その6 鬼虎退魔陣

 大羅仙アサヒが召喚した輝機神ルマイナシング『ビャクライ』は、ただならぬ威圧感プレッシャーで辺り一帯の空間そのものを支配した。


 筋骨漲る金剛力士のような体躯は、白色の岩石のような質感だ。

 肩や腰を覆う鎧も純白だが、縁が黄色と橙色に染められている。


 カオは牙を剥く虎そのもの。四肢の末端に鋭く研ぎ澄まされた爪も相まって、容姿すがたを一言で表すなら『獣人』である。


 アサヒは胸部中央で輝く宝珠に吸い込まれ、内部に設けられた蓮華座に結跏趺坐けっかふざで据わった。


「久し振りに暴れよう、ビャクライ」


 ビャクライが右の拳に左掌を重ね、骨を鳴らすような動作をとる。

 黄金色に煌く双眸が見据えるのは、キハヤトゥーマを取り囲むゴーレム群。


 おもむろな佇まいから一転、ビャクライは足元の岩肌に右手の爪を勢いよく突き立てた!


電蛇爪デンジャークロー!」


 地面を切り裂き五本の溝が奔る。ゴーレムどもの足元に奔る!

 刻まれたレールに、青白い閃光が走る。ゴーレムどもを焼く電撃が走る!


 電爪五閃。直撃したゴーレムが数体、黒ずんだ土塊つちくれと化し崩れ去った。


 キハヤトゥーマは跳躍、崩れた包囲網から脱出しビャクライの隣に着地した。


「お前も輝機神ルマイナシングを使うのか」

輝機神ルマイナシング――一応、ね。キハヤトゥーマはまだエネルギー切れじゃなさそうだね。ビャクライと“競争”してみる?」

「競争?」

「どっちがこいつらを沢山倒せるか」

「――やろう」


 キハヤトゥーマ、鬼のおもてで十の眼がらんと輝く。

 鬼面に変じたハーフオーガは、笑っているらしかった。


 かくして黒鬼、白虎は左右二手に。



 左翼のキハヤトゥーマに手近な五体のゴーレムが迫る。地盤を揺らし駆ける巨体が、石柱の片腕を振り上げ次々と打ち下ろす。

 鬼は左右にたいを振るジンガのステップで、大雑把な巨人の打撃を捌く。

 宙を切った巨腕が一つ、二つ、三つ……五つと地面に叩きつけられたところで、黒鬼は既に一体のゴーレムに肉迫していた。


 鬼輝機神キハヤトゥーマの体躯が捻り矯められる。


「シュ!」


 その場で黒い旋風が真円を描き。

 獄速の蹴りがゴーレムの胴を両断した。

 腰から上半身が転げ落ちる。その向こうで、残った4体の岩巨人が愚直に突進してくる。


 キハヤトゥーマの迅脚が地を蹴った。

 漆黒の装甲に包まれた鬼のからだが、前方宙返りぜんちゅうと同時に蹴りを見舞う!


 先の蹴りが旋風なら、今度の蹴りは突風だ。

 凄まじい破壊力を秘めた胴回し蹴りは、列に並んで突っ込んできたゴーレム四体をまとめて粉砕!


 続いて、奥に控えたゴーレムに踏み込むと、岩巨人は両腕で頭部をかばうようにして身構える。

 群体集合の魔者マーラにも、キハヤトゥーマの蹴りを警戒するだけの知性はあったのだ。


「今更クソみてぇな守りしやがって! けるンだよッ!」


 防御ガード不可!盾と構えた腕を意に介さず、円弧を描いたキハヤトゥーマの踵はゴーレムの側頭部を吹き飛ばした。

 蹴り抜きの勢いそのままに、鬼は跳ぶ。十の眼が光線レーザー探査スキャンで着地点に定めるは、ひしめくゴーレムどもの頭上である。


 ゴーレムの脳天にキハヤトゥーマの左足がめり込む。

 巨大な岩の頭を踏み台にして、黒鬼は跳躍!


 別のゴーレムの脳天にキハヤトゥーマの右脚がめり込む。

 巨大な岩の頭を踏み台にして、黒鬼は更に跳躍!


