第18話 寝床

「それでさ、そいつなんて言ったと思う?

 そのとき『道がわかりません』つったんだよ!

 な! な! 面白いだろ! な!」


男の話はつまらなかった。

なんかもう内容を省略したくなるほどつまらなかった。

話に付き合わされていた後輩は苦笑い。


タチ悪いのは、話が下手くそな先輩のくせに

やたらと人に話を語って聞かせたがる。もはや公害。


「そうだ! この話、野球部のあいつには話してない!

 ちょっと行ってくる!!」


先輩は嬉しそうに駆け出した。

これはまずいと後輩はすぐさま野球部の知り合いに電話。


『もしもし!? 今、どこにいる!?』


『どこって……部室だけど?』


『今先輩が来るから! 隠れたほうがいい!

 話に付き合わされると地獄だぞ!!』


電話が終わると、ちょうど先輩が部室にやってきた。

でも狙っていた獲物……ではなく、聞き手はいない。


「なぁ、佐藤はどこにいった?」


「佐藤は……その……体調悪くて早退しました」


「そうか、残念だなぁ」


先輩はしかたなく部室を出る。

それを確認した佐藤は、知り合い全員に「先輩注意報」を連絡した。


そんなことはつゆしらず、先輩は知り合いを訪ねまくった。


「この俺のほとばしる熱いパトスを聞かせたい!!」


けれど、先輩の行き先には誰もいなかった。

みんな根回しして避難していた。


「あいつなら、今日は葬式で……」

「そうか、なら仕方ないな」


「そいつならがん治療で……」

「そうだったの!?」


「三島なら昨日死にました」

「もうそれ理由にムリあるだろ!?」


結局、誰も話を聞いてくれない。


言い訳のムリ加減で感づいてほしいものだが、

この先輩は自分の話術を少しも疑わなかった。


「こんなに楽しい話を聴けないなんてかわいそうだなぁ」


なんなら、話を聞けない不幸を心配していた。



そんな余計な親切心から、

先輩の「独演会」が開催されることになった。

なぜかお座敷で。


「レディースあーーんどジェントルメーーン!

 みんな、俺の独演会へようこそ!

 今日は語って、語って、語りまくるからな!!」


「「「 おぉーー…… 」」」


客席から発せられる"早く帰りたいオーラ"は届かない。

もはやジャイアンリサイタル。

この先輩はことに周りに目が届かない。



「さぁ、それじゃあ、話を始めるぞ!

 みんないっぱい楽しんで帰ってくれ!」


先輩の語りがはじまった。

その退屈さたるや、開始数秒で眠りの底へと叩き込む。


客席に座る後輩たちは頭をがくんとうつむけ、

誰もがうつらうつらと居眠りし始める。


 ・

 ・

 ・


「……というわけだったんだよ!」


話がひとくぎりつくと、先輩は座敷を見てがくぜんとした。

みんな畳の上で寝転んで、眠りこけている。


「おおおおい!! なんだよ!! 話聞いてなかったのか!!

 こんなにもたくさん面白い話をしたのに!!」


でも、そんな中ひとりだけ正座を保っていた後輩を見つけた。

さらに涙まで流してくれている。


「おお! お前は起きてくれていたんだな!

 で、どの話に感動したんだ!?

 犬の話か!? おじいちゃんの話か!? 教えてくれ!」


先輩が聞くと、後輩は泣きながら答えた。



「みんなが先に眠っちゃって……。

 僕の寝るスペースがなかったんです」

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