『ルマイナ・シング』～雄・雄・雄・ときどきロボット～

その３ 白掌・黒脚

　板敷きの道場に樫の棒を打ち合わす音が響く。

　カン、コン、と乾いた音が連続し、合間に板の床をパァンと打ち。

　早朝、冷たく張り詰めた空気に棍戟の響きが染み込んでは消える。

「はィ！」

　筋肉僧侶タエルが逆袈裟に放った棒先を、女帝マンコは体（たい）捌きでかわす。

　かわすと同時に、構えた棒の前後を入れ替えるように廻し上方からの打ち込みへ転ずる。

　対するタエルも打ち込んだ棒の切っ先、同じく前後を入れ替え廻転でマンコの打ち込みを払う。

「しッ！はッ、はィィィ！」

　把手の握りを変え、玉突きの如き構えとし、タエルの棒先が何度もマンコを突く！

　連続した踏み込みと共に繰り出される突きをいなしつつ、道場の端まで後退するマンコ。

「良いぞ、良いぞ、もっと突いて来い。このマンコに精一杯の突きを放ってみよ！」

　マンコの誘うような言葉に乗り、タエルは渾身の突きを繰り出した。

　その渾身、力（りき）を引き絞る為のわずかな隙に、女帝の棍撃が突きの頭を押さえて打ち消す。

　次の瞬間、女帝の身体が身につけた赤黒のドレスを翻して宙に舞った。

　壁際まで追い込まれていた筈のマンコは、一陣の旋風のごとくタエルの側方へ跳んだのだ。

　更に、空中で全身をコマのように回転させ、遠心力を乗せた棒を振るう！

　回避、移動、攻撃を一息のうちに終えて、マンコはタエルの背後へ回り込んだ。

　不覚をとったタエルも、即座に振り向き構え直す。

「……御見事です、陛下」

「そなたもなかなかの腕だ。その棍術は見識（し）っているぞ。バイフの寺院仕込みだな？」

「よくご存知で。恐れ入ります」

「なぜ、それほどの功を積みながら半ばで山を降りたのだ」

「それは――」

　タエルの意識が、棒先からつと他所（よそ）へ逸れる。

　そこには道場の端で観戦するタメエモン――の隣に座る女神ルアだ。

　ひと度彼女のことを考え始めれば、彼の意識は自ずと引き寄せられ。

「隙あり！」

　マンコが棒の先を下段へ定め、大きく横へ薙ぐ。文字通り足元をすくわれ、タエルは転倒した。

　無様に尻餅をつく筋肉大男を見下ろす美しき女帝は、棒を背に回し携え呆れ顔。

「なるほど、そういうことか。よもや余との手合いの最中に余所見をする程とはな」

「お恥ずかしい限りです」

「何を恥じることがある。本物の想いであれば、貫くがよい。このマンコも、己を貫けばこそ大業に取り掛かれるのである」

＊

　マンコの早朝鍛錬が終わる頃、今度はミネルからお呼びがかかる。

　昨日ゲバと別れた工廠に向かうと、太めのフレームで仕立てた眼鏡を掛けたミネルが待ち兼ねた様子で立っていた。

　女博士の背後には勿論、整備と改修を終えた移動神殿――『大日天鎧（ソルアルマ）』である。

「さあ模擬戦よ」

　男達の姿を目にするや、前置きなしで告げてくるミネル。

「いきなりだのう。やはり職人としては、仕事の切れ味を自らの目で確かめたいか」

「あのね、タメエモン君。これはやって当然の事なの。セッティングを変えた機械は試運転するものよ……まあ、個人的な興味もあるけど」

「ミネル女史、模擬戦と仰いましたが、相手はもしやこちらで製造中の輝機神（ルマイナシング）でしょうか」

「残念だけど、帝国工廠（うち）で開発中の試作型では大日天鎧（ソルアルマ）の相手にならないわ。君達の相手には、適任者を呼んであるから」

　近くの工廠作業員に命じて連れて来させた“男”を目にするや、タメエモンの小さな目が見開かれた。

「お前は“傀儡狩り”の！」

　身長２メートルのタメエモンが睨み見上げる赤銅肌の大男――『傀儡狩りのキハヤ』は黙って男達を見下ろしている。

　過日、モア王国首都オストリッチでの非道の落とし前、あるいは敗北の雪辱、未だ落着せず。

