイルは操作盤を見た。目盛りの刻まれたレバーが十六本も並んでいる。

「それで、行き先を細かく指定できるのでは?」

「たしかに君の言うように、その操作盤にある十六個のレバーを動かすことで、行き先の時間と場所を細かく指定できる。右の四つは移動先の時間。次の四つは滞在時間。四つの内訳は左にいくに従って細かい調整となる。わかりやすく言うと年、日、分、秒のようなものじゃ。次の四つは緯度。残りの四つは経度」

「それで完璧では」

「機能上はそれでいいんだが、実用上問題がある。つまり、レバーの横に目盛りがついておるが、残念ながらどの位置がどの時代、どの場所なのかがわからない。

 滞在時間だけはもう何十回も調べたので正確に指定できる。移動時間の一番左のレバーをごくわずかだけ先に進めて、移動場所を動かさない。つまりこの場所で、ほんのわずか先の時間に現れるのを待てばいいからリスクはない。それだけでは使いものにならないから、移動先の場所と移動先の時間を、繰り返し実験して詳しく調べる必要がある」


「そういうことでしたか。で、現状ではどの程度調べたんですか?」

「本格的には、まだ一度実験しただけじゃ。ごらんの通り小さな装置で、同時に移動できるのは一人か二人。見知らぬ時代の見知らぬ場所に行くには、危険が伴う。たとえば戦場だったり、海の上かもしれんし。

 それでこの若造に、この間我々のアイデアを盗用して、くだらん小説を書きよった罰として、実験台になってもらった」

 ウェルズはばつが悪そうだ。

「あの件に関しては申し訳なく思っています。ただ、僕も研究内容を公表するつもりは、毛頭ありませんでした。あえて怪奇小説にしたのはそのためです。それに、実験台になるという過酷な役目を果たしたんですから、もう充分罪は償ったのではないでしょうか」


 ドイルは、驚いてウェルズを見つめた。

「すでにあなたは、我々と異なった時代へ行かれたんですか?」

 若者は、傍らの棚においてある壺を指さした。

「あれが土産です」

 それは、高さ二フィートほどの東洋のものと思われる陶磁器で、表面に植物の絵が描いてある。


「中にはプラムを乾燥させた保存食が入っておる。ウェルズ君が試してみたが、二度とごめんだそうだ。まだ、かなり残っておるから、ドクターもおひとつどうかな」

 と教授がいった。

 普通なら断るのだろうが、生来の冒険好きが災いし、

「未来の保存食でしょうか。おもしろそうですね」

 と答えてしまったので、一粒食すはめになった。

 ドイルは、赤くしなびたプラムを手にとって、おそるおそる口に運んだ。最初は少ししょっぱい程度だ。それが一口噛んでみると、

「畜生! なんて味だ。こんなものを食べる人間がいるとは信じられない」

 と叫んで、すぐに吐きだしてしまった。


「失礼」

「いや、バーバリアン(野蛮人)の食べるものだから、我々文明人の口にあわなくて当然だ。ウェルズ君も短い滞在時間の中で、よくこんな貴重なものを持ち帰ったと褒めてやりたいが、なにしろ着いた先が物置の中で、そこでぐずぐずしているうちに時間切れで、慌ててそこに置いてあった壺を持って戻って来ただけではな。せめてどこの国か、いつの時代かくらいは調べて欲しかった」

「それについては運が悪かったとしか言えません。その運も僕自身が装置を設定したんですから、多少の責任はありますけど。それでも、行き先を適当にレバーをいじって決めるなど、暗闇を目隠しして歩くより不確かなものです」

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