 跳躍、粉砕、跳躍、粉砕――キハヤトゥーマが宙を駆けるたび、ゴーレムが崩れ落ちる。

 さながら飛び石を渡るように。群れる岩石巨人の頭を次々と踏み砕く黒蹴鬼は、最後に残った一体の頭部を両脚で挟み込んだ。


「オラァーッ!」


 気合と共に空中で全身を後方に反らす。


 神速の蹴りや連続跳躍をやってのける20メートルの巨鬼。

 その体躯が具えるすべての動力ちからを注ぎ込めば、互角以上の質量を持つゴーレムの巨体とて持ち上がる。


 足先でゴーレムの頭部をがっちりとホールドしたまま、キハヤトゥーマは後方心身宙返りの体勢。


 フランケンシュタイナーである!


 一瞬にして天地をひっくり返されたゴーレムは、一切の受け身も許されず岩肌の大地マットに頭から沈められた。



 ビャクライは鋭い爪を貫き手に揃え、ひたりと構える。


 右翼のゴーレム群とビャクライとの距離、歩数にして十二ほど。


 白虎獣人が右の足を音も無く滑らせると――先頭のゴーレムの喉笛に手刀を突き立てていた。

 貌のない巨人共は一瞬うろたえた素振りをみせるが、すぐに群体判断でビャクライを包囲。


 ゴーレム達が岩腕を縦横に振るい、突いてくる。

 拳の奇跡が網目のように獣人を捕らえ、叩き潰さんと迫る!


 取り囲みゴーレム達が、一連の袋叩き動作を終えた。

 突ッ立つの巨体に阻まれ、外側からはビャクライの姿を確認することができない。


 そして、棒立ちになったゴーレム達の関節が次々と離れ、岩で形作られた胴体が分解していく。

 後にただ一人立っていたのは、一本貫き手の指先に紫電を纏わせたビャクライである。


你們巳経死了これでおしまい


 ゴーレムの岩石体を繋ぎ合せていたスライムを、精霊力アウラの電撃で直接焼き切ったのだ。

 瞬く間に十を超えるゴーレムを土塊に還し。

 ビャクライの内部で搭乗導師ナビゲーターをするアサヒには、キハヤトゥーマの戦いぶりを眺める余裕すらあった。


「彼の戦い方は派手だねえ」


 ちょうど、キハヤトゥーマがゴーレム相手にフランケンシュタイナーを決めたところを見て、アサヒは「おぉー」と歓声をあげる。


「よし、やってみよう、ビャクライ」


 アサヒの飄々とした呼びかけに応え、ビャクライの双眸が赤く輝く。

 唸り声こそ上げないものの、虎面の牙を剥き、闘志を燃やしている。


 のゴーレムが一体、ビャクライに突進してきた。巨獣人は腰を落として両脚に力を矯め、跳躍。


 岩石巨人の首にビャクライの両脚が絡みつく。

 キハヤトゥーマは対手と向かい合う格好であったが、ビャクライは肩車に似た体勢である。

 ゴーレムの頭上に胡坐をかいているようにも見える状態だ。岩の巨人はビャクライを引き剥がそうともがくが、虎人の足の爪は頭部にしっかりと食い込んでいる。


 獣人ぴたりと静止する様、決定けつじょうが如し。

 然る後、極めたゴーレムの頭部を中心に、ビャクライの坐身がぐるりと一回転!


 胴体から捻じ切れたところで、ようやくゴーレム頭部は解放され。

 ビャクライは岩石の巨体から飛び降り、20メートル弱の巨体を音も無く着地させた。


――息つく間もなく、地面が沸き立つ。


 大地の精霊力アウラを喰い、急速な魔細胞分裂で群体を再生させたスライムが、またもゴーレムの大群を構築したのだ。


 だが、振り出しに戻された戦場を前にしても、大羅仙アサヒは一向に動じない。


「ビャクライ。やっぱりコイツら、にするしか無いや」


 言って、結跏趺坐を解いたアサヒはコクピットの蓮華に立つ。

 するとコクピットの床と壁から透明な結晶が螺旋状に伸び来たり、アサヒの四肢を固定――接続。

 輝機神ビャクライと大羅仙アサヒは一体化したのだ!