　一触即発の空気を漂わすタメエモンとキハヤを見比べるミネルは平然と言う。

「やっぱり、オストリッチ襲撃事件に関与してたのは君達だったのね」

「知っておったのか」

「姉さんがモアに訪問した時に、市街地で輝機神（ルマイナシング）同士が殴り合いをやったって聞いたのよ。“片方”は素性が知れてるみたいだったから、危険そうな“もう片方”を探してたら彼に行き着いたってわけ」

「この傀儡狩りの男を捕らえ、戦力として利用しているのですか」

　タエルの問いに首を横に振ろうとするミネルだが、遮ったのはキハヤ当人の声である。

「俺は、マンコとミネルを利用している。マンコは輝機神（ルマイナシング）をたくさん見つけられる。キハヤトゥーマのことがわかるのはミネルだけだ。だから、俺の力を利用させている。それだけだ」

「お前の目的は何だ。どうしてあの時ワシらを狙った？　民衆（カタギ）の街を足蹴にしてまで！」

「俺の役目は、魔者（マーラ）の手に落ちた輝機神（ルマイナシング）を奪い返して殖種帰化船団（サクセッサー）に送り届けることだ。それ以外のことなんて、知らない」

「知らない、とはなんだ！？　お前には人情の欠片も無いとでも言うのか！」

「……知らない。人（ヒト）の情なんて、俺に教えてくれるやつは居なかったから」

　詰め寄ったタメエモンが踏みとどまったのは、キハヤの眼に嘘の色が見られなかったからだ。

　それだけでなく、人間が持ちえる多くの何かが欠落し、ただ虚無が湛えられている事に気付いたからだ。

「――タメエモン、いま気付きましたがこの男『ハーフオーガ』です。彼らはオークよりも魔者（マーラ）の色が濃い混血種。きっと、尋常な出自（おいたち）ではない筈です」

「生まれなんて知らない。気がついたら大きな魔者（オーガ）を蹴り殺していて、それから頭の中で『声』がする方へ歩いてる」

「彼、キハヤはね、この惑星が置かれている状況の縮図みたいな存在よ。原生種たる人間と魔者（マーラ）の混血児が、天資（シング）による改造を受けているわ」

　事前に解析した結果を淡々と告げるミネル。

　天資（シング）による人体改造、という言葉に、タメエモンとタエルは奴隷島で出会った女剣奴の姿を思い起こした。

「私にそんな“怖い顔”するのは見当違いよ。殖種帰化船団（サクセッサー）が彼に天資（シング）を埋め込んだ経緯を私は知らない。ただ、目的は、彼自身がさっき言った通りみたいだけど」

「……お前はそれで満足か、キハヤ。傀儡狩りと呼ばれるお前は。それではまるで、お前こそが」

「知ってる。俺そのものが傀儡（くぐつ）みたいだ、って言うんだろう？　マンコも言ってた」

　表情を変えず言い放つキハヤの真意、垣間見えず。

　人間の情緒波形（パターン）を読み取れるルアは、ゲバの言葉の影響から彼の感情を敢えて参照しなかった。

　殖種帰化船団（サクセッサー）とは違った意味で得体の知れぬキハヤを理解する為に、こうなると手段は限られてくる。

「――ならば、相撲だ。相撲をとるぞ、キハヤ！」

「……うん」

　問答無用の相撲宣言。当のキハヤは、周囲が意外に思うほど素直に頷くのであった。

＊

　白色の砂利が一面に敷き詰められた採石場跡――ペラギクス帝国軍・第一演習場。

　女帝マンコと天才女博士ミネルの姉妹が見届ける中、東西に分かれた二者の模擬戦（はたしあい）が始まった。

「よし、ルア様、やってくれい！　スクナライデンでいく！」

「相手が相手ですから、それが最善手でしょうね。それでは私は後方へ。ルア様、ご武運を――」

「――『機構陣（ビルドログ）』、再生（ロード）。中枢機関（コアブロック）へ『端末』と『搭乗者（ナビゲーター）』格納を確認後、機神構築（ビルドアップ）シークエンスを開始します」

