3センチ
放課後に廊下で啓介の愚痴を聞いていた。
どうやらまた嘉木さんに絡まれた挙句に嘉木さんからお詫びの品として渡されたアイスを寿直経由で食べてしまったらしい。
啓介の警戒しすぎな気もするし、寿直が適当な気もするし。
でも俺もそのアイス食べちゃったんだよなあ。
「なおやーアイスあるよー」
なんて寿直がいつもの間延びした感じで言ってきたから普通に受け取っちゃって。
まあ、普通の女子高校生が市販のアイスになにか仕込むとは考えづらいから気にしないことにしよう。
そんなことを考えている間にも啓介はつらつらと嘉木さんに対する不満を述べている。
そろそろ部活に行きたいんだけどな。
「啓介、俺部活に」
「あーー、先輩!!」
そのかわいらしい声に振り向くと、そこにはあの子がいた。
「先輩、なに油売ってるんですか。部活始まりますよ」
もう、と頬を膨らまして俺を見上げるその子は相内京子ちゃん。
陸上部のマネージャーをやってる1年生だ。
いや本当にかわいいな。天使かなにかだろうか。たてまつった方がいいかもしれん。
「直哉、顔緩みすぎ」
「うるさいぞ啓介。お前にこの良さはわからんよなあ」
「わからんよ。こんな媚媚系」
「ぶん殴るぞ」
京子ちゃんのどこが媚びているというのだ。
素直な可愛らしさであふれているだけだ。啓介の目は曇りすぎててなんでも歪んで見えちゃうんだな。かわいそうに。
「先輩、そちらは?」
「ただのモブAだから京子ちゃんは気にしなくていいぞ」
「誰がモブだよ」
「お前だよ」
呆れ切った顔の啓介を視界に入れないようにしつつ、さりげなく京子ちゃんの視界にも入れないようにする。
こいつの毒で京子ちゃんが汚されるといかんからな。
「んんん? でもその方見たことありますね。えーっと……あ、藤崎先輩のお友達ですね?」
「そういや冬弥も陸上部だっけ」
まさかそんなところで繋がるとは。
そう言えば啓介と冬弥はたまに一緒に昼飯食べてるからそれを見かけたのだろう。
ていうか京子ちゃんはこいつに興味持ちすぎじゃないか?
いやーな予感が脳をよぎるが、まさかねーと打ち払う。
「で、なんか俺に用事?」
「いえ、なんの用事もないです。校内に知り合いが多い方が優位に立てるかなって思っただけですので。
そういうわけで相内京子です。よろしくお願いします。啓介先輩」
「よろしくねえよ。心の声ダダ漏れじゃねえか。
あと名前で呼ぶな、ささーーーあ、いやそれでいい」
笹井先輩と呼べと、そう言いたかったんだろう。
でも止めた。そうだよな。祥子先輩とかぶっちゃって、自ら弟であることを主張するようなもんだ。
そんなの啓介は嫌だろ。
啓介が京子ちゃんに『啓介先輩』と呼ばれるのは非常に釈然としないが仕方ない。
そんなことより今はこの場を終了させるのだ。
「そろそろ部活行くぞ。またな、啓介」
「おう、頑張れ」
「お疲れ様です、啓介先輩」
「はいはい」
「京子ちゃんはさー、啓介が」
「祥子先輩の弟さんってことですか?」
「そうそれ。だから声かけたの?」
「いいえまさかー。マネージャーとして祥子先輩と仲良くさせていただいているのに、ご家族に声をかける必要なんてないですよ」
それは良かった。
友達として、啓介が誰かに利用されるようなことはさせたくなかった。
でもじゃあ、なんで。
「たいした理由なんかないですよ。強いて言うなら、ほら、啓介先輩ってイケメンじゃないですか。
だからちょこっと粉掛けといただけです」
「え、マジで」
「えへへ、どうでしょうね」
待て、それはちっともよくない。
京子ちゃんの好みはああいう機嫌の悪い毒吐き男なのか?
いやいやいや、それは駄目だろう。
「先輩、顔が引きつってますよ」
「そりゃ引きつるよ」
決めた。今後は極力、京子ちゃんの視界に啓介を入れないようにしよう。
あんなのは駄目だ。
むしろ俺じゃなきゃ駄目だ。
さて、どうやって啓介を陸上部に近づけないようにしたものか。
なんだか胃が痛くなりそうな悩みだった。
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