「冥土の土産だ。その魂に焼き付けろ!」


――臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前――


 アサヒの動きそのままに、ビャクライの両手が九つの印を結ぶ。


 そして、激震。


 震えるのは大地ではない。

 いななくのは山ではない。


 空間そのものが、渦巻き、うねり、廻り始めた!


「見よ! 地獄の鬼も震え慄く、黄金の牙――土竜砕刃ドリルセイバー!!」


 ビャクライが見据える正面の空間が、歪む。


「なんだ!? ビャクライの周りが、何やらぞ!」

「熱で景色が歪んで……いや、そんな生易しいものじゃありませんね! あれは、世界そのものを歪めているかのような……!」


<<ビャクライの前方空間が急速に歪曲しています。高度な空間制御を実行していると推測します>>


 そうとも、これはアサヒが念じ支配した空間だ! あらゆるものを破壊する、巨大な螺旋の刃だ!

 触れた光すら消し飛ばす故に、暗黒の楔とも形容できる螺旋空間。


 目の当たりにしてもなお、思惟すらあたわぬ光景である。タメエモンも、タエルも――更にはキハヤも、息を呑んだ。

 三人の男達だけではない。クァズーレにあっては“超常”の代名詞たる天資シングの女神さえも、いま観測している『輝機神ロボット』が引き起こす現象に“驚愕”の感情を想起したのだ。


<<殖種帰化船団サクセッサーの所属機体に該当データ無し――大日天鎧わたしがアクセスできない機密情報シークレットなんて、存在するの……?>>


 見守る者達の疑問に答える代わり、白き獣人が両手を突き出す。


 破と滅を導くドリルが前進し、切っ先を向けた者どもを慈悲なき虚空の彼方へと連れ去ってゆく。

 輝機神ルマイナシングの全長を軽々と覆う直径の空間は、一直線に悉くを抉り取った。


 大螺旋ドリルの炸裂に巻き込まれたゴーレム――オメガスライムは群体を構成する細胞の一片まで消滅、消滅、再生する余地なき、完全なる消滅。


 圧倒的な螺旋のちからが過ぎ去って、後に残ったのは嘘のような静寂のみであった。


「はい、ボクの勝ちー」


 構えを解き、キハヤトゥーマに向き直るや、ビャクライがとった動作はVサイン。

 限界まで張り詰めていた緊張の糸を唐突に切られ、キハヤは思わず腰砕け。


「……ズルい」


 やっとの思いで、抗議の一言を搾り出した。



「ルアちゃん、これ持っていって」


 バイフも北端に差し掛かった所で、アサヒは餞別を差し出した。

 ミケ寺院にてルアに着せていたミニスカチャイナ服と、一本のペンダントである。


 二重螺旋を環にしたペンダント・トップに、細いチェーンが通っている。

 全体が透明かつ銀色の不思議な色合いをした“物質”――『天資結晶シングセル』で成型されていた。

 単なる装飾品でないことは、誰の目にも明らかだ。


「これは――武装機関アームドブロック制御権限コマンドキーですね」

「そ。ビャクライの“切り札ツメ”なんだけどね。こういうの、使うでしょ?」


 言いながら、アサヒはルアの首にペンダントをかける。


「似合う似合う。その服チャイナも、また着るといいよ」

「あの、それは……えっと、はい。ありがとうございます!」


 頬を染めて答えるルアの後ろで、よからぬ想像をしたタエルが鼻血を出力しているが一同無視。

 人界の境を守る大羅仙の言葉に耳を傾ける。


「確かに託したからね。どう使うかは君たち次第さ。ボクの役目は門番。通るべき者を見極め、然りと見たなら往く術を与える」


 突然、辺りに霧が立ち込め始めた。

 白霧はアサヒの身体を塗りつぶし、塗りつぶし、やがて真っ白になった視界に中性中庸な声だけが響き。


「往ってらっしゃい。帰りにまた、土産話を聞かせてよ」


 山谷に吹く風が濃霧を払う。


 アサヒの姿は、既に何処とも知れず消え失せていた。

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