　少女の言霊で神殿分解。ブロック状の機関（パーツ）群が反重力フィールドの作用で浮揚した。

　中心に在る黒い棺に似た中枢機関（コアブロック）の“蓋（ハッチ）”が三箇所開放され、中から金属製の触手が無数に飛び出す。

　機械触手が攫う。制御機構の端末たるルアを、戦闘動作の中枢をなすタメエモンを、そしてタエルを。

「って、私もですかーッ！？」

　戸惑いの声をあげる間もなく筋肉僧侶をもろとも胎内に収め、光明の化身を名乗る鎧が白金力士の形像（すがた）を為した。

　メタリックな光沢と半透明の質感を併せ持った装甲には、赫星形態（ノヴァ・モード）への移行を意味する黄金の縁取りが出現している。

　向上した制御処理能力と動作効率により、保護封印（リミッター）の枷から解き放たれているのだ。

<<輝機神（ルマイナシング）スクナライデン――“はっけいよい、のこった（コンバット）”！>>

　力強く四股（しこ）を踏み大地を揺るがすスクナライデンを正面に捉え、ハーフオーガの傀儡（くぐつ）狩り・キハヤが天を仰ぐ。

「隕蹟着装（アームドメテオ）ッッッ！」

　喚び声に応じ、白昼の月のごとき光の環が上空に浮かび上がる。環の中心から地上へ伸び来た虹光が、機神の躯（からだ）を運び込み。

　首無き巨躯へとキハヤが向かう。彼の赤銅の体はたちまち十の眼と三本の角を持つ巨大な鬼の頭部となって、合体！

「キハヤトゥーマ！！」

　黒色の鎧殻（がいかく）に紅い模様（ライン）迸らせて、鬼は力士に対峙した。

「白黒つけるぞ、傀儡狩り！」

「……のぞむところだ！　今度こそ――手前（てめえ）をぶッ潰す！」

　背部噴進器から炎を噴き出し、スクナライデン右張り手！対するキハヤトゥーマも左脚を正面へ繰り出して衝突させた！

　激突の衝撃が風圧となって周囲の空気を揺るがす。びりびりとした残響が、更なる鋼鉄（メタル）突っ張りと鋼鉄（メタル）蹴りの応酬で塗りつぶされてゆく。

「彼ら“模擬戦”って言葉の意味、分かってるのかしら」

「フフフ、知らぬなら知らぬで良し。とにかく良し！」

　高台からオペラグラスで見守るマンコ。女帝の眼は、しかし確かに彼らが惑星の防人たるかを見極めようと鋭く輝いていた。

「シュッ！」

　両腕を地に着けて軸としたキハヤトゥーマの両脚が二重の円弧を描く。二振りの足刀閃いて、狙うは力士の鎖骨部だ。

　タメエモンは蹴りをかわさず前進、回転の軸元に近付く。破壊力の薄い下腿部を腕の装甲で受け止めきったスクナライデン、そのままキハヤトゥーマの片足掴んで背負い投げだ！

　投げられる最中、キハヤは捕まれていない片足をスクナライデンの脇腹に見舞う！この打撃により脚の戒めが解かれ、キハヤトゥーマは力士の腹を足場にして跳躍。バック転３回で間合いをとった。

　キハヤトゥーマは上体を前傾させ、四肢を舞踏のごとく左右に振る動的な構えをとった。

　強力な足技を発達させたカポエイラの基本動作“ジンガ”に通ずる臨戦態勢を、キハヤは本能により体得している。

　軽快なステップから繰り出されるのは変幻自在の蹴撃である。

　左から右、下から上、時計回り、逆時計、キハヤトゥーマを中心にしてあらゆる方向から、あらゆる半径で破壊の円環が描かれる！

　対するスクナライデンの動きはあくまで前進（おせ）、だ。当然、上下左右の四方から黒いつま先が、踵が襲い来る。あるいは防ぐが、あるいは肩や脇腹、大腿に突き刺さり装甲を削り取った。

