第10話 死神

「ああ、金がない。なんで金がないんだ」


男はギャンブルですった帰りに

苛立ちまぎれにつぶやいた。


「きっと俺には貧乏神でも憑いているんだろうか。

 ……いや、違うな。きっと死神でも憑いているんだ。

 それしか考えれない。俺の運の悪さはそれくらいだ」




『ほぅ、見えるのか?』



「うわっ!」


思わず腰を抜かした。

黒装束を身にまとった髑髏が目の前に現れた。

それが一瞬で死神だとわかった。


『お前はずいぶんと不幸だと思っているようだ。

 だったら医者になればいい』


「……医者?」


『これからお前に2つの呪文を教えてやる。

 1つ目は死神が見えるようになる呪文。

 そして2つ目は……』


死神は髑髏をにいとゆがませた。


『死神を追っ払う呪文さ』


 ・

 ・

 ・


「とはいったものの、死神が見えて

 それを追っ払えてなんで医者なんだ……」


男が家に帰っていると、その途中で救急車を見かけた。

そして、救急車の止まっている家に向かう死神の姿を。


「あれは……死神!?」


慌てて家に駆けこむと、病人の足元に死神が立っていた。

男は死神の説明をふと思い出した。


"枕元に死神が立っていると、そいつは死ぬ。

足元に死神が立っていても、そいつは死ぬ。


 ……だが、足元にいる死神のみ呪文追い払える"



「やってみよう」


男が呪文を唱えると、死神は一瞬で消えてしまった。


「ありがとうございます!

 本当にありがとうございます!」


病人の親らしい人はおおいに感謝した。

助けた人が名の知れた令嬢だと知ったのは後になってからだった。




「聞いたか!? 不治の病を治したそうだ!」


男の噂はあっという間に駆け巡った。

令嬢の認知度あってこそだった。


男はさっそく医者に転職した。


もちろん、医療なんてできないが

足元に立つ死神を追い払えば、さも治したように見える。


たちまち名医として名をはせることに成功した。


「うはははは! 金だ金だぁ!

 医者ってのはまったく最高だぜぇ!」


男は稼いだお金で大好きなギャンブルに全投資。

けれど、ギャンブル運に関してはまるでなかった。


大量に稼いだ金も、すぐに溶けてなくなってしまった。


「まーー大丈夫だろ。

 また病人を追い払えば、いくらでも稼げる。

 病人なんて履いて捨てるほどいるんだからな」


男はさして心配していなかった。



「先生! お願いします!」

「先生! こっちで急患です!」

「先生! 手術おねがいします!」


「はいはい、まかせて……あれ!?」


死神が立っているのは……枕元。

また枕元、ふたたび枕元、枕元ばかりだった。

呪文を唱えたところで意味はなく、死神は命を刈り取っていく。


名医と評判だったはずの男も、

度重なる失敗ですっかり元の極貧生活に逆戻りしてしまった。


「くそぉ! これじゃあ、何のために稼いだんだ!」


男は悔しくて情けなくなった。

そこに一本の電話が入った。


『先生! 急患です! お願いします!』


住所を聞いて驚いた。

そこは近所でも有名な大富豪の家。


もし、うまいこと助ければどれだけの感謝がもらえるのか。


「足元に死神がいますように……。

 足元に死神がいますように……」


男は祈りながら豪邸に向かった。

そして病人を見ると……



枕元。



「うっ……!」


死神は枕元に立っていた。


「先生、どうなんですか? 治るんですか?」


すがるような眼を男に向けてくる。

追い詰められた男は、ふと思いついた。


「布団を回転させてください。

 枕元に、足元が来るように回すんです」


「え、ええ? なんでそんなことを……」


「いいから早く!

 死神が居眠りしてる今しかないんだ!」


家族は男の言いつけ通り、布団を回転させた。

居眠りしていた死神が目を覚ますと、そこは病人の足元。


男が呪文を唱えると、死神はどこかに消えた。


「治りました! もう大丈夫です!」


「先生、ありがとうございます!

 これはほんの気持ちです! 受け取って下さい!」


男の目論見通り、家族は大金を渡してくれた。



えびす顔で嬉しそうに男は家に帰る。

そして、ふたたびあの死神と出会った。


『やあ、久しぶりだなぁ。

 どうやら稼いでいるじゃないか』


「あ……し、死神……」


『死神を騙すなんていい度胸じゃないか。

 おかげでこっちはつじつま合わせに、てんてこ舞いだ』


死神は黒装束を広げて、男を包み込んだ。




男が目を開けると、いくつものろうそくが揺らめく洞窟。


「こ、ここは……」


『命の洞窟だ。ここにあるロウソクはすべて人の命。

 その火のかげりを見て、死神は人のもとへ赴くのだ』


「お、俺のろうそくは……!?

 俺のろうそくはどれなんだ!?」


『……すでに持っているじゃないか』


男の手には、短く今にも消えそうなろうそくがあった。


「なんで俺のろうそくだけこんなに短いんだよ!?

 まだ30歳だぞ! おっ……おかしいだろ!」


『あのろうそくを見てみろ』


死神が示した先のろうそくには、

別のろうそくから継ぎ足された跡があった。


『死神を騙して命を救ったぶん

 お前の命からつじつまを合わせてもらったのさ……』


男の足はがくがくと震え冷汗がつたう。



「あ、ああ……火が……俺の火が消える……」

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