照れ隠しと思ってもいいですか

「それじゃあ隣の席の人とペアを組んでミカとテッドの台詞を音読してください」

英語の授業中、そんな指示が出た。

おれの隣の席はいない。今日は風邪で休みらしいことを噂で聞いたような気がしたりしなかったり。

ちらっといいんちょうに視線を向けると、一人でうつむいている。

隣の席の人は後ろの人と喋っている。

ちょっとばかりかっこをつけてもいいだろうか。

立ち上がっていいんちょうに声をかける。

英語教師が近づいてくるが知ったことじゃない。

「今日、おれの隣の席の人休みなんで、代わりにすずりさんとペア組みますね」

それだけ言っていいんちょうをおれの隣の席に座らせる。

いいんちょうにめちゃくちゃ睨まれた。

「どういうつもり」

「いい機会だなーって」

「なにが」

「クラス内にいいんちょうの味方がいるんですよっていうアピールするのに」

思いっきり舌打ちされた。

まったくかわいくないいいんちょうだ。

それとも照れ隠しかなにかだろうか。

「そういうことされると迷惑なんだけど」

「そう?」

「あっちの方でくすくすひそひそやってるの聞こえるでしょ」

「ぷーくすし返してやれば?」

「今じゃないもの」

そういえば今朝そんなこと言ってたっけ。どこかでやり返してやるのだと。

でもそういうおもしろそうなことにはおれも加担したいじゃん。

そのためには仲良くしておきたいし。

たとえ今はいいんちょうにとって、おれは憂さ晴らしの手段のひとつでしかなかったとしてもだ。

あれーー、おれこんなに自虐的だったかな。

なんていうか発想がすごくMっぽい。

「ま、それはさておき音読だ」

「以外に真面目なんだね新崎君」

「先生めっちゃ見てるからね。いいんちょうも真面目なふりしておいた方が得でしょ」

それもそうね、といいんちょうは音読を始める。

いいんちょうの英語は癖がなくて聞きやすかった。

まあつまり日本語英語って感じなんだけど。高校生が授業でやる英語なんてそんなもんなんだろう。


授業が終わっていいんちょうは自席に戻っていった。

せっかくだから今日一日隣にいてくれればよかったのに。

そんなことを考えていると、クラスメイトだと思われる男の子が話しかけてきた。

「なあ、新崎と硯ってつきあってんの?」

「いいや」

「じゃあさっきなんでいちゃいちゃしてたわけ?」

「してたかな?」

「してただろ。恥ずかしくないのかよ」

こいつらなにが言いたいのかなあ。羨ましかったんだろうか。

「恥ずかしいのはお前だろうが。なーに寿直に絡んでんだよ」

男の子の後ろからけいすけが声をかけてきた。

ものすごい機嫌が悪そうだ。

なにか嫌なことでもあったのかな。

「別に絡んでないだろ。ちょっと忠告してやろうと思っただけで」

「忠告? なに、もしかして寿直と硯さんが仲いいのやっかんでんの?」

「は!? んなわけねえだろ、誰があんな根暗女!!」

「はいそこまでー」

立ち上がって男の子と視線を合わせる。

彼はいやーな顔をして黙った。

「寿直?」

「いいんちょうの悪口言うなら表出ろ? 机に叩きこまれたくないだろ?」

渾身の笑顔でそう言うと彼はイラッとした顔をした。

それはつまり答えは是ということか。

彼の肩をつかむ。

力を入れる。

顔が歪む。

「おい、寿直、やめとけ」

「なんでーー?」

「教師呼ばれると面倒だろうが」

「それもそっか」

肩を離した。男の子は思いっきり舌打ちしてどかどかと去っていく。

まったく、嫌な奴だ。

「で、彼は誰?」

「同じクラスだろうが。名前は……なんだっけ」

「けいすけも知らないんじゃん」

2人で笑ってるとなおやがやってきた。

保守派のなおやのことだから、騒ぎが落ち着くまで待っていたんだろう。

それでいい。なおやまで口を突っ込んでいたら騒ぎが大きくなって本当に教師を呼ばれてしまう。

そのことでいいんちょうに迷惑はかけたくなかった。

「寿直も啓介も元気だよな」

「おい俺を含むな」

「朝一で嘉木さんと昇降口で騒いだの噂になってるけど」

「う」

「寿直もほどほどにしときなよ」

「はーーい」

放課後きっといいんちょうからは怒られるんだろう。

だとしても言い返さないわけにはいかなかった。

そういう意地もあるってことで。

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