「それでも前進！」

　フェイントを見切り、迫る蹴りをタフネスで受け切り、力士が噴進する“前方（まえ）”とはすなわち“対手（まえ）”だ。

　巧みな足捌きで自身の有効射程（まあい）を保とうとするキハヤトゥーマに対し、スクナライデンも背中と肘のバーニア噴射を用いてピタリと貼り付いてゆく。

　貼り付けば、張り突く！２０メートル超の巨体・大質量が、山すら砕く掌底で鬼の貌を打つ、打つ、打つ！ゼロ距離すなわち、力士の領域なり。

　顔面打たれたキハヤトゥーマ、並ぶ十の眼よりレーザー照射！左右に振り分けたレーザー束がスクナライデンの橙双眸に注がれる！

　怯んだ白金力士の動きが一瞬止まり、キハヤトゥーマの後退を許した。

「ぬぅ！何も見えん！」

<<光線（レーザー）がカメラ・アイを直撃しました。通常視界の復帰まで２秒かかります>>

「目潰しですか！？　なりふり構わない戦い方をする！」

「もう、近付かせねえぞ」

　光線は単なる目くらましにあらず、“座標特定（ガイド）レーザー”だ！

　天空の環が輝き、中心から一条の光線（ビーム）が発射された。

　狙うのは、視界回復まで残り１秒を待つスクナライデンだ！

<<直上より熱源接近します>>

「なにィ！？」

　ルアの警告で咄嗟に回避動作をとるタメエモン。直撃こそ免れたものの、衛星軌道上からの狙撃光線（ビーム）はスクナライデンの右肩を撃った。

　光撃に耐性のある天資結晶（シングセル）の装甲をもってしても軽減しきれず、右肩部の装甲（シールド）機関（パーツ）が機能停止！

「なんだ今のは！？」

<<衛星軌道上からの支援砲撃です。狙撃主特定完了――殖種帰化船団（サクセッサー）の戦術電送艦『閻環征門（サタンフォース）』と断定しました>>

「そ、空から狙い撃ちされている！？　これでは二対一じゃないですか！」

　文句を吐く暇（ま）に、キハヤトゥーマの蹴りが来る。

　回し蹴りに対して前進しようとするスクナライデンの足元に、牽制の衛星ビーム！間合い詰められず、白金力士の突き出した右掌は黒蹴鬼に届かない。

　絶好の距離を得たキハヤトゥーマのミドルキックがスクナライデンの胴に迫る。

「――こちらも二人がかりでいきましょう！」

　タエルが闘志を示したその時、タメエモンの意識の外でスクナライデンの両五指が輝いた。

　白金力士の指先から合計１０発の“光粒子榴弾”が放たれ、キハヤトゥーマの蹴り足に炸裂！

　黒の円弧は環になれず、力士の手前で押し留められた。

　続け様、力士の下腿（すね）ハッチが開放。生成された誘導弾（ミサイル）が追い討ちをかける！

　向上した大日天鎧（ソルアルマ）の処理能力は、スクナライデン状態のまま別形態であるラズギフトの武装を使用可能にしたのだ。

「ち――――！」

　仕切り直しを余儀なくされたキハヤの舌打ちが演習場に響く。

<<二人がかりでは、ありません。三人がかりです。これより、『電脳（サイバー）攻撃』を開始――『閻環征門（サタンフォース）』の制御（コントロール）を奪取（ハック）します>>

