スケッチブックに描くもの

日向ナツ

第1話 桜舞い散る

 入学式でも桜はまだ七分咲きほどだった。


 今日やっと桜が満開みたい。朝の苦手な私も新しい学校へは早目に行く。今日は風が強いみたいで、さっきから桜が舞い散っている。もったいないなあ、桜。せっかくの満開も、このあたたかさと強風であっという間に散ってしまう。でも、桜は儚いから美しいのか。今日のこの桜、最高だな。

 私は一瞬の桜の美しさを楽しんでいた。綺麗だなあと。と、また強い風が吹いた。髪を抑えながら、舞い散る桜を見ると、ん? 一人の少年がテニスコートから出てくる。制服姿にテニスラケットのケースを背負っている。

 まだ部活ははじまったばかりで、少年は一年生に見えた。なんでラケット持ってるんだろう? 小柄な二年生かな? 彼はさっさと校舎に向かって行く。

 私は彼から目が離せなくなった。でも、彼は足早にどこかへ去って行ってしまった。

 あー、もー。何年生かもわからなくなった。

 でも、ただ一つ手がかりがある。テニス部だ。男子テニス部はマネージャーを認めていなかったはず。変わってるな、と唯一マネージャーを認めていなかった部活だったので覚えていた。

 できる方法は、あと一つ。入ってて良かった。



 昼休み私は職員室へ。

 部活の顧問のところに行き、交渉。あっさり許可を貰った。いざ男子テニス部顧問と思いきや、顧問同士の『いいですよね?』『いつでもどうぞ』という軽い会話で終わった。

 気合い入れて行ったんだけど、肩透かし食らった。まあ、いいや。上手くいったし。



 待ちに待った放課後になり、部室へ道具を取りに行き、テニスコートを目指す。


「あ、あれ?」


 彼はテニスコートにいなかった。ジャージ姿の一年生も二年生、三年生もみんな準備運動してる。キョロキョロ見回していると後ろから声をかけられた。


「おい、部外者は立ち入り禁止だ」


 振り向くとガタイもいい背の高い、多分三年生だろうテニスのユニフォームを着ている人がいた。


「あ、あの池本先生には許可をもらってます」


 怖そうなんで、スケッチブックを目の前に見せる。そう、私はテニス部の絵を描くという理由でここに来た美術部員だ。せっかく来たのに彼がいないなんて。


「また……聞いてないが、仕方ない。怪我をされたら迷惑だ。おい! そこの一年!」


 と、一年呼びつけてるしこの態度、間違いなく部長だな。なにやらベンチを指差し指示をしてる。

 この部長だな、マネージャーを拒否したの。一年も二年も部員が多い、全員コートに立てないから、レギュラーになれない人はマネージャー替りなんだろうな。


「おい、名前?」


 え!?私?


「小林です、小林凛」


「小林、危ないからあのベンチのネットの後ろにいろよ」


 と、さっさと部員の元へと行ってしまった。

 いい人なんだか横暴なんだか。




 うーん。やっぱり彼はいない。絵を描かないと苦情を言われそうなんで、描いてるけど全く力が入らない。

 でも、このネット、多分練習用なんだろうけど、何度もボールが飛んできた。そりゃあ、テニスコートはフェンスで囲ってあるもんね。中は危ない。しかも、私は絵を描いてるから、どうしても絵に集中するから、よけるのは到底無理だし、あの部長ナイスだね。



 さらっと描いて今日は帰ろうと思ってたけど、言い出せず最後まで残る羽目に。声かけづらいんだもん。

 明日からどうしよう。いいのが描けないとどこかで断るしかないか。それにしても、あの彼はどこいったの?

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