　改めて眼前のキハヤトゥーマを睨むタメエモンとタエルの脳内に、ルアの平板な声が直接届いた。

＊

　殺風景なオフィス。白い壁に天井だけの空間に、アルミ製の事務机（デスク）がひとつ。壁にも床にも蛍光の格子走査線（グリッド）が走っている。

　ここは電脳空間（サイバースペース）。

　キハヤトゥーマを支援する戦術電送艦『閻環征門（サタンフォース）』の中枢司令電脳（メインコマンダー）が座すプログラムの世界である。

　少年とも少女ともつかぬワイシャツ姿の事務員が、デスク上のＰＣに向かいキーボードを叩いている。

　無表情で打鍵を続ける“彼”は、突然ガチャリ、ギィ、と扉の開く音を聞き顔を上げた。

　扉などありもしなかった白い壁に出入り口を作り入ってきたのは、少女――女神ルアである。

　ルアはツカツカ一直線に“彼”のデスクへ近付くと、美しく可憐な面（おもて）に何の表情も浮かべぬまま、“彼”の頬に平手打ちをかました。

　パァン、と乾いた音が電脳空間（サイバースペース）に響く。続けてパァン、パァン、パァン――往復ビンタである。

「！？　……！？」

　突然やってきた少女に平手打ちをされた“彼”は、呆然としたまま赤くなった頬を押さえて涙目になる。

　ビンタを終えたルアはなおも表情変えず、淡々とデスクの引き出しをまさぐって１つの『鍵』を発見。

　目当てのものを手に入れると、ルアは一言も発することなく踵を返し電脳空間から出て行った。

＊

<<――――『閻環征門（サタンフォース）』の制御権限（コマンドキー）を取得しました>>

　この間わずか十秒強。牽制の光線狙撃はぱたりと止み、キハヤトゥーマにも一瞬戸惑いのたじろぎが見られた。

「よし、ここからはヤツとサシだ！手を出すなよ、二人とも」

「そんな野暮はしませんよ」

<<了解。機体制御に専念します>>

　四股踏む白金力士スクナライデン、気合漲り。

「やっぱり俺には……蹴り（これ）しか無えか！いくぜェェェ！」

　秘策を覆されたキハヤトゥーマは恃みの両脚に勝敗を賭す構えだ。

　黒蹴鬼キハヤトゥーマ、大地を蹴って跳躍！地面とほぼ平行の軌道で前進してくるロケットのような飛び蹴りである。

　対するスクナライデンも、跳んだ！キハヤトゥーマと全く同じ飛び蹴りの体勢だ！

　宙に舞う白金力士と黒蹴鬼。両者はそのまま空中で交差して着地！

　互いに背を向けたまま動かぬ二体の輝機神（ルマイナシング）。見届け役のマンコは固唾を呑んだ。

「うむ――見事なり！」

　女帝の賛辞と同時に、黒い鬼の巨体が膝を屈した。

　キハヤトゥーマの左脇腹の装甲はひび割れ、一部は砕け散っている。スクナライデンが交錯の間に数発の張り手を打ち込んでいたのだ！

　仁王立ちの勝者スクナライデン、手刀で宙に『心』の四画を刻んでからキハヤトゥーマに向き直り。

「傀儡（くぐつ）狩り――いや、キハヤよ。勝てばよかろうという相撲ばかりとっていては、横綱にはなれんぞ！」

「……ヨコヅナ？」

「もっとも強く、もっとも偉大な力士に与えられる称号（な）だ。ワシは力士（おとこ）と享（う）まれたからにはソレを目指す。ハーフオーガだろうが天資（シング）だろうが、お前も男子（おのこ）だろう。それだけの天稟（てんびん）、喧嘩（けんか）だけで腐らすには惜しいぞ」

「オトコ、ヨコヅナ……うーん」

　先ほどまで荒ぶる鬼そのものであったキハヤが押し黙る。

　彼は考え込んでいた。身に負わされた使命（やくめ）や強靭強大な体躯を抜きにすれば、キハヤは未だ無垢な少年であった。

　相撲（たたかい）を通じ、そんなキハヤの在り様（よう）を理解したタメエモンは彼に手を差し伸べて。

「なに、今すぐ答えは出さずとも、いずれ聞かせてくれれば良い。向かう先は一緒なのだ、お前もワシらと共に来い」

「……うん、わかった。一緒に行く――いいや、お前と一緒に行きたい」

　白い力士が差し伸べた鋼鉄の手を、黒い鬼は握り返す。

　膝を屈していたキハヤトゥーマは、スクナライデンの手を借り立ち上がった。

――そして男達は、『西』を見た。

　新たな道連れ共にして、これより目指す『西』を見